第13話 ダンジョン【Ⅳ】
統夜は固い地面を駆けながら、ロングソードを抜き放つ。
「まずは一撃!」
魔法、剣技なしでの一撃。
当てたのはゴーレムの足だ。
だが、鈍い音を出して弾かれる。
「チッ! さすがに堅いか」
とりあえず、距離をとる統夜。
「ウモォォォォッ!」
ゴーレムは牛のような叫び声を上げながら、腕を飛ばしてきた。
「ハァッ!?」
俗に言うロケットパンチである。
しかも、相当速い。
虚を突かれたこともあり、統夜はまともに食らった。
「あぁッ!?」
イリヤの悲鳴が聞こえた。だが、統夜は無事だった。
直撃する寸前に後ろへ跳んだため、衝撃が和らいだのだ。
「まったく……ブサイクなマジ○ガーだな」
そう毒づきながら、次の手を考える。ロケットパンチはちゃんと腕まで帰って行くようだ。
「だったら魔法だ! 【ファイアストーム】!」
火属性中級魔法の基本技【ファイアストーム】。威力は中々のものである。
統夜の身長(170cm)と同じくらいの直径の魔法陣が、統夜の前に現れ、そこから火の玉の嵐が吹き付ける。
10発の小型炎弾はゴーレムの表面で小爆発を起こす。
1発1発の威力は【ファイア】よりも劣るが、総合火力なら圧倒的に【ファイアストーム】の方が高い。
だが……
「くそ……堅いな、お前」
ゴーレムは表面に焦げ跡を残しただけだった。
「ならば……」
統夜は次の手を考えた。火属性は装甲を持つ相手に対する攻撃力は薄い。
装甲を抜ければピカイチなのだが。
「まずは装甲を抜く。【ウィンドカッター】!」
不可視の刃がゴーレムを襲う。
【ウィンドカッター】は、ゴーレムにぶつかり……
表面に傷をつけた。
「これでもダメなのか!?」
風属性は威力よりも切断力や貫通力に優れる傾向にある。だが、それでも表面に傷をつける程度。
「壊滅するわけだ」
冒険者が12人もいて勝てなかった理由が、ようやく分かった。
あの装甲は、生半可な攻撃力じゃ抜けない。まさに鉄壁。
「だったら……」
統夜が次の手段をとろうとしたとき、ゴーレムが腕を動かした。
「くそ、させるか!」
ロケットパンチを撃たれる前に、統夜は対抗手段のカードを切った。
「【フリーズ】!」
統夜の前に魔法陣が展開。そこから氷のつぶてが飛ぶ。
それはゴーレムの両手首、関節部に着弾し、そこを氷付けにした。
「どうよ」
これで動きを封じた。そう思った統夜だったが……
バキバキバキバキバキ……
そんな音をたてながら、関節部に張っていた氷が砕けた。
どうやらゴーレムの力は相当イカレてるようだ。
「ロケットパンチを封じれたのがせめてもの救いか……」
ロケットパンチを封じることはできた。それだけでも十分だ。
だが、ゴーレムにはまだ隠し技があった。
「ウモォォォォッ!」
そう叫びながら、ゴーレムは統夜に目を向け……
「うおっと!」
目から光線を出してきた。
「だからお前はマジ○ガーか!?」
光子力で動いているのだろうか。
統夜は思わずそんな疑問を抱いた。
実のところ、今の攻撃は魔力エネルギーを収束して射出しただけなのだが。
弾速は極めて速い。避けられないことはないが、万全の状態じゃないと厳しい。
「くそ……さっさとやってやるよ!」
統夜はアレを使うことにした。今見ているのは、怯えてしまっているイリヤのみ。
なら、大丈夫だ。口止めしておけば、きっと。
「【マジックショット・ストライク】!」
普通とは違い、魔法陣なしで魔法が発動する。
黒い魔力弾……それも、貫くことを最重要視した凶悪な威力を持つ弾丸が形成される。
「行け!」
黒い弾丸は、目に見えぬ速度でゴーレムを貫いた。
そう、貫いたのだ。
「グモォォ……」
ゴーレムが苦悶の声をあげた。初めて装甲を貫かれたのだろう。人間じゃないので表情は分からないが、雰囲気から驚愕していることが分かる。
「でも……1発で倒れないのはさすがか」
【マジックショット・ストライク】は、連続使用できない。1発使うと、【マジックショット】系統が2分間使用できなくなる。
その分、貫通力は化け物クラスだが。
