目覚めて始まる恋
この世に生を受けて、早27年。
今まで真面目に人生を歩んできたこの私が、まさかこんな失態をしてしまうなんて!
お母様、お父様ごめんなさい。
私は親不孝物です。
まさかまさか、目が覚めたら知らない人が隣に・・・なんて何の漫画のストーリーだ。
思わずため息をついてしまう。
・・・しかし、ため息をついても現実は変わらない。
きょろきょろと周りを見渡せば、見覚えの無い部屋。
私物らしきものが全く無いところから、恐らくホテルなのであろう。
それも、泊まるにはそれなりに料金の掛かるいいホテルなのでは無いだろうか。
品の良い調度品やインテリア家具が置かれた室内。
そしてこの部屋の広さである。
少なくとも自分が今までの旅行で泊まってきた部屋の中では一番素敵な部屋だった。
その高そうなお部屋にある、広く大きなキングサイズらしき大きさのベット。
自分が今まで寝ていたベットだった。
・・・それも裸で。
そして、冴えてきた頭で恐る恐る隣を確認する。
隣に誰か居る気配は感じていたが、恐ろしくてしっかり確認はしていなかったのだ。
このまま、現実逃避をしている訳にも行くまいと勇気を振り絞り隣を見る。
・・・げ。
思わず、声を出してしまいそうになった。
何故って、だって・・・!
一体何なんですか、このキラキラ美形男は!!
窓のカーテンの隙間から漏れた光に反射してキラキラ輝く金色の髪。
目の色は相手が眠っている為、確認することは出来ない。
だが、恐らく黒ではあるまい。
だって堀の深い顔立ちから見てこの男、恐らく日本人じゃないからだ。
そして、私に外人の友人はいない。
だから確実に知り合いじゃない。
一体、誰なの!?
◇◇◇◇◇
・・・とりあえず、私は相手を起こさないよう、慎重に物音を立てずにあそこから退散した。
だって、アレは明らかにヤバイと思う。
どう考えても知らない人と、恐らく裸だった自分を考え、考えたくないけど、きっと致してしまったんだろう。
そうアレだアレ。
・・・記憶に無いけど。
そう、私には昨夜の記憶が全く無いのだ。
いや。正確には途中までは記憶があるのだが。
馴染みのバーで酒を飲んでいた記憶はあるのだ。
だが、その後の記憶が非常に曖昧である。
お酒はけっこう好きなので一人でのみに行くことも良くあるのだが。
女だから、飲みすぎて記憶を無くすのは不味いと考えていつも量をセーブして考えて飲んでいるはずだ。
それなのに、何故こんな事になってしまったのだろうか。
昨日の事を思い出そうとしても全く思い出せない。
・・・まぁ、仕方ない。
犬に噛まれたと思って忘れるしか無いだろう。
例え、もしかしたら初めてを奪われてしまったかもしれないとしてもだ。
そう、自分はまだ経験が無いのである。
流石にこの歳になって、今まで全く誰とも付き合ったことが無いとか、そこまではいかない。
でも付き合った相手とは、何故かタイミングが合わずそういう行為をすることが出来なかった。
なので、もし今回致してしまっていたとしたら、自分は脱処女である。
覚えてないので実際がどうかは分からないが。
まぁあの状況から考えて何も無かったというほうが何かの間違いである。
初体験を覚えていないというのも、少し悲しいものがあるがまぁ、それも仕方あるまい。
何も覚えていないほど酔ってしまった自分が悪いのだ。
自分の行動に責任を持った大人になれと、子供の頃によく親に言われ育ったものである。
だから、これも自分の責任なのだ。
幸い、相手の男の顔から考えるに、恐らくこういうことは頻繁にある人種であろう。
万が一、今後どこかで偶然であったとしても因縁を付けられる様な事は無いと思う。
というか、今日のことなんてそっこうで忘れてそうな感じだ。
だから、自分が忘れれば何も無かったことになる。
初体験だけに、自分はなかなか忘れられそうには無いが。
でも、ある意味あんなイケメンと初体験が出来たのは運が良かったのかもしれない。
なんせ、地味な自分の人生には一生関わりの無さそうな人種である。
・・・そうとでも、思っていないとやってられない。
そう考え、彼女はとりあえず朝の出来事を記憶の奥底に沈めることにしたのだった。
また、すぐ再開することになるとは思いもせずに。
「キミを待っていたんだ」
「・・・なんで?」
仕事中も、忘れようと思っても何度も頭に浮かぶ、朝の光景。
お陰で、今日の仕事は散々だった。
それでも、何とか仕事を終え、いつも通り三十分ほどの残業をしてから会社を出た。
そして、何故かこの男が居た。目の前に。
ずっと下を向いて歩いていたから声を掛けられるまで気付かなかった。
何故、この男はここに居るんだ。
「何でって。もしかして忘れちゃったの? 昨日、あんなに愛し合ったじゃないか」
「・・・な、何を言って・・・!」
「あれ。もしかして本当に忘れたの?
ま、それでもいいけどね。また、すぐに思い出すよ。
なんて言っても、僕たちの出会いは運命なんだから」
何を言ってるんだ、この男は。
実はちょっと頭がおかしいのだろうか。
勿体無い。こうして見ても顔はとてもいいのに。
そんな事を考えているうちに、いつの間にか彼に引っ張られ、私が良く通っているバーに連れて行かれた。
そう、昨日記憶を無くしたときに途中まで覚えているお酒を飲んでいたバーである。
今朝の失態があった為、当分は通うつもりの無かったバーだ。
やはり、私はここでこの男と会っていたのか。
そしていつの間にか、席までエスコートされ、お酒をご馳走された。
・・・侮れない。
その行動に全く隙が無いのだ。
女性とこういう席に着くのに物凄く慣れているに違いない。
そしてこんな状況になって、いつまでも流されている訳には行かないと、この状況を問いただそうとしているのだが。
聞こうとする度に上手く交わされてしまうのだ。
相手のペースに物凄く乗せられている。
そして、気付けば。
・・・何故か、自分は昨日と同じホテルにいた。
どうやら、ここは彼が日本での滞在時に泊まっているホテルらしい。
「あの、何で私はここに居るんでしょうか」
「え?何でって。一緒に来たからじゃないか」
「・・・そうではなくてですね。
そもそも、何故、あなたは私をここに連れてきたのですか?」
「ふふ。・・・今更、それを聞くの?」
心底、可笑しそうに彼は笑う。
「・・・さっきから、何度も聞こうとしました。
私の質問を全く聞こうとしなかったのはあなたじゃないですか!」
「僕が、キミの質問に答えない訳が無いじゃないか。
答えは、キミが僕の運命、だからだよ」
「・・・な、なんですかそれ!ふざけてます!?」
「ふざけてない。・・・キミは、分からなかったの?
僕は、キミを見て一目で気付いたんだけどな」
そう言って熱を帯びた眼差しで私を見つめてくる。
その熱い眼差しに、思わず心臓が飛び跳ねる。
「・・・な、にを言っているのか、分かりません」
「そう。・・・少しだけ寂しいな」
そう言って伏せた眼差しと、その悲しそうな表情が演技には見えず、もう一度別の意味で心臓が飛び跳ねた。
「ま、でもきっと直ぐに分かると思うからいいけどね」
そう言ってにっこり笑いながらベットに私を押し倒してくる男。
抵抗しようとするが、熱い口付けと同時に身体に与えられる愛撫に力が抜けていく。
・・・そして気付けば、全てが終わっていて。
嬉しそうににっこりと微笑んだ満面の笑みの男が私を抱きしめていた。
「・・・ずっと探してたファム・ファタルがまさか日本にいたなんてね。
どうりでフランスで探し回っても見つからなかったわけだ。
それに、キミが日本人で良かったよ。祖母が日本人だったから日本語はけっこう得意なんだ。
・・・日本語を教えてくれた祖母に感謝しないとね」
そんな事を言う男に、色々言いたいことがあるのだが、散々喘がされ何度もつっこまれたせいで全く力が出ない。
何で、私がこんなに疲れて居るのに、こいつはこんなに元気なんだ。
そんな事を思っているうちに、徐々に視界がフェードアウトして行く。
徐々に消え行く視界の中、最後に残っていたのは。
微笑むヤツの優しげな笑顔だった。
目が覚めたら知らない人が隣に・・・!という王道を一度書いてみたかったので書いてみた。