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ずぶ濡れの死神にまつわる物語

死神と横断歩道

作者: 方舟

 車の運転中に、供えられた花に目を奪われてはならないという。そこに斃れた者がついて来るからだ。

 私がその事を唐突に思い出したのは、長い出張明け、いつも通る横断歩道に見慣れた人影がなく、代わりのように見慣れない花束が置かれていたためだった。遥か前方にそれを見て、思わず私は首を傾げた。


 毎日この道を通る度、私はここで必ず一時停止していた。だいたい同じ時間にここを渡る少女を通すためだ。

 この辺りはこの時間、車の量が非常に多い。急いでいるのか、信号のないこの横断歩道に歩行者があろうと、車は構わず通り過ぎる。私はここで困っていた彼女を見かけ、以来一時停止が日課になった。


 私が横断歩道の手前で止まって渡るように促すと、少女はほっとしたように笑って会釈し、足早に反対へ渡っていく。彼女はどうだかわからないが、私は彼女の顔を覚えていたし、好ましい日課だと認識していたのだが、その彼女が今日はいない。

 毎日のように繰り返す日課に欠けたピース。私は一抹の寂しさを感じ、軽くため息をついて歩道を見た。いつも少女が渡るタイミングを図っていた、今は花束があるその場所を。


「お……っと」

 見慣れた人影を見て無意識にブレーキをかける。いつもの少女がいつもの場所にいた。ついでに見慣れない影も。

 黒い服を来た男だ。雨でもないのに全身が濡れている。不思議に思っていると、男はこちらに会釈し、少女を促して横断歩道を渡りだした。

 不審を覚えて二人の姿を目で追う。


 少女の方も、男と同じ様に濡れていた。私は窓越しに空を見る……勿論、雨は降っていない。

 疑問符で頭がいっぱいの私の前まで来て、少女は一度立ち止まった。そして、あのどこかホッとしたような笑顔で会釈する。いつも通りの、しかしいつもと違う少女の様子に、私は反射的に会釈を返した。


 少女が顔を上げると、男が彼女を促す様にその背中を押す。少女は頷き、また歩きだした。

 相変わらず疑問符だらけの頭で二人の背中を見送りつつも、私は一つだけ理解していた。あの花が、誰に捧げられた物だったのかを。

 顔しか知らない少女だが、あの笑顔をもう見られないのは心から寂しい。しかし、もしかして彼女の方も、私を好ましく感じてくれていたのだろうか。その事は純粋に嬉しく思った。


 けたたましいクラクションに思考の海から浮上する。バックミラー越しに後続車の運転手が苛立った顔でこちらを睨んでいた。気を取り直してブレーキからアクセルに踏み変えようとした途端、クラクションを鳴らした後続車は大きくハンドルをきって私の車を追い抜き、そのまま走り去って行ってしまった。


「……」

 私は言葉もなく数台の後続車がこの車を追い抜いていくのを見送った後、一瞬目を閉じて軽く黙祷し、踏みっぱなしだったブレーキから足を放してアクセルをゆっくり踏み込む。信号のない横断歩道と色とりどりの花束が、バックミラー越しに遠ざかっていった。


<「死神と横断歩道」了>

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