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第9話 夏の午後、知らないあなたを知りたくて

午後のオフィスは、エアコンの低い音とキーボードの音が混ざり合っていた。

 窓の外は真夏の日差しがじりじりと照りつけていて、ガラス越しでもまぶしい。

 そんな中で、私は決意を固めるようにひとつ息を吸った。


「先輩、少し聞いてもいいですか?」


 野宮先輩がモニターから視線を上げる。

 いつものゆるい表情だけれど、目はちゃんとこちらを見てくれる。


「ん、どうした?」


「えっと……先輩の誕生日って、いつなんですか?」


 唐突だったかもしれない。けれど、なんとなく知りたかった。

 もっと“野宮先輩のこと”を知ってみたかった。


「ああ、俺? 12月6日」


「えっ、そうなんですか……!」


 予想よりずっと近い日付に、思わず声が弾んだ。

「私、12月4日なんです。同じ月、しかも2日違いです」


「マジで? え、それほぼ一緒じゃん。てか運命感じるな」

 軽口を叩きながら笑う先輩の顔が、夏の日差しよりも明るく見えた。


「同じ誕生月って、なんか嬉しいですね」

「だな。俺、今の部署でそんなに誕生日近い人いなかったから」


 そこから話が少しずつ広がっていく。


「そういえば、水越さんって専門卒だよね?」

「はい。あの、〇〇専門学校です」

「え、俺もそこ出身だよ。てか同じ学科?」

「たぶん同じです! でも先輩が在学中って、私はまだ1年生だったと思います」


「そっか……いや、全然気づかなかったな。世間って狭いな」

「ですね。あの頃、校舎でよく見かけてたのかもしれませんね」


 話しながら、自分でも驚くほど自然に笑えていた。

 ふだん職場では仕事の話しかできないのに、こうして少しプライベートな会話ができるだけで、

 心の距離がほんの少し近づいた気がする。



「ちなみに、水越さんって兄弟いる?」

 不意に先輩のほうから聞かれて、少しびっくりした。


「妹がひとりいます。高校生なんですけど、すごくしっかりしてて」


「へぇ、妹か。いいなぁ。俺は姉がひとりいるけど、もう結婚してて」


「お姉さん、仲いいんですか?」


「うん、まあね。よくLINEくるし。なんか、ずっと面倒見られてたな」


 そう言って笑う先輩の声が、どこか懐かしそうだった。

 仕事のときよりも少し低くて、柔らかい。


「姉ちゃん、昔から世話焼きでさ。俺が夜更かししてると、電話してきて“早く寝なさい”って怒るんだよ。もう子ども扱いだよな」


「ふふっ、かわいいですね」


「かわいいって……俺じゃなくて姉ちゃんの話だよ?」


「そうですけど、なんか……そうやって話す先輩も、ちょっとかわいいなって思いました」


 思わず口にしてしまって、慌ててグラスを持ち上げる。

 (やば、また変なこと言ったかも……!)


 けれど先輩は、少し照れたように頬をかいて笑った。


「いやぁ、そう言われたの初めてだな」


 いつもの穏やかな笑顔。

 けれど、今はそれが――ほんの少し、近く感じた。



「……じゃあ、最後にもうひとつだけ聞いていいですか?」

「ん? なに?」

「先輩の“好きなタイプ”って、どんな人なんですか?」


 一瞬、先輩が固まった。

 けれどすぐに、少し照れたように笑って答えた。


「そうだなぁ……高身長でショートカットで、優しい人かな」


 胸の奥が、少しだけ痛くなる。

 高身長でショートカット――確かに、あの岡島さんが思い浮かぶ。

 そのあとに言った“優しい人”のひとことが、やけに沁みた。


「そっか。なんか、意外と具体的ですね」

「まあ、でも胸が大きいとかは別に関係ないけどね」

 冗談っぽく言いながら笑う先輩に、苦笑いで返す。

 ――“関係ない”って言葉が、逆に本音っぽく聞こえたのは気のせいだろうか。


「水越さんは?」

 すぐに逆質問が返ってきて、少し焦る。

「え、私ですか?」

「うん。どんな人がタイプ?」


「……優しい人、ですかね。あとは、好きになった人がタイプって感じです」


「へぇ、なんかそれ、いいね」

 先輩は目を細めて笑った。

「俺も、たぶんそうなんだろうな。タイプっていうより、気づいたら惹かれてる感じ」


 ――“惹かれてる”。

 その言葉が頭の中で何度も響く。



 窓の外では、夏の夕暮れがゆっくりと色を変えていく。

 オレンジが薄れて、青に溶けていく瞬間。

 ふたりの会話も、そんな風に自然に続いていった。


「じゃあさ、水越さんの誕生日、ケーキ買ってお祝いしようか」

「えっ、いいですよそんな!」

「いいじゃん。同じ学校記念ってことで」

「それ、無理やりすぎますよ」

「はは、まあいいじゃん」


 笑い合うその時間が、心地よかった。

 たぶん――“先輩と話したい”という気持ちだけで、今日の私は動いていた。


 でも、話してみて分かった。

 まだ知らないことが、たくさんある。

 それを知っていくたびに、きっとまた好きになってしまう。


 そんな予感がして、少しだけ胸が熱くなった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

今回は少し明るめの回でした。

“相手を知りたい”って気持ちが恋の始まりなんですよね。

野宮と水越、少しずつ距離が近づいています。


次回は、ふたりの会話からまた小さな「変化」が生まれます。

よければリアクション・ブクマで見届けてください。

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