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第7話 惹かれ合うけれど、距離感が難しい

 昼休み、デスクの向こうで野宮先輩の声が弾んでいた。


「岡島さん、これマジで当たるっすよ! “ラブタイプ診断”ってやつ」


 いつもよりテンションが高い。

 スマホを見せながら、子どものように笑っている。


「お前またそういうの見つけて……。どれどれ、“恋愛タイプ16分類”?」

「そうなんすよ! 俺、“自由人×ムードメーカータイプ”らしいっす。ほら、合ってません?」

「……まあ、確かに当たってる気がするな。お前、人のペース乱す天才だもんな」

「えっへへ……あれ? それ褒めてます?」


 喫煙所で見せる大人っぽい顔とは違う。

 今はまるで、学生みたいに屈託がない。

 ――その明るさが、少し眩しい。


 隣の席で資料を整理していた私は、つい耳を傾けていた。


(“自由人タイプ”……なんか、先輩らしい)


「岡島さんもやってみてくださいよ。意外と当たるって」

「俺はいいよ。だるいもん。そういうのやると、だいたい『面倒見がいいけど恋愛は鈍感』とか出るし」

「うわ、それめっちゃ当たってるじゃないですか!」

「やかましい」


 そんな軽口のやりとりに、周囲の空気が少しだけ柔らかくなる。


(……いいな、ああいう雰囲気)


 けれど同時に、胸の奥がちくりとした。

 “相性”とか“タイプ”とか――そういう言葉が、妙に引っかかってしまう。



 夜、帰宅してからついスマホを開いてしまった。

 検索欄に打ち込む。


「ラブタイプ診断」


 興味がなかった訳じゃない。

 なんなら占いとか診断とかは好きで、たまに中華街で占ってもらったりもするくらいだ。

 ただ、今回はあの時の野宮先輩の笑顔を思い出してしまっただけ。


 いくつか質問に答えていくと、診断結果が表示された。


『慎重で静かなサポートタイプ(ISFP)』


(……やっぱり、そんな感じか)


 真面目で、控えめで、無理をしがち。

 説明を読めば読むほど、“自分のまんま”で少し笑ってしまう。


 そのまま“相性”の項目を開く。


『自由人タイプとの相性:〇 惹かれ合うけれど、距離感が難しい』


 ――一瞬、心臓が跳ねた。


(惹かれ合う、か……)


 都合のいい結果に思えたけど、

 でも、目が離せなかった。


 画面を閉じても、野宮先輩の声が耳に残っていた。

 “これマジで当たるっすよ!”

 軽い調子なのに、なぜか印象に残る声。



 翌日。


「……あの、昨日の診断、私もやってみました」


 勇気を出してそう言うと、野宮先輩は一瞬固まった。


「え、マジ? 調べたんだ……」


 眉を下げて笑うけれど、目が少しだけ泳いでいる。

 どうやら、昨日の会話を聞かれてたことには気づいていたらしい。


「はい。ちょっと気になっちゃって」

「そうなんだ。いやー、まさか本当にやるとは……」


 苦笑いしながら後頭部を掻く。

 それが照れ隠しだと分かるくらいには、もう先輩の癖を知っていた。


「先輩、“自由人タイプ”だったんですよね?」

「そうなのよー。俺、そういうの信じてるわけじゃないんだけどね……やっぱちょっと当たってると面白いじゃん」


 少しだけ言葉を濁す。

 多分、“信じてない”って言いながら、本当はちょっと嬉しかったのだろう。


「水越さんは、なんだったの?」

「“慎重なサポートタイプ”でした」

「へぇ……なんか、っぽいね。すごく」

「そうですか?」

「うん。ちゃんとしてるし、優しいし」


 一瞬、空気が止まった。

 すぐに野宮先輩が冗談めかして笑う。


「まあでも、あれ当たってないとこも多いからさ! あんま気にしないでよ!」

「……はい」


 そう答えながらも、胸の奥がざわついた。

 “優しい”と言われたことよりも、そのあとの“気にしないで”が引っかかった。


(私が気にしてるの、当たってるとかじゃないのに)



 その日の午後。

 先輩の笑い声が少し遠くに聞こえる。

 昨日と同じように楽しそうなのに、今日は少しだけ胸が重い。


 ――惹かれ合うけど、距離感が難しい。


 占いの一文が、頭の片隅でずっと響いていた。


 スマホを開くと、診断ページの履歴がまだ残っていた。

「結果を共有しますか?」のボタンに指を伸ばしかけて、やめた。


 たぶん、押したら何かが変わる。

 でも、今はまだその勇気が出ない。


 画面を閉じながら、心の奥で小さく呟いた。


(……“相性〇”って、どういう意味なんだろう)



 その日の帰り道、エレベーターホールで偶然すれ違った。

 野宮先輩は缶コーヒーを片手に、少し眠そうな顔をしていた。


「あ、水越さん。おつかれ」

「おつかれさまです」


 目が合う。

 昨日よりも、少しだけ近い距離。

 でもそれでも、ほんの一歩ぶん、遠い。


「……あの診断、やっぱり