第6話「揺らぐ影、揺らがぬ決意(沙良編)」
昼の陽射しが、ロズベルク邸の庭園にきらめいていた。
噴水の水音が風に混じり、静かな午後を作り出している。
ミレーヌ――沙良は、紅茶のカップを手にしながら
黒薔薇の咲く花壇を眺めていた。
黒く艶めく花弁。
美しいのに、どこか切ない光を宿す薔薇。
「……この世界でも、“彼女”は動き始めてるんだ」
沙良は小さくつぶやいた。
ここは前世で遊んでいた乙女ゲーム
『セラフィナ・クロニクル』の世界。
聖女リディア。
王太子セオドア。
そして――破滅の象徴として登場する悪役令嬢、ミレーヌ・ド・ロズベルク。
自分がその役に転生してしまったことを、
沙良はとうに理解していた。
「黒薔薇の印が動き出す……つまり、破滅ルートの序章」
前の世界なら、このあと
ミレーヌの名は汚され、誤解され、
やがて破滅へと向かう。
でも、今は違う。
(私は……絶対に同じ運命を辿らない)
胸を押さえた。
黒薔薇のブローチがかすかに熱く脈打つ。
(それに……“あの温もり”を裏切るなんてできない)
――お姉ちゃん。
あの夜、最後に自分を庇ってくれた手の温かさ。
あの日の涙。
その記憶だけは、何よりも大切だった。
「お嬢様」
後ろから声がして振り返ると、
執事のルシアンが歩み寄ってきた。
「例の噂、調べがつきました。
“黒薔薇の印”を名乗る者たちが聖女殿下への敵対を強めているようです」
「……やっぱり」
沙良は紅茶をそっと置いた。
黒薔薇。
ゲームでは破滅を呼ぶ象徴だった。
でもこの世界の黒薔薇は、
なぜだか“誰かの涙”や、“誰かの祈り”と結びついているように感じる。
「ルシアン。黒薔薇について……別の解釈はないの?」
「別の……ですか?」
「ええ。
呪いでも、破滅でもなく……
誰かを“繋ぐ”ような意味があるとか」
ルシアンは少し驚いた顔をしたあと、
静かに言った。
「……お嬢様は、黒薔薇に“救い”の可能性を見るのですか?」
沙良は首を振った。
「救いだなんて……そんな大げさなものじゃないわ。
ただ……胸が、どうしてもざわつくの。
破滅の象徴だけじゃない気がするのよ。
もっと……深い意味があるような」
(誰かが泣いてる。
誰かが呼んでる。
そんな気がしてならない……)
ルシアンは真剣な眼差しで沙良を見つめた。
「黒薔薇に関する古い預言書が、教会の記録庫にあるようです。
……危険ですが、調べてみますか?」
沙良は迷わず頷いた。
「ええ。
破滅フラグだって、知らなければ避けられない。
でも――知っていれば、変えられるはずよ」
風が吹き、黒薔薇の花弁が一枚舞い落ちた。
その冷たい質感が掌に触れ、
沙良はそっと目を閉じた。
(この世界でも、私はちゃんと生きる。
たとえ誰に何を言われても……
もう、大切な人を失いたくない)
黒薔薇の影が揺れる。
その揺れは、どこか遠い場所で
理奈の胸のざわめきと同じリズムで震えていた。




