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Traveler  作者: 黒子
3/3

祠へ 前

作中に登場する書名や地名等は、作者の想像に基づく物であり、実在する物ではありません。また、この事はこれから先の物語全てに言える事です。

「セラフの祠?」


「はい、何か知ってる事、あります?」


あからさまに農業をやっているふうな老人は、首を傾げた。

僕は、旅の同行者が目を覚ますより前にベットを出て、街の郊外に居た。

先日、同行者のヒルダから聞いた「セラフの祠」という名前。

具体的には言えないのだが、何かが引っかかる。

あの時はジョシュアに遮られて何が引っかかっているのか考える事はできなかったのだが、ちゃんと考えてみるとやはり何かがおかしいのだ。

その場所には何かがある。僕が追い求めている、禁書を探す手がかり以外にも、何かが。

そう思った僕は、朝早くから街に出て、そのセラフの祠についての情報を収集しているという訳なのだ。


「祠、なァ。確かにあの祠は古いモンだが…おらみてぇに無学なモンには、あれが何なのかなんてさっぱり分からん。

 近くに建ってる教会の司祭様なら、何ッでも知ってるんでねえのか?」


老人が首を傾げて考え、必死に捻り出したと思われる答えはそれだった。

駄目だ。これでは何の収穫も無い。

でも、その祠の近くに建っている教会まで行っている時間は無い。そろそろ二人が起きだす頃だ。

僕は老人に礼を言って、宿に戻る事にした。



書籍「錬金術入門」 第九章「禁断の書について」


錬金術における禁断の書とは、危険すぎる、または、人間の手に扱えないと判断され、封印されたレシピが書き残された書籍である。著者は不明。

一般には「禁書」と呼ばれ、今まで多くの錬金術師が追い求めてきた。これからも多くの錬金術師達が禁書を追い求める事だろう。

賢者の石の練成方法や、完全なホムンクルスの練成方法等が記されていると伝えられるが、真相は定かではない。

そもそも、禁書に書かれた練成方法はかつて有力な錬金術師達が検討の末に封印した物であり、非合法の物である事は間違い無い。

故に見習い諸君は、夢を追い求めるのは良い事として、この禁書には深入りしない事を願う。

そして謎に満ちた禁書の起源とは――


(後略)



ジョシュアは、小走りで宿に向かってくる旅の同行者、アルフォンスを横目で見た。

彼はまだ睡眠から目覚めたばかりであり、目覚ましがてら素振りでもしようと剣を持って宿の裏庭に出ようとしていた所だ。

時刻は朝の八時。まだ遅くは無い時間である。普通であれば、アルフォンスを含む彼の同行者達も大体この時間に起きる。

だが、アルフォンスはもう普段のコートを着込み、今すぐにでも出かけられそうな出で立ちだ。

不審とまではいかないまでも、不思議に思ったジョシュアは、剣を肩に担いだままアルフォンスに近づいて行った。


「おい、アル! どうした、随分早いじゃないか。」


「ん、ジョー。おはよう。うん、今日は祠に行くから…ちょっと下調べ。郊外に出てた」


その言葉で、明るい笑みを浮かべていたジョシュアの顔が少し曇る。


「…何か分かったのか?」


「いや、何も。やっぱり早い時間の街は駄目だね、殆ど人が居なかった。偶然見つけた人も殆ど何も知らなかったよ」


「そうか…ならいいんだ」


アルフォンスの少しがっかりしたような声を聞くと、ジョシュアは逆に険しかった表情を少し和らがせた。

だが、もう一度表情を険しくさせると、言った。


「アル、あんたは禁書の情報にだけ集中してろ。その祠に、それ以外にあんたに影響を及ぼす物なんか何も無い。これだけは覚えてろ。いいな?」


普段はあまり見ない、親友の真剣な態度が自分に向けられている事に、アルフォンスは動揺している。

驚いたような、焦ったような表情のまま硬直するアルフォンスに、ジョシュアはもう一度「いいな、」と言う。

やはり気圧されてしまったアルフォンスは、まだ釈然としないような表情ながらも、弱く頷いた。



「…どうしたの、朝早くから二人揃って。」


「いや、ちょっと玄関で鉢合わせちゃってさ」


「あー、ちょっとばかし、偶然、な」


青年二人は互いに目を逸らす。首まで傾けそうな程目を逸らす。

結果、ヒルダの猫のような目はアルフォンスとジョシュアの間に開いた空間を睨みつける事になっている。

そして、その目から逃れようとする二人としては、非常に居心地が悪い訳で。


「玄関で鉢合わせた…って事は、二人とも外に出てたって事よね?」


「そうなる…な」


「なんで二人とも外に出てたのよ。やましい事が無いなら出かけてた理由。一人づつ」


「俺はちょっと素振りでもしようと剣担いで宿の裏庭に」


「あの、えっと…僕は…」


「何? アルは何かやましい事があるの?」


さらりと答えたジョシュアに対して、アルフォンスは口篭った。

今朝のジョシュアの態度が脳裏に浮かんだからだった。

だが、どんなに深い事情があろうとも、それを知らないヒルダにしてみれば今のアルフォンスの態度は怪しげなものにしかならない。

ジョシュアを疑う事をやめた訝しげな目は、今やアルフォンスの青い目を射抜くように見つめている。

アルフォンスは必死に目を逸らし、多少どもりながらも答えた。


「いや、無いよ。全然無い。ちょっと祠について下調べしに行ってただけだよ」


「…まあ。それで、何か情報は手に入った訳?」


真面目な態度を認めたのか、それともただ単に出かけていた理由が知れたからなのか、ヒルダの声の調子が少し柔らかくなる。

それに比例して、アルフォンスも少し落ち着きを取り戻す。


「それが、全然で。祠をよく知ってる人どころか、通りを歩いてる人自体がまばらだった。教会まで行けばそこの司祭様が知ってるって僕が話しかけた人は言ってたけど」


「行けばよかったじゃない」


「え?でも、時間が無かったし、遠かったし」


「まあ、そうよね。どのへんでその話を聞いたのかは知らないけど、結構遠いかもしれないわね。

 まあいいわ。その教会には三人で行きましょ。私はもう行ったけど、行く前に少しでも情報は多い方が良いから」


アルフォンスは、やっと自分にかけられた疑いが解けた事に安堵しつつも頷いた。

だが、ジョシュアはそれに対して反対する。


「冒険しに行こうぜ、冒険」


「あなたみたいな体力バカはそっちの方がいいかもしれないけど。」


「体力バカとは失礼な。体力自慢と言ってくれたまえ」


ジョシュアは丁度手元にあった剣を肩に担ぎ、胸を張ってわざとらしく威張ると、思い切りふざけた調子で言った。

それに対し、ヒルダはこれもまたわざとらしく肩を竦めて呆れて見せ、アルフォンスは控えめに笑った。


「こらアル! 笑うな! 大体お前の笑い方は女っぽい! そもそもアルに比べたらヒルダだって十分に戦闘要員なんじゃないか?」


「なっ。私は剣を振りかざしてればいい剣士と違って知力勝負の頭脳労働要員なのよ!」


「頭脳戦だって戦闘の内だろ」


「それを言ってしまったらアルも十分戦闘要員になり得る、って事になるわよ」


「あ、そっか。…アルっ! お前そんな気ぃ弱くていいのかっ!」


「え?いや、僕は…」


こうして、三人がふざけながらも祠に向けて出発したのは、もう少し後の事である。


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