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前世OLの白雪姫ですが王子がタイプじゃなかったので嘘寝してたら世界救って恋始めちゃいました

作者: 恋綴みるる
掲載日:2026/03/29

「――おお、愛しの白雪姫。その瞳が開かれるのを、私はずっと待っていた」


(……誰、この顔のいい男)


 深い深い、微睡まどろみの底から意識が浮上した瞬間。


 視界に飛び込んできたのは、キラッキラの金髪に、彫刻のように整った顔立ち、そして「自分、世界で一番イケメンです」という自信に満ちあふれたドヤ顔の男だった。


 同時に、脳内に濁流のような情報が流れ込んでくる。


 ここは異世界。私は白雪姫。継母に毒林檎を食わされて死んでいたはず。


 そして何より重要なこと。


 私の前世は、現代日本で働く二十代の会社員、白雪凛心しらゆきりこだったということだ。


(あ、これ……思い出した。私、過労死寸前で駅の階段から落ちたんだっけ。で、転生して白雪姫になって……って、ちょっと待って。今それどころじゃない)


 目の前の男――おそらく物語上の「王子様」――が、陶酔しきった表情で私の唇に顔を近づけてくる。


 スローモーションで迫りくる、形のいい唇。


 前世の記憶を取り戻したばかりの私の脳が、冷静かつ高速で状況を演算した。


 スペック:王族。

 見た目:超絶美形。

 状況:呪いを解いてくれる運命の相手。


 普通なら、ここで「王子様……っ!」と頬を染めて、ハッピーエンド直行便だろう。


 だが、今の私の魂は、酸いも甘いも(主に苦い方を)噛み分けた現代人・凛心である。


 私は、至近距離で王子の肌質、香水の匂い、そして「俺の接吻で目覚めるお姫様、マジ最高」と言わんばかりの独りよがりな視線を精査し――。


(…………。……無理。全然タイプじゃない。てか、寝てる女に無許可でキスしようとするその距離感の詰め方、怖すぎなんだけど)


 生理的拒否反応が、運命という名のメタ設定を上回った。


 私のモットーは『自分の恋人は、顔の造形より、まず価値観。そして適切な距離感』だ。

 

 このまま目覚めれば、なし崩し的にこの「自己愛の塊」みたいな王子と結婚する羽目になる。


 それは、私の人生の選択権をドブに捨てるも同然だった。


 ――瞬時に、私は決断した。


(よし、寝たふり継続。嘘寝うそね一択!)


 私は、開きかけていたまぶたをソッと閉じ、呼吸を整えて「完全なる死体(仮)」へと戻った。


「……ん? 今、少し動いたような……。ああ、白雪姫! 私の愛が足りないというのか!」


 王子がガシッと私の肩を掴んで揺さぶってくる。


 ちょ、痛い。揺らすな。脳震盪起こすわ。


「この唇さえ重なれば、君は私の妃として永遠の幸せを手に入れるというのに! さあ、目覚めなさい!」


(嫌だって。妃とか重すぎるし。てか「幸せを手に入れる」って、お前が決めることじゃないから。私の幸せは、私が選んだ男と、美味しいもん食べてダラダラ過ごすことなの!)


 王子の唇が再び近づいてくる気配。

 私は心の中で全力で毒を吐きながら、鉄の意志で「白雪姫(置物モード)」を演じ続けた。

 

 物語の強制力か、王子の粘りか。静寂の森の中、シュールな攻防戦が続く。


(……いつまでやってんの、この人)


 嘘寝を始めてから、体感で三十分。


 王子は「愛の詩」を朗読したり、私の手を握って涙ぐんだりと、自分に酔いしれるパフォーマンスを継続中だ。あまりに寒気がして、逆に体温が下がって本当に死体に戻りそうである。