統夜が連続で【マジックショット・ストライク】を使用しないのを見て連続使用はできないと判断したのか、ゴーレムはイリヤの方に向いた。
「え……?」
イリヤは突然の事態に頭が真っ白になった。
ゴーレムは目から光線を出し、イリヤを攻撃した。
イリヤは防御すら間に合わなかった。すぐ背後の地面に光線が当たり、魔力爆発を起こした。
「きゃあッ!」
幸いだったのが、彼女が対魔力コーティングされたローブを着ていたことだ。魔法によるダメージを激減させる、高級な装備品だ。
リリネアと友人であることから、貴族なのかもしれない。
しかし、衝撃は殺せない。軽いイリヤは簡単に吹っ飛んだ。
よりにもよって、ゴーレムの目の前に。
「え?」
イリヤは、目の前の巨人を見上げた。胸には、先ほど統夜が空けた穴。そこから魔力漏れが発生しているのが分かる。
だが、イリヤにはもう関係ない。
今まさに、ゴーレムの必殺拳がイリヤを押し潰そうとしているのだから。
「い……いや……」
イリヤはまだ死ねなかった。親孝行を何もしていない。自分を助けてくれた統夜にお礼も言っていない。
「……私は……」
死にたくない。そう言おうとした。だが、恐怖のあまり、声が出なかった。出てきたのは……
「い、いやあああああッ!」
悲鳴だけだった。
ガインッ!
イリヤは、自分が生きていることに疑問を抱いた。どうして生きているのか。
自分はゴーレムのパンチに押し潰される未来だったはず。
そう思い、ゴーレムの方へ視線を向けた。
そして、声を失った。
そこには、膝を突き、剣を持たない手を剣身に当て、ゴーレムのパンチをロングソードで必死に受け止め続ける統夜の姿があった。
「あぁ……」
イリヤは涙が出た。生きていてホッとしたからではない。恐怖からではない。
何よりも彼女の心を揺さぶったのは……
先ほど会ったばかりの人間を必死に護ろうとする、統夜の姿だった。
「どうして……?」
イリヤは思わず訊いた。どうして、先ほど会ったばかりの人間をそこまで必死に護ろうとするのか。
「どうして、じゃねぇ!! 死にたいのか!!」
統夜はゴーレムのパンチを受け止めながら言った。
「言ったろ? 生きて帰すって」
こんな時でも、統夜は笑顔を見せた。
そして、イリヤはまた、胸を締め付けられるような感覚に捕らわれた。
(どうして……この人はこんなに……)
疑問と同時に、自分を鼓舞する言葉も出た。
(私は何をしてるの? 護られっぱなしで、お荷物のままなの? そんなのを、私は許せるの?)
イリヤはそんな思考に捕らわれた。
そして結論を出す。
「私……生きて帰る。そのためにも、今は立ち上がらなくちゃ」
「その意気だ」
イリヤが立ち上がったのを見て、統夜は【ウィンドカッター】をゴーレムに撃ち込み、後退させた。
「はぁ……はぁ……」
統夜は、ゴーレムのパンチを受け止め続けたこともあり、体力の減りは相当なものだった。
「【キュア】!」
そんな統夜に対し、イリヤは中級回復魔法【キュア】を発動した。
統夜の体力が、満足に動けるところまで回復する。
「イリヤ……お前、《回復師》か」
「はい。回復なら任せてください」
「おう、そうか。こちとら【ファーストエイド】しか使えないんでな。回復は任せるわ」
「任せてください」
「行くぜッ!」
統夜はロングソードを構えて駆けた。そして、剣技を発動。
【奪命斬・壱ノ型】。
ゴーレムに剣技が炸裂した。
その一撃は、ゴーレムの装甲を浅く斬った。少しだけだが、ゴーレムの装甲を斬ったのだ。
さらに不可視の刃。
そちらは【ウィンドカッター】同様、小さな傷をつけただけだった。
「ふぅ……少し抜けたか」
剣が通った手応えを感じた統夜は、そう呟いた。
あと30秒。
「まだまだ! 【雷光】!」
雷撃がゴーレムを襲う。一部、装甲が欠けた。僅かだが、欠けた。
「はは……どうやら俺の攻撃力も捨てたものじゃないな」
「グルゥ……」
統夜の言葉に、ゴーレムは悔しそうな雰囲気を撒き散らしながら唸った。
