第16話 ダンジョン【Ⅶ】
魔物連合軍を壊滅させたせいか、この層の魔物の数は激減していた。ダンジョンの魔物はマナによって生み出されるため、数は地上に比べるとすぐに回復するが、さすがにあっという間というわけではない。
そんなわけで、探索に集中できた。入り組んだ迷路のような迷宮を突き進む統夜。
そして、ついに統夜は第9層への転移門に到着した。
「さてと……ここから先は未知の領域か……」
それでも、統夜は臆することなく転移門に飛び込んだ。
「はは……マジかよ」
第9層は中ボス部屋だった。第4層のときと同じ円形闘技場。
統夜と相対する魔物は……
「………………」
5体の鎧(?)だった。Cランク魔物、ゴーストナイトだ。
強さ的にはウォーウルフ・ロードと同等だ。1対1なら勝てるだろうが、5体相手は厳しい。
「ははは……。幽霊騎士サマと戦うことになるとは」
リアル幽霊だが、正体は魔物だと分かっている以上、恐怖を感じることはなかった。人間は未知のものが怖いと感じるようにできている。幽霊が怖いと感じるのはそれが原因だ。だが、正体さえ掴めばそれほど怖くない。
「………………」
ただ、彼らはガチャガチャ音を立てるだけで、声は出さなかった。
静かである。
睨み合う(ゴーストナイトに目があるのかは不明)統夜と幽霊騎士団。
……戦いは突如として始まる。
ゴーストナイトの1体が【ウィンド】を放つ。
統夜はそれを確認すると、勘に頼って回避した。
「よし、できた!!」
統夜としては、魔法を回避できるようになりたかったのだ。というのも、毎回毎回相殺していたら、魔力切れの原因となるのだ。
「じゃあこちらからも。【ファイアストーム】!」
挨拶代わりにゴーストナイト達に【ファイアストーム】を放つ統夜。次々と当たるが、鎧の一部が焦げたのみだった。
「やっぱり火力が足りないか……」
統夜はそう言うが、一般的に見て、かなりの威力だったりする。
「…………」
ゴーストナイトは剣を構えて統夜に襲いかかった。彼らは、実は少し浮いている。5cmから10cm程度だ。
足が動かないので違和感がありまくりだが、彼らは滑るように接近してくる。
統夜とて、彼らの得意なレンジに入ると、あまり勝てる気がしない。
「近寄らせるか! 【ウィンドブラスト】!」
統夜の前に緑の魔法陣が発生する。そこから、殺意の暴風がまき散らされる。
ゴーストナイトは地面に足がついていない。統夜の狙い通り、ゴーストナイト達は闘技場の壁際まで飛ばされた。
【ウィンドブラスト】のダメージが全くと言ってもいいほどゴーストナイトに通っていなかったのは予想外だったが。
「くそ……1体1体ならなぁ……」
そんなことを言っても事態は解決しない。ゴーストナイト達は一斉に魔法を使った。
【ファイアストーム】、【アクアボール】、【ウィンドカッター】、【アースボール】、【ファイアボール】。
中級魔法のオンパレードである。
「マジかよッ!?」
中級魔法を使ってくるのは予想外だった。
「【アースウォール】!」
とっさに【アースウォール】で土の壁を作り上げ、バリケードにした。
ズガガガガ……
ピシピシ……
統夜は非常に嫌な音を聞いた気がした。
見ると、土の壁に無数のひび割れができている。
「……これはヤバい」
言い終わるかどうか、といったタイミングで土の壁が崩壊した。
と、同時に、統夜の周囲に魔法が着弾した。【アースウォール】で防げなかった分だ。幸いにも、直撃コースではなかった。
「一筋縄ではいかないか……」
統夜は気を引き締め直した。
「俺がこのダンジョンをクリアしてやるんだ」
いつの間にか、統夜にはそんな目標ができていた。なんだかんだで、冒険が楽しいのだ。
このような強者とも戦える。新たな出会いもある。苦難がある。だが、乗り越えた時の喜びもある。
それに統夜は惹かれていた。
「元の世界よりかは退屈しないな」
家族が1人残らず死んだ世界。あの世界にも楽しみはあった。だが、あまりにも生きているという実感がなかった。だが、この世界はどうだ。死の危険はあるものの、逆にそれが生きているという実感を与えてくれている。
統夜にとって、それはあまりにも魅力的だった。