 その時だった。


「ひ、姫を……白雪姫様を返せぇぇぇ!」


 地響きと共に、空気がどろりと濁った。


 森の木々が悲鳴を上げ、おぞましい魔気の波動が押し寄せる。


 前世の知識が囁く。あ、これ「ラスボス」的なやつが出てきた合図だ。


「な、なんだ!?」


 王子が腰を抜かして私の上から転げ落ちる。ナイス、もっと離れて。


 現れたのは、巨大な黒い影。かつて白雪姫を妬んだ継母の執念が具現化した、世界を食い尽くす魔的存在だ。


「姫が目覚めぬまま死の淵に留まるなら、この国の希望もろとも、すべてを虚無へ引きずり込んでやるわ!」


 魔物の咆哮一発で、周囲の騎士たちは泡を吹いて倒れ、空はみるみるうちに不吉な紫に染まっていく。

 

(え、ちょっと待って。状況重すぎない?)


 ここで我らが王子の出番だ。彼は震える手で剣を抜き、カッコつけたポーズで叫んだ。


「案ずるな白雪姫! この私が君と世界を……あだっ!?」


 ――ビターン!!


 魔物の触手が軽くしなっただけで、王子は木の幹に激突。白目を剥いて沈黙した。

 秒殺。あまりに期待を裏切らない無能ぶりである。


(……えぇ。弱すぎ。無理。戦力外通告) 


 絶体絶命である。


 今、この場で事態を収拾できるのは、呪いの中心点である私しかいない。


 脳内会議が紛糾する。


『案A:今すぐ起きて王子に助けを求める』


→却下。王子は死んでいる(気絶)。起きた瞬間に「愛の勝利だ!」と抱きつかれる未来しか見えない。


『案B:このまま寝たふり』


→世界崩壊。私も死ぬ。前世でも今世でも過労死とか、笑えない。


(……あー、もう! 結局、自分でやるしかないわけ!?)


 私は決めた。


 王子ルートは死んでも踏まない。だが、世界を滅ぼすのは寝覚めが悪い。


 だったら、「王子に救われるヒロイン」じゃなくて「世界を救うワンオペ王女」として降臨してやる!


 私は、ガバァッ! と勢いよく跳ね起きた。


「やかましいわね!! 寝てる時くらい静かにしなさいよ!!」


 ドレスの裾を翻し、棺から飛び出す。


 突然の死体の復活に、魔物すら「ヒッ」と硬直した。


「あんたね、人の安眠妨害して世界滅ぼすとか、どんだけ自分勝手なのよ。毒林檎の件はもう水に流してあげるから、さっさと消えなさい!」


「な、何を……ただの小娘がぁ!」


 襲いかかってくる魔気の触手を、私は前世のストレスフルな満員電車で鍛えた「隙間を縫う動き」と、何度もシミュレーションした退職届を叩きつける動きで迎撃した。

 

「はあああああ!!」


 拳に全魔力を込めて、魔物の鼻っ面に叩き込む。


 どっごぉぉぉぉん!!


 轟音と共に魔物が霧散し、空に青空が戻っていく。


 ……一分。


 わずか一分の、圧倒的ワンパン勝利だった。


 静まり返る森。

 私は荒い息を吐きながら、まだ気絶している王子のツラを眺めた。


(よし。世界は救った。……さて、ここからが本番よ)


 私はドレスの汚れをパンパンと払い、キリッとした表情で仁王立ちした。


 さあ、目を覚ますがいい王子。


 お前に突きつける「お断り」の言葉は、もう決まってるんだから。


「……う、ううむ。私の……私の愛が、悪を滅ぼしたのか?」


 魔物が消え、静寂が戻った森。


 のっそりと起き上がった王子は、自分の剣がへし折れているのも気にせず、光り輝く朝日をバックにキメ顔を作った。


 いや、あんた触手一発で白目剥いてたじゃん。


「おお、白雪姫! 目覚めたのだな! 私の接吻(未遂だけど)が、君に勝利の女神を微笑ませたのだ!」


 王子は私の手を取り、跪く。


 その瞳には「救ってやった感」が満載だ。鏡、持ってこようか?


