第12話 ダンジョン【Ⅲ】
第3層はジャングルのような地形だった。第2層のように、移動制限がかけられているが、現実さながらの光景だった。
統夜が第4層への転移門に着いたとき、その周囲に5人の冒険者がいた。全員傷だらけで、意気消沈している。
その中に見知った顔を見つけた統夜は、声をかけることにした。
「リリネア!」
呼ばれたリリネアは、統夜を見て、一瞬驚いたが、次の瞬間、泣きそうな顔で統夜の胸にぶつかってきた。
「うわっと……どうした、リリネア?」
普通じゃない空気を感じ取った統夜は、リリネアにそう尋ねた。
「ひぐ……怖かった……うぐ……たくさん人が……」
どうやら、このパーティーは、第4層のボス戦に敗退し、死者を出して後退したらしい。
冒険者なら人の死に耐性があると思ったが、貴族令嬢のリリネアにはなかったようだ。
「リリネア……あったことを話してくれないか?」
見たところ、ここの冒険者は全員DかC。オークはCランクでも中級レベルで、Dランク冒険者でも6人いれば倒せるレベルなのだ。
3体いるらしいが、Cランク冒険者もいることだろうし、死者を出した上に退却などいうのは有り得ない。
普通なら、オークは残った冒険者でも、1人2人殺されたとしても倒せる魔物であるはずなのだ。
「うぅ……」
まだ泣き止まないリリネア。それを見かねたのか、1人の冒険者が統夜に話しかけた。
「あんた、嬢ちゃんの知り合いか?」
見ると、30代前半らしき筋肉隆々の前衛タイプな男が立っていた。頭は丸刈りで、少し厳つい。
大剣と鉄製の軽装鎧を装備している。
「ああ。……そうだ。あんたから説明してくれないか?」
「了解した。俺はガリス。C2ランクだ」
「俺はトウヤ。E2ランクだ」
統夜の言葉を聞いたガリスは、眉をひそめた。
「……Eランクだと?」
彼が言うのはもっともだ。CランクやDランク冒険者でもパーティーを組んで攻略するのに、Eランク冒険者がソロなのだから。
「ランクの割にはレベルが高いんだ。で、こそこそ隠れながらここまで来たわけ」
統夜のセリフに一瞬考え込むガリス。
「……まぁ、今はそういうことにしておこう」
(こいつ……俺の嘘に気づいてるな……)
統夜はそう思いながらも「ありがとう」と言い、ガリスから詳しい事情を聞いた。
事情を聞いた統夜は、頭の中で整理した。
オーク3体を死者なしで倒した。そこまではいい。
だが、その先だ。ボスを倒せば現れるはずの第5層への転移門。それが現れなかった。代わりに現れたのは……
「Cランク魔物最上位のゴーレムだった、と?」
統夜は言った。同じランクでも、強さは全然違う。
ゴーレムはCランク魔物であるが、防御力と攻撃力は凄まじい。速度が遅く、魔法やブレスも使ってこないため、Cランクとなっているが、Cランク魔物の中では最強クラスだ。
ウォーウルフ・ロードは、ゴーレムよりも一段階落ちるが、かなり強力と言われている。
つまり、ウォーウルフ・ロードよりは強いようだ。
統夜には勝つ方法がある。人目もはばからず、魔法をぶっ放すことだ。
「了解した。ただ、この戦力と怪我じゃ勝てない。一旦帰るんだ」
統夜が言うと、ガリスは頷いた。
「了解したが……あんたはどうする?」
「ちょっとゴーレムの様子見さ」
「き、危険よ……」
リリネアが涙で腫れた目のまま、統夜を止めた。
「あんなのに近づいたら……」
「大丈夫。遠目から見るだけだ」
「でも……」
「おい嬢ちゃん。こいつがやるっつってんだ。俺らが口出しすることじゃねぇ」
ガリスが言った。
「……ッ! でも!」
「でも、じゃねぇ。冒険者には行動の自由がある。俺らには、こいつのする事に口出しすることはできない」
「…………」
ガリスの言葉を聞いたリリネアは、黙りこくってしまった。
「お嬢ちゃん……友達がやられて悲しいのは分かる。だがな、冒険者はそんな甘っちょろい仕事じゃねぇんだ!!」
リリネアは、ガリスの説得を聞き入れ、渋々抵抗を諦めた。
「絶対死んじゃダメだから」
「分かってる。ウォーウルフ・ロードの時も大丈夫だったろ?」
統夜は安心させるように言った。
「一旦戻れ。俺は大丈夫だ。死なないように上手くやる」
「……分かった。……もし、生きてる人がいたら、できるだけで良いから助けてあげて」
「了解」
リリネアはそれだけ告げると、他の4人の冒険者と共に立ち去った。
「さて、と……。嘘ついたけど……生きて帰れば大丈夫だよな」
統夜は呟いた。遠目から見るだけ、というのは大嘘だ。
「行くか」
統夜は覚悟を決め、転移門に飛び込んだ。
そこは、ローマのコロッセオのような円形闘技場だ。昔、奴隷を猛獣と戦わせて楽しむなんていう、残酷な文化もあったらしい。
今まさに、統夜は奴隷だった。
「うっわ……」
まず目に付いたのは死体だ。冒険者の死体。
腕が有り得ない方向に曲がってたり、頭が潰されていたりする。
今のところ、ゴーレムは現れていない。もちろん、第5層への転移門もない。
「生存者の確認だな」