「ははは……」
思わず笑みが零れる。自らの最大の防御魔法が破られたのに、だ。
「おもしろい……こっちも本気だ!」
統夜は全身に闘志を漲らせた。
「【雷光】!」
雷撃がゴーストナイトを襲う。凄まじい爆音が鳴り響き、土煙があがる。
だが、ゴーストナイトは生きていた(厳密には既に死んでるのか?)。
1体は上半身を粉々に粉砕され、破損したゴーストナイトのコアが剥き出しになっているが、それ以外のゴーストナイトは生きていた。
「マジかよ……」
統夜にとって、【雷光】は一撃必殺の最強の魔法である。一応1体は倒したが、全滅していてもおかしくない威力だったはずだ。
だが、よく見るとゴーストナイトの前に盛り上がった土がある。
「……【アースウォール】か……」
ゴーストナイトが【アースウォール】まで使えたことに、やや驚く統夜。【アースウォール】は統夜にとっても最強の防御魔法だ。もっとも、現状の統夜において、だが。
「雷は地に弱い。それくらいのことは分かるくらいの知能はあるらしいな」
ゴーストナイトはどうやら知能がある魔物のようだ。まぁ、そもそも武器を扱う時点でそこに気づくべきだが。他にも魔法を使っているところとか。
「さてと……これならどうだ。【マジックショット・オートガンナー】」
統夜は【マジックショット・オートガンナー】を使用した。【マジックショット・オートガンナー】は、一定範囲内の空間に不可視の魔力弾マシンガンを設置するような魔法だ。
統夜は5ヶ所に魔力弾のポップポイント(射撃座標)を設定し、待ち構えた。
「…………………」
ゴーストナイト達は何も知らないまま近づいてくる。もっとも、近づいてくるというより急接近してくる、とか、突撃してくるといった表現の方が的確だといえるくらいの速度だが。
「オープンファイア!!」
統夜のその声と同時に、5ヶ所のポップポイントから魔力弾が次々と速射された。
クロスファイア(十字砲火)になるように設定したポップポイント。
その猛攻に、あっという間に1体のゴーストナイトが蜂の巣にされた。その他は防御魔法を張った。
中級土属性防御魔法【アースシェル】。自分を土の殻に閉じ込めて全方向からの攻撃を防ぐ魔法だ。弱点は、使用者は全く動けないことだ。
だが、この状況において、ゴーストナイトがとった手は有効だった。
魔力弾は魔法に防がれやすい性質を持つ。アンチマテリアルの場合は別だが、とりあえず、ゴーストナイトが張った【アースシェル】を魔力弾が貫くことはなかった。
「シーズファイア(撃ち方やめ)」
統夜の命に従い、ポップポイントは沈黙した。
ゴーストナイトは【アースシェル】を解くと、再度統夜に突っ込んできた。
「【ウィンドブラスト】!」
再度吹き飛ばそうとする統夜だが、【ウィンドブラスト】は【アースウォール】に防がれた。これでは時間稼ぎにしかならない。
「くそ……」
統夜はダガーを抜き、構えた。
ゴーストナイト達も【アースウォール】を解いて、統夜と接近戦を演じた。
ダガーと剣が衝突する。不利なのは、統夜が持つダガーだ。
しかし、それが理解できない統夜ではない。
「食らえ!」
片手でダガーを持ち、もう片手で投げナイフを投げつけた。
鎧の隙間に刺さったようだが、ゴーストナイトに痛覚はないのか、全く効力が見られなかった。
「【ダークブラスト】!」
とりあえず至近距離で魔法をぶっ放した。
とりあえず1体を吹き飛ばすことに成功した。倒せてはいない。
他の2体が剣を振り下ろす。
片方は完全に避けたが、もう片方は統夜の頬を浅く斬った。
「くっ……」
統夜は【ファイアストーム】で牽制しつつ距離をとった。
「油断したか……」
統夜の頬からは鮮やかな血が一筋流れている。
ゴーストナイト達も体勢を整えたようだ。
ゴーストナイト達は一斉に【ファイアストーム】を使用した。計30発の火球が統夜を襲う。
「【アースウォール】!」
土の壁がせり上がり、火球を受け止める。
しかし、今回も耐えきれなかった。土の壁は砕け、10発近い火球が統夜を襲った。
内2発が統夜を直撃する。
「うぐぁッ!?」
統夜は左手を火傷し、後方へ吹き飛ばされた。
