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4.「ご主人様の命令だから!」

 猫がいなくなった。


 いつもの気まぐれな散歩かと思ったが、消えてから5日が他等としている。いつもは翌日には帰っていたのだから、これは明らかにおかしい。


「どうしたの、元気ないね」


 同僚に声をかけられた。どうやら私は思ったよりも、気落ちして見えるらしい。


 猫が消えても、平気だと思っていた。猫がいない生活が普通で、そもそも私は猫が嫌いなのだから。むしろ楽になるはずだった。事実そうだった。


 だけどそれよりも、不安や恐怖のほうが大きいことは、否定できない。


 もし――出かけた先で事故にあっていたとしたら?


 もし――すでに死んでいたとしたら?



 あの時の(、、、、)ように(、、、)



 ぞくりとして、私は無意識のうちに体を抱きしめた。それがますます同僚の不安をあおったらしく、彼女にしてはめずらしく、本気で心配してきた。


「本当、あんたのとこも大変よね。あんたが怖がる姿なんて、想像できなかったけど、あれはあたしだって怖いわ。今日、泊まってってあげようか?」


「何それ」


 途中までは黙ってきいていたが、後半は首をかしげたくなる内容だった。素直に尋ねると、同僚はぎょっとしたように、私をまじまじとみた。


「何、あんた知らないの!?あんたの家の近くだったでしょ?切り裂き魔よ、切り裂き魔!あんたに近い年齢の女性が被害者でね……って、それじゃないなら、何に怖がってるわけ?」


 そういえば、そんなことをニュースで言っていた気もする。あの事件から、血なまぐさいのは嫌いになったから、詳しくは見なかったけど。そうか、私の家の近くだったのか。


 同僚の質問には、首をふって答えなかった。猫がいなくなって不安なんて言ったら、爆笑される。せっかく心配されているのだから、そんなことを言うのは野暮というものだ。


「大したことじゃないよ。切り裂き魔よりはね」


「それならいいけど……でもさ、本当に、泊まってってあげようか?」


 ご馳走になりたいだけでしょ、と同僚をこづいて、私は外に出た。相変わらずの星空。田舎ではないと言い張りたいが、それほど都会でもないという、この微妙な町では、晴れた日は星が綺麗に見える。



 やっぱり、私はひとりぼっち。



 ふっとそんな思いがよぎって、思わず足が止まった。


 否定したい――けれどできない。


「仕方ないな……」


 私は思いっきり、夜空に向かって叫んだ。


「はやく帰ってきなさいよ、猫!ご主人様(わたし)の命令だから!」


 現状はまったく変わらないけれど。


 とりあえず――はやく家に帰って、ポスターでも作ろうかと思った。






 のに。


 猫はすでに死んでいるのではないか。そう思ったことがあるのは、確かだけど。


「―――ッッ!!」


 どうして猫じゃなくて私が、先に死ななければならないんだ。


「お嬢さん、待ってよー」


「待ちません!」


 これだけ大声を出しているのに、どうして誰も気づかないんだ。1人ぐらい、外にでて確かめないの?


 なんて暢気に思っているのだが、下半身だけは全力稼動中だ。だって、ほら。



 いま話題の切り裂き魔さんに追いかけられたら、嫌でも逃げたくなるだろう。



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