「さあ、共に城へ行こう。国を挙げて我らの婚儀を祝おうではないか。君のような美しく、かつお転婆な妃を娶れるとは、私はなんて幸せな男なんだ!」


 ……あ、これ、自分の都合のいいように記憶改ざんするタイプだ。


 周囲の騎士たちも、王子の威光に気圧されて「は、ははーっ! おめでとうございます!」とか言っちゃってる。


(……はぁ。やっぱり、こうなるよね)


 私は、繋がれた手を、ヌルリと、しかし断固として引き抜いた。


「…………無理」


「ん? 何がかな、愛しの白雪?」


「無理って言ったの。あんたと結婚するなんて、逆立ちしても、世界がもう一回滅びても無理」


 王子の顔から余裕の笑みが消え、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。


 私は、周囲に響き渡るような通る声で、はっきりと告げた。


「あのね、王子様。助けてもらった恩義という名の勘違いで結婚する時代は、私の中で終わったの。私は、自分の人生も、隣に並ぶ男も、自分で選びたいのよ」


「な、何を……! 運命なのだよ!? 毒林檎を食べて、王子に救われる。これが歴史に刻まれた愛のカタチ――」


「その歴史、今、私がシュレッダーにかけたから」


 私は一歩踏み出し、王子の鼻先で指を鳴らした。


「悪いけど、あんたはタイプじゃない。顔はいいけど中身がうるさいし、何より人の話を聞かないし、戦えば秒で負ける。……ごめん、即答で断るわ。タイプじゃないの」


「タイプ……? 私が……タイプじゃない……!?」


 王子がガリガリと地面を掻きむしる。


 王宮広報部が泣きそうなほど完璧な「絶望の王子図」の完成だ。


「恋愛は、ちゃんと選びたい。誰かに決められたレールじゃなくて、私の心が『この人だ』って叫ぶ相手と、私は恋をするの。……じゃあね、さよなら!」


 呆然とする一同を置き去りにして、私はドレスの裾を豪快にまくり上げると、自らの足で森を駆け出した。


 背後で王子の「待ってくれぇぇ!」という情けない叫びが聞こえたが、一度も振り返らなかった。


(ふぅ。スッキリした! さて……自由だ!)


 森を抜けた先には、城下町が広がってい

る。


 そこには、運命なんかじゃない、本物の出会いが待っているはずだ。


王子を振り切り、森を抜けた先にある城下町。そこはキラキラした王宮とは違う、生活の匂いと活気に満ちた世界。


 ドレスの裾を少し破って歩きやすくし、私は城下町の市場に紛れ込んだ。


 追っ手の気配はない。あの王子なら、今頃「なぜだ……私の前髪の角度が悪かったのか……?」と鏡の前で自問自答しているはずだ。


 ふと、人だかりが目に入った。


 中心にいたのは、泣きじゃくる小さな子供と、その前に膝をついて目線を合わせている一人の青年だ。


「……大丈夫。これはただの擦り傷。この葉っぱを揉んで当てれば、すぐに痛くなくなるよ」


 青年の声は、王子の朗々とした演説とは対照的に、穏やかで低い。


 派手な刺繍の服ではなく、使い込まれた茶色の革の肩掛けカバンに、土の匂いがする質素な麻のシャツ。捲り上げられた腕は、日焼けして逞しく、何よりその「手」が驚くほど丁寧だった。


(……あ。あの手、いいな)


 王子は私の手を「獲物」のように握ったが、彼は子供の傷口を、壊れ物を扱うように優しく包んでいる。


 青年が薬草を取り出し、手際よく手当てを終えると、子供はパッと笑顔になって駆け出していった。


 青年が立ち上がり、ふと私と目が合う。


「……あ、すみません。ボーッと見てちゃって。すごいですね、魔法みたい」


「魔法なんて大層なものじゃないですよ。ただの薬草師です。……あんまりじっと見られると、照れますね」


 彼は困ったように笑い、後頭部を掻いた。

 その距離感。近すぎず、遠すぎず。土足で心に踏み込んでこない、心地よいパーソナルスペース。


「その、珍しい格好をしてますね。森から来たんですか?」


「ええ、ちょっと……面倒な男を振り切って。あ、私は白雪。……あ、いえ、白雪姫って呼ばれてますけど、凛心リコでいいです」


「さん。いい名前だ。僕はカイル。……これ、どうぞ。少し顔色が悪い。疲れに効くハーブです」


 差し出されたのは、一輪の地味な花。


 王子が贈ってきた自分を象徴する薔薇とは違い、それはただ、相手の体調をおもんばかるためだけの花だった。


(……何これ。論理的に考えて、最高じゃない?)


 王子:自分のために、私を愛でる。

 青年:私のために、薬を差し出す。


この圧倒的な「他者優先」の姿勢。そして、押し付けがましくない優しさ。


 前世で揉まれ、今世で「運命」という名のハラスメントを受けかけた私にとって、彼の自然体な佇まいは、どんな宝石よりも価値があるものに思えた。


「……毒も薬も、使い方次第なんですよ。運命だって、そうじゃないですか?」


 カイルがふと零したその言葉に、私の心臓がドクン、と跳ねた。

 

(あ、やばい。これ。私、この人のこと「もっと知りたい」って思ってる)


 誰かに決められたハッピーエンドじゃない。


 今、私の意志が、この地味で優しい薬草師を「選ぼう」としていた。


***

 翌日。私は借り物の地味な服に着替え、再び町へ繰り出した。


 お城の追っ手? 知るか。私は今、最高に忙しい。人生で初めて「自分が会いたいと思った人」に会いに行くんだから。


 町の外れ、薬草の香りが漂う小さな小屋。

 カイルは昨日のまま、静かに薬研くすりげんを回していた。


「あ、昨日の。……リコ、ですよね?」


 彼は顔を上げ、驚いたように、でもどこか嬉しそうに目を細めた。


 私は迷わず、彼の前の椅子に座る。


「カイル、聞いて。私、実は前世の記憶があるの。別の世界で働いて、疲れて、こっちに来たの。……信じる?」


 突拍子もない告白。


 王子なら「ハハハ、お転婆な冗談だ!」と笑い飛ばすか、心配顔で祈り出すだろう。

 でも、カイルは手を止め、真剣に私の目を見て頷いた。 


「不思議な話ですね。でも、リコさんのその、どこか遠くを見ているような、それでいて強い目は……この世界の『お姫様』らしくない。だから、本当なんだと思います」


 肯定された。それだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「私ね、王子様に言われたの。君を救うのが僕の運命で、君が僕を愛するのが決まり事だって。……でも、そんなの嫌。誰かに書かれた台本通りに動く人形になんて、なりたくない」


 私はテーブルに身を乗り出し、彼の綺麗な手を――今度は私の方から、そっと指先で触れた。


「私、自分で選びたいの。誰を好きになるか、どこで生きていくか。たとえそれが、物語のハッピーエンドから外れていたとしても」


 沈黙。


 カイルは私の指を見つめ、それから優しく微笑んだ。


「……いいんじゃないですか。それでいいと思います。……というか、それがいいです」


「……え?」


「誰かの決めた『正解』をなぞるより、リコさんが悩んで、選んで、ここに座っている。その事実の方が、僕にはずっと尊く見えますよ」


 すとん、と腑に落ちた。


 重苦しい「愛」の押し売りじゃない。


 私の意思を、私の存在を、そのまま受け入れてくれる全肯定。


(……あ、だめだ。これ、完全に好きだわ)


 前世の恋愛マニュアルにも、今世の童話のプロットにも書いてない。


 胸の鼓動がうるさくて、顔が火照る。

 

 私は、自分の意志で、この恋のスタートラインを力いっぱい踏み越えた。



***

「待てェェーイ! 逃がさんぞ、我が愛しの白雪姫!」


 感動の余韻を切り裂く、やかましい声。


 薬草師カイルの小屋のドアが、バァン! と勢いよく蹴破られた。


 そこには、ボロボロになったマントをなびかせ、不屈の精神かんちがいに満ちた瞳を輝かせる王子が立っていた。


「……またあんた。しつこい。ストーカーで訴えるわよ?」


「なんとでも言うがいい! 私は諦めぬ! さあ、こんなむさ苦しい男の家は今すぐ出よう。城では君のために最高級の林檎タルトと、私とのダンスタイムが待っている!」


 王子はカイルを「背景のモブ」か何かのように扱い、私の腕を掴もうと手を伸ばす。


 だが、その手は届かなかった。


 私が一歩、自らカイルの方へ寄って、その背中に隠れるようにして王子の目を真っ向から見据えたからだ。


「悪いけど、お引き取り願える? 王子様」


「な……な、ぜだ! 運命の相手は、私のはずだろ!?」


「何回言わせるの。運命なんて、さっきゴミ箱に捨ててきたって言ったでしょ」


 私は、戸惑うカイルの服の裾をぎゅっと握りしめ、宣言した。


「私、好きな人、できたから」


 ――ガシャン。


 王子の心臓が砕ける音が聞こえた気がした。


「す……好きな人……? この、土の匂いがする、ただの平民がか!? 私という、国一番の美男子を差し置いて!?」


「そう。この人がいいの。あんたみたいに自分のことしか見てない男じゃなくて、私の話を聞いて、私の意思を尊重してくれる、この人がいい」


「ば、馬鹿な……! 物語の整合性が……整合性が取れんではないかぁぁ!」


 王子はまるでバグを起こしたNPCのように頭を抱え、その場に崩れ落ちた。


 整合性なんて知ったことか。私の人生は、私の物語だ。 


「……さあ、行った行った。お城に帰って、自分大好きなお姫様でも探しなさいな。あんたなら鏡と結婚した方が幸せになれるわよ」


 絶望に打ちひしがれ、四つん這いで這い出していく王子。


 その背中を見送りながら、私はふう、と深い溜息をついた。


 ……さて。


 邪魔者は消えた。


 私は、まだ状況が飲み込めていない様子のカイルを振り返り、悪戯っぽく笑ってみせた。


「……あ。今の、今の……本気ですからね?」


***

 窓の外には、満点の星空。


 ランプの火が揺れる静かな部屋で、私はカイルと向き合っていた。


 さっきの啖呵を思い出して、今さら顔が熱くなる。でも、引くつもりはない。


「……リコさん。さっきの、本気だったんですか?」


 カイルが少し困ったような、それでいて大切に宝物を見つめるような目で聞いてくる。

 私は深く息を吸い込み、逃げずに彼を見つめ返した。


「本気よ。あ、でも、いきなり結婚してなんて言わないわ。……まずは、ちゃんと好きになりたいの。物語の続きを埋めるんじゃなくて、一日ずつ、あなたのことを知っていきたい」


 前世で夢見た、当たり前で、一番難しい

「普通の恋」。


 私は、自分の手で勝ち取った自由を、彼に差し出す。


「カイル。……私と、恋をしてくれる?」


 カイルは一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから今までで一番柔らかな、陽だまりのような笑みを浮かべた。


「……はい。喜んで」


 差し出された彼の大きな手が、私の手を包み込む。


 王子のそれとは違う、確かな温もりと、私の意思を待ってくれる優しさがそこにはあった。

 

 毒林檎を食べて、王子にキスされて、めでたしめでたし――。


 そんな誰かが書いたハッピーエンドより、今、この瞬間の方が、何万倍も『尊い』と確信できる。


 あーあ、あの王子にキスされなくて本当に良かった。


 おかげで私は、運命に流されるお姫様じゃなくて、「大好きなタイプ」を自分で選ぶ一人の女になれたんだから。

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