【ファイアストーム】が【アースウォール】を打ち破ってできた土煙から、ゴーストナイトが現れた。突撃してくる。
「【ウィンドブラスト】!」
剣が振り下ろされる前に、ゴーストナイト達を思いっきり吹き飛ばす。
「まだまだ……【雷光】!」
体勢が崩れているゴーストナイト達に雷撃が襲う。
1体が吹き飛ぶ。もう2体は【アースシェル】が間に合ったようだ。
「ったく……本当に魔物かよ?」
そんなことを言いながら、統夜は【ファーストエイド】で左手の火傷を治療した。
彼が言っているのは、ゴーストナイトの戦い方が本物の騎士に似ているという点に対しての疑問だ。魔物とは思えない、人間らしい戦い方を見て、少し違和感を感じたのだ。
「……まさか、本当に死んだ騎士なのか……?」
魔法があるくらいにファンタジーなこの世界なら、有り得ないことでもない。
「だったら、強いのは当たり前か……」
統夜はこの時は知らなかった。本当のゴーストナイトは、このような戦い方などはせず、魔物らしい戦い方をするということを。
……ここにいる鎧達は、ゴーストナイトではないということを。
「…………………」
ゴーストナイトが統夜に接近する。
「【ファイアストーム】!」
火球がゴーストナイト2体を迎撃する。だが……
「はぁ!?」
ゴーストナイトは火球を回避し、回避しきれなかった火球は剣で両断した。もはやデタラメだ。
「これでCランクなのか!? ギルドの連中、頭おかしいんじゃないか!?」
今のゴーストナイトの行動は、もはや並みの人間では真似できない。
「化け物め……」
統夜はそう言うが、魔物は元々化け物の一種である。
そして、統夜自身も魔物に化け物として認定された猛者である。本人には知る由もなかったが。
ゴーストナイトが剣を振り下ろす。
「くそ……【火炎斬】!」
ここで剣技を発動した。統夜が持っていたダガーが、突如として火炎を纏う。
そのまま一閃。威力はかなりある。
だが、さすが騎士。
剣でどうにか防ぎ、命はとられなかった。しかし、体勢は崩れている。
チャンスではあった。だが、統夜は後ろに跳びすさる。
先ほどまで統夜がいた空間を【ファイアボール】が駆け抜けた。
もう1体のゴーストナイトだ。
そして、また距離をとる統夜とゴーストナイト達。
そして、統夜にとって予期せぬ事態が起こる。
「……我ラハ、相反スル2本ノ剣ヲ護リシ者……」
「何……?」
統夜は、いきなり聞こえた声に耳を疑った。その声は、ゴーストナイトの方から聞こえてきたのだ。
「ゴーストナイトって喋るのか……?」
「我ラハ“ゴーストナイト”デハナイ。我ラハ、試験者ニ召喚サレシ“ガーディアン”」
「どういうことだ……?」
「我ラハ、2本ノ剣ヲ授カル為ノ試練ヲ受ケル者ヲ見定メシ者……。貴公ヲ、試練ヲ受ケル者トシテ認メヨウ」
「試練だと……? 何をすればいい?」
「本来ナラココデ最終層トナル。ダガ、隠サレタ真ノ最終層ガアル。ソコデ、試験者ト戦ウノダ」
「勝てば2つの剣。じゃあ負ければ?」
「案ズルナ。死ナセハシナイ。コレハ、剣ト魔法具ヲ渡スニフサワシイ人間ヲ見定メル試練ダ。ナニモ、殺ス必要ハナイ」
「そうか。じゃあ、受けるぜ」
「ソウカ。デハ、コレヲ受ケ取レ」
ゴーストナイト(?)は、自らの剣を抜き、統夜に渡した。
「これは……?」
「貴公ノ主武装ハ剣ト判断シタ」
「……大当たりだ」
ゴーストナイト(?)は、統夜の得意武装を見抜いていたのだった。
「デハ、進ムガヨイ」
ゴーストナイト(?)がそう言うと、転移門が現れた。
統夜はそこに向かって歩いていき……
ゴーストナイト(?)に呼び止められた。
「待テ。忘レ物ダ」
そう言って投げつけてきたのは、倒したゴーストナイト(?)のコアだった。
「怪シマレヌヨウ、“コア”ノ組成ヲ“ゴーストナイト”ノモノニ改変シテオイタ」
「ありがとう」
統夜は何気に気が利くゴーストナイト(?)に微笑み、次の層へ跳んだ。
残されたゴーストナイト(?)2体。同時に呟く。
「我ラハ、貴公ガ勝チ取ルト断言スル」
そのまま、ゴーストナイト(?)は空間に溶け込むかのように消えた。統夜が飛び込んだ転移門も、あたかも存在しなかったかのように消滅したのだった。