倒れているのは7人。頭が潰されている冒険者や、上半身と下半身が分裂している冒険者は無視。どう考えても死んでいる。
統夜は人間の死臭に顔をしかめながら、生存者を確認していた。
調べた限り、6人は死んでいた。
最後の1人は、他の冒険者とは少し離れた位置に倒れていた。
「女の子?」
倒れていたのは、リリネアや統夜と同じくらいの年齢の少女だった。銀髪ショートの可愛らしい少女で、杖を持っていることから考えると、《魔術師》系か《回復師》系のクラスであることが窺える。とりあえず生死を確認する。
「息はある。傷が酷いな……」
身体中に切り傷、擦り傷、打撲があった。幸いにも骨は折れてない。
「【ファーストエイド】!」
統夜は、自分が使える唯一の回復魔法【ファーストエイド】を使った。【ファーストエイド】は傷を塞ぐだけの効力しかない初級回復魔法だが、傷を塞ぐだけでも十分だ。
統夜は次にマジックポーチから瓶を取り出した。その中には、自作の回復薬が入っている。治癒薬同様、凄まじい効力を持つ。
だが、飲まそうとして、気づく。
「どうやって飲まそう……」
意識のない人間に、薬を飲ますのは難しい。
「あ……」
統夜はひとつだけ解決策が浮かんだ。この少女がどういった性格かは知らないが、恐らく羞恥に頬を染める行動だ。
だが、緊急事態なこともあり、統夜は決行した。
まず、口をむりやり開けて、回復薬を含ませる。
そして、顎を引かせて喉を回復薬が通りやすくする。
重力で舌が回復薬の通り道を邪魔するので、少女の口に指を突っ込み、舌を引っ張る。
口の中に含ませた回復薬は喉を通っていった。
それを何度も続ける。
回復薬1本分使い切るときには、統夜の指は少女の唾液でベトベトだった。
緊急事態だから仕方ないとはいえ、気持ちいいものではない。
可愛らしい美少女であったから良かったものの、そうでなかったら死にそうだ。
統夜はマジックポーチから水が入った瓶を取り出し、手を洗った。
未だにゴーレムは現れない。オークさえもだ。
「う……」
少女がかすれた声を出した。ゆっくりと目を開ける少女。
「気がついたか?」
統夜は、覚醒しようとしている少女に声をかけた。
「あなたは……誰ですか?」
「俺は統夜。君達の救助に来た。……まぁ、生きてたのは君だけだが」
「そう……ですか……」
「ああ、正確には君だけじゃないな。あと5人、生存者がいる」
「本当ですか!?」
「ああ」
「リリィは……リリィはいましたか?」
「リリィ?」
「リリネアっていう、赤い髪の毛の活発な女の子です」
「ああ、あいつか。生きてるよ」
「良かった……」
本当に安心したように、少女は言った。
「あっちは君が死んだと思ってる。早く安心させに行こう」
統夜がそう言ったとき、フィールドに異変が起こった。
中央の地面が盛り上がる。
「あれは……」
少女の顔が真っ青になる。
「ゴーレム、だな」
地面から現れたのは全長5mの石造りの巨人。
Cランク最強といわれるゴーレムだった。
「なぁ」
真っ青になっている少女に問いかける。
「君の名前は?」
「い、イリヤ・サナリィです」
少女は気丈にも答えた。
「よし、イリヤ。俺が時間を……」
その時だ。ゴーレムから怪しい光が漏れだし、第3層への転移門という退路を包みだしたのは。
「おいおい……冗談だろ?」
転移門は音を立てて、怪しい光に押し潰された。
「イリヤ……」
茫然自失しているイリヤに統夜は声をかける。
「……君の得意な戦法は?」
「……わ、私は……」
混乱の真っ只中にあるイリヤは、そんな簡単な内容の質問さえ理解できなかった。
「しっかりしろ!!」
統夜はイリヤの肩を持ち、強く揺さぶる。
「生きて帰りたいんだろ? 帰らしてやるから、君の得意な戦法を教えろ!!」
「……後方支援です」
「分かった。俺があいつの相手をする。イリヤは、自分のできることをやれ!!」
「そ……そんなの無茶です!」
イリヤは叫ぶように言った。
「あなた1人で何ができるんですか!?」
12人もいて負けたのだ。統夜は、とてもじゃないが強そうには見えない。だが、統夜は自信ありげな笑みを携えてこう言った。
「か弱い女の子を生きて帰らすことくらい、やってやるよ」
そのセリフを聞いたイリヤは、胸を締め付けられるような感覚に襲われた。嫌な感覚ではない。少し苦しいが、心地良いかもしれない。
「じゃ、行ってくる」
「あ……」
声もかける間もなく、統夜はゴーレムに駆けていく。
「……絶対に……死なないでください」
イリヤは、たった今会ったばかりの少年に、本心からそう願った。
最近、レベルとか魔法の概念の設定に振り回されている気がします……
レベルとかはテキトーに考えてください。Cランクの平均レベルを25から35に変更したりして、作者自身もよく分かってないです(笑)
レベルが上だと強くて、同じレベルでも個人差があって……
でも、レベルとは別に技術や経験も重要。そういう風に考えてください( ̄∀ ̄)