インドア派は蝉の抜け殻を見ない
なんか詩的な?タイトルになりましたが、そんな深い話ではないです。
7月下旬、相方と地元の音楽フェスに行きました。
会場はコンクリートの埠頭の上。270°海! という場所です。私は2度目、相方は初フェスで、大変楽しい時間を過ごしました。
駐車場へ戻る道は、朝歩いた道をちょっと外れて漁港の中を突っ切るルート(近道)。
暑すぎず風もあり、「ちょうどいい天気だったね〜」「でもこのあとひと雨くるよね」などと話しながら、ふと、
「今日、虫もいないね」
という話題になりました。
いくら海とはいえ、蚊とかアブとかいても不思議でない場所です。まぁいなくていいんだけど。
相方「そういやネットでさ、田舎の子供の遊び! ていうの紹介してて、蝉の抜け殻集めが1位だったのよ」
猫舌「へ?」
ふたりの頭に疑問符が浮かびます。
「しないよね?」
「どこの田舎の1位?」
うちの県が殿堂入りレベルの田舎である自信はあるのですが、ふたり共、経験がありませんでした。
百歩譲って蝉集め? 蝉取り? ならまぁわかる。
蝉の抜け殻集め……?
更に、もうひとつの疑問が。
「そもそも蝉、見たことないよね?」
声は聞きます。蝉しぐれというやつ。
我が家の場合は東がすぐ山、西がすぐ海なので、東側からだけ雨のようなジジジジジジジーワジーワジジジジジジ……が聴こえてきます。が。
相手は山です。いったい誰が、どの木に蝉がいると探査できるのでしょう。
この千本桜の億の花弁の、いったいどれを支配する気だ? です。
(台詞確認しようと思ったら、破面編全部姪っ子にレンタルしてるんだった……)
蝉の抜け殻集めは、ひょっとして、その山に挑む者の心のオアシス的なアレなんでしょうか。
坂を登った先に、ふと咲いているカタクリの花……みたいな。
それとも、公園でやるものなのかしら。
どの木にも蝉がいるわけじゃないだろうから、木にも詳しくならないといけないと思われます。
例えばクヌギとかコナラとか。
かのPENICILLINの名曲『男のロマン』にもあるように。腐った木や倒れた木に……あれクワガタだけどな。
その木の根元に、きっと抜け殻は落ちているのでしょう。
『集め』の部分に突っ込むのは野暮というものですね。コレクター魂は、蝉の抜け殻とビックリ◯ンシールを区別はしないでしょう。
考察の結果、蝉の抜け殻集めができる田舎とは、殿堂入りレベルの田舎ではなく、子供が足を踏み入れやすい場所に蝉が好む木がある、安全な公園等がある田舎、ということになりますかね。
我が家の周りにはないな……公園=山の裾野だからな……
というか蝉の抜け殻を集めに外で遊ぶことを私たちがしていたか、というと。
そもそもふたり共インドア派なんで蝉どころか(笑)
相方「保育園の子供も、虫さわれない子増えたねー。(←保育士さん)かと思えば、紙コップにダンゴムシ集めて見せてくれる子もいるし」
猫舌「何そのミニ蠱毒w」
果たしてこの子たちは、蝉の抜け殻を集めてくれるだろうか?
そうしたらつい先日。
夕飯の洗い物をしてたら、網戸に見知らぬ虫影が……
え、蝉ってこれじゃない……?
モノ消しくらいのサイズの……ピースサインの指くっつけて下向きにしたような羽根の。
えっ初めて見た蝉! 本当にそんな羽根なんだ!
……いやお前1週間しか生きないのに、うちの網戸で貴重な時間を費やしてんじゃないよ!
もっと有意義にお過ごしなさい!
樹液のとこ行きなさい!
と、母と説教(母も初めて見た。山育ちなのに)してたら、ちゃかちゃか上に登ってどっか行きました。
生きたくても生きられない人たちがいたんだから、1週間の命を私の前で散らさないでくれよ。
とか思ったり。
初めて見た蝉が腹側って、レアだけど何か違う気がする(笑)




