第22話「剣と誓い(理奈編)」
王都の朝は、思っていたよりも騒がしかった。
石畳を行き交う人々の足音。
商人の呼び声。
遠くで鳴る鍛冶の金属音。
理奈は聖堂の正門前に立ち、外套の前をきゅっと押さえた。
(……少し、緊張する)
聖女として外に出る機会は増えてきたが、
王都の人波はまだ慣れない。
「聖女殿、こちらへ」
声をかけてきたのは、ディランだった。
その隣に――見知らぬ青年が立っている。
濃い紺色の騎士服。
鍛えられた体躯に、背筋の伸びた立ち姿。
腰に下げた剣が、朝の光を反射した。
青年は理奈の前で片膝をつき、静かに頭を下げる。
「近衛騎士団所属、レオンと申します。
本日より、聖女殿の護衛を命じられました」
低く、迷いのない声だった。
理奈は思わず瞬きをする。
「……護衛、ですか?」
「はい。
王都内とはいえ、あなたを狙う動きが増えています」
ディランが補足するように告げる。
「レオンは信頼できます。
寡黙ですが、腕は確かです」
レオンは何も言わず、ただ真っ直ぐに理奈を見ていた。
その視線に、妙な緊張はない。
けれど――逃げ場もない。
(この人……すごく、まっすぐ)
「よろしく、お願いします」
理奈がそう言うと、レオンは一瞬だけ目を見開き、
それから小さく頷いた。
「……こちらこそ。
あなたを守るのが、俺の務めです」
その言葉は短く、簡潔だった。
けれど、不思議と重みがあった。
歩き出すと、レオンは自然と理奈の半歩前に立つ。
人混みの中でも、さりげなく進路を確保してくれる。
(……近い)
距離は近いのに、触れない。
けれど、確実に守られている感覚。
「……いつも、こんなふうに?」
理奈が尋ねると、レオンは少し考えてから答えた。
「命令があれば。
……なくても、同じです」
「え?」
「危険があるなら、守る。
理由は、それだけでいい」
理奈は言葉を失った。
(そんなに、迷いがないなんて……)
聖女として見られることには慣れつつあったが、
“理屈ではなく守られる”のは初めてだった。
ふと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……あれ?)
この感覚は、北塔の痛みとは違う。
もっと現実的で、確かなもの。
レオンは歩みを止め、振り返った。
「……聖女殿。
何か、ありましたか?」
「いえ……」
理奈は小さく首を振り、微笑んだ。
「ありがとう。
あなたがいてくれると……心強いわ」
その瞬間、レオンの耳がわずかに赤くなった。
「……当然のことをしているだけです」
けれど、歩き出す背中は、少しだけ硬かった。
理奈は気づかない。
その剣士の胸に、
すでに小さな“誓い”が芽生えていることを。
王都の空は、澄んだ青。
新しい風が、静かに運命を動かし始めていた。




