3.「そういうのじゃないの。」
「お邪魔しまーす」
「家主より先に入って、お邪魔も何もないでしょ」
同僚は無遠慮にずかずか入っていく。その目が、猫をみつけて輝いた。
「なに、あんた猫飼ってるの!?動物嫌いっていってなかったっけ?」
「嫌いよ。特に猫は嫌い」
同僚は私が逆立ちしてしゃべっているかのような目を向けた。
わかっているのだ、私だって。だから、そんな目で見ないでほしい。
「けっこうブサイクだねー。可愛い」
「それ、矛盾してるわよ」
「あんたほどじゃないわ。それにね、ブサかわいいっていうのよ、こういうの」
はあ、と適当に相槌をうつ。嫌がる猫を抱いている同僚の横を通り、テーブルにコンビニの袋を無造作に置く。中から倒れたビールが転がりでた。
「はやく飲むわよ」
「はいはーい」
なぜか同僚は、猫を抱いたままリビングへと来た。猫も諦めたのか、静かだ。心なしかぐったりとしているのが、いい気味だと思ったのだが、口には出さないでおいた。
私と同僚の話は、上司の愚痴から始まり、同僚の愚痴、仕事の愚痴へと移っていった。要約すると愚痴だ。
机の上には、空のビール缶が数本転がっている。酒に強いとはいえない同僚は、もう真っ赤で、酔っ払いの話し方になっている。もっとも、愚痴なんて酔っ払ってこそだけれど。
私も体が火照っているのがわかる。ビールを机に置き、するめに手をのばした。
そして気づいた。
「あっ、猫、それ私たちのなんだから!するめなんか、どうして食べるのよ!」
「まあまあ、猫なんだし。好きなんじゃないの、魚介類?」
「知らないわよ、私のするめ返しなさい!」
猫は机の上にいすわったまま、するめをはぐはぐと食べている。おやじくさー、と同僚が笑った。
「ていうかさ、猫って何よ、猫って。名前は?」
「猫よ」
「は?」
「だから、名前は決めてないの。猫って呼んでる」
私は猫との格闘を諦めて、再びビールを手にした。どうせ猫が口をつけた時点で、食べられなくなっているのだから。
ふと前をみると、同僚は、私が逆立ちしてジャンプしているかのような目を向けていた。
「ペットでしょ?」
「だって、家族とか、そういうのじゃないから」
私は空だった缶を机に放り投げて、新しい缶をあけた。アルコールが足りない。
「猫も、あたしのこと嫌いなのよ。どうやってこの高い部屋から出てるのかしらないけど、帰ってこない日もあるし」
同僚は猫をみて、開いている窓をみて、もう一度猫をみた。
「でも、結局はここに戻ってくるんでしょ。それって、ここを家だと思ってるってことじゃないの?あんたを飼い主だって認めてるんだよ」
私はゆっくりと息をはきだした。
「そんなんじゃないよ」
同僚の言葉を否定する。同僚は胡乱げに私と猫をながめた。
私は、繰り返した。
「だから、そういうのじゃないの。きっと餌がもらえるから戻ってくるのよ」
本当に、そんなはずがない。
猫が私を赦すことは、有り得ないのだ。
この話は実体験が含まれていたりしますが、
私は猫を飼ったことがないので、するめを与えていいのかわかりません。
おそらく駄目だと思います……皆さんは真似しないでください。