「すまんな、ゴーレム。お前も、こんなところに出てきて混乱してるだろう?」
そう。統夜は戦っていて分かった。ゴーレム自身、自分がここにいる理由が分からないのだ。混乱している。
「だが……悪い。俺には、お前を倒す以外の選択肢が見当たらない」
「グオ……」
統夜の言葉を理解できるのか、ゴーレムは頷くように声を出した。
「なら、戦うしかないよな?」
「ウモォォォォッ!」
「よし、行くぜッ!」
統夜はロングソードを構えて【奪命斬・壱ノ型】を発動。
胴体を斬りつける。
だが、それで怯むゴーレムではない。
統夜を、その野太い腕で打ち据える。
とっさに統夜はロングソードでそれを受けた。
パキッ……
酷使し続けたロングソードは、ものの見事にへし折れた。
「グッ……」
とてつもない衝撃が統夜を襲う。
「【キュア】!」
すかさずイリヤの回復魔法が統夜を回復させる。
統夜はゆっくりと立ち上がり、笑った。
「まったく……どうしてお前らは人の剣をポンポンと折るかなぁ? ま、いいか。……俺達の勝ちだ!」
統夜は高らかに宣言した。
「【マジックショット・ストライク】!」
黒い魔力弾が形成され、目に見えぬ速度でゴーレムを貫く。
胸に穴を空けられたゴーレム。胸の装甲が剥がれ落ちる。そこに見えたのは、虚空に浮かぶゴーレムのコアに、穴が空いている光景だった。
ゴーレムは一気に崩れ去った。コアも割れた。
装甲と、中に秘められていた闇は塵となり消えた。
そして、1欠片だけコアの欠片が残った。
統夜はそれを拾う。
「楽しかったぜ……岩男」
ゴーレムが残した宝石に向かい、統夜はそう告げた。
コアを持つ魔物のコアの欠片は、非常に高価で扱われる。
人工魔力回路や魔力貯蔵庫の原料となる、非常にレアなアイテムだからだ。需要も高いため、値はかなり上がる。
「トウヤさん!」
イリヤが声を上げて、統夜に駆け寄った。
「怪我はないですか?」
「イリヤがすぐに治してくれたからな」
統夜が微笑んだ。無表情のときは、すこし冷酷な空気を漂わせる統夜も、微笑むと優しい雰囲気になる。
イリヤは少し頬を染めて、統夜から目を逸らした。
だが、訊きたいことがあったのを思い出し、イリヤは口を開いた。
「あ、あの……トウヤさんが使っていたあの魔法は……?」
それを聞いた統夜は、少しばつの悪い顔をした。
「……できれば見なかったことにしてほしい……」
統夜が本気でそう言っているのは、イリヤにも分かった。
「それは……私への頼み事ですか?」
「もしくは脅迫かな?」
統夜は微笑みながら……目は笑わずに、だが、言った。
「……………………」
イリヤは、初めて見た、目が笑っていないという表情に、恐怖を抱いた。
「私を殺した方が確実なのでは?」
震えそうになる声を、どうにか震えずに出して訊いた。
「それなら、君を助けたりはしない」
「……じゃあ?」
イリヤは統夜の真意が分からなかった。
「君を殺したくはない。俺が能力を隠したいのは、自分の保身のためだからな」
「……?」
「目立つと面倒なことに巻き込まれる」
つまり……
「……単に面倒事から逃げたいだけ……ですか?」
「正解だ」
「…………なんだか、拍子抜けです……」
そんな酷評を聞いて、統夜は苦笑した。
「ま、他言無用に頼むよ。友人との約束として、な」
「友人……」
イリヤは、その言葉に少し惹かれた。自分の友人といえる人物は、リリネアだけだからだ。
友人との約束。イリヤには、それさえもが心地良い言葉に聞こえた。
「……分かりました。その代わり、条件があります」
「なんだ?」
少し緊張したが、勇気を出してその言葉を口にした。
「フレンド登録……してください」
統夜は少しの間、ポカーンとしていたが、すぐに苦笑して、二つ返事で了承した。さすがにここではできないので、登録する約束だけだが。
「さ、第5層に行こう」
ゴーレムを倒すと、第5層への転移門が現れ、第3層への転移門も復活した。
安全層には、地上に出るための転移門もある。
そのため、2人は第5層の転移門に飛び込んでいった。