第23話「重なる気配(沙良編)」
王都に入って三日目。
ロズベルク邸の客室は、思っていたよりも静かだった。
沙良は窓辺に立ち、王都の屋根を眺めていた。
朝の光が赤茶の瓦に反射し、ゆっくりと街を目覚めさせていく。
(……また、胸がざわつく)
理由は分かっている。
今朝から、黒薔薇のブローチが落ち着かない。
じんわりとした熱。
脈打つような感覚。
「……聖女リディア」
その名を口に出した瞬間、
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
ゲームでは、
聖女の周囲には“決まった流れ”で人が集まる。
騎士。
神官。
王族。
その順序も、役割も、沙良は知っている。
(……もう、始まってる)
カチャ、と控えめな音。
ルシアンが紅茶を運んできた。
「お嬢様。
今朝、教会周辺で動きがあったようです」
「……動き?」
「聖女殿下の護衛に、新たな騎士が付いたとか。
近衛騎士団からの正式な配置だそうです」
沙良の指先が、カップの縁で止まる。
(騎士……)
胸の奥に、微かな痛み。
「それから――
教会内部でも、聖女殿下と親しく話す神官の姿が見られたと」
「……そう」
声は平静だった。
けれど、心は静かに揺れている。
(エリオット……そして、次はレオン)
順序通り。
けれど、どこかが違う。
ゲームでは、
ミレーヌはこの時点で“孤立”していた。
誰にも理解されず、
聖女の周囲に人が集まるほど、
黒薔薇は“妬み”として描かれていく。
――でも。
沙良は胸元を押さえた。
(……妬んでる、わけじゃない)
ただ、気になる。
理由が分からないほど、強く。
まるで――
自分の一部が、遠くで動いているみたいに。
「ルシアン」
「はい」
「もし……
聖女殿下が誰かに守られていると知ったら、
あなたはどう思う?」
唐突な問いだった。
ルシアンは一瞬だけ考え、静かに答える。
「……安心します。
守る者がいるというのは、それだけで力になりますから」
沙良は小さく息を吐いた。
「……そうよね」
それが“正しい答え”だ。
けれど――
胸の奥の痛みは、消えない。
(どうして……?)
そのとき、黒薔薇のブローチがふっと温かくなった。
ほんの一瞬。
けれど確かに。
(……今、誰かが近くにいる)
自分ではない。
聖女の側に。
沙良は目を閉じた。
ゲームの知識が、静かに警告を鳴らす。
――このまま進めば、
“ミレーヌ”は聖女と向き合う。
それは、避けられない“イベント”。
(でも……)
沙良は、静かに微笑んだ。
(今回は、選ばされるだけじゃない)
自分で、選ぶ。
聖女を敵にするのか。
それとも――
「……まだ、決めない」
黒薔薇は、光にも影にもなり得る。
窓の外で鐘が鳴る。
教会の方向から。
その音に、胸の奥が応えた。
同じ鐘の音を、
きっと彼女も聞いている。
顔も知らないはずの“聖女リディア”。
けれど――
なぜか、放っておけない存在。
(……あなたは、どんな人なの)
その問いは、
次の運命を呼び寄せる前触れのように、
静かに胸に残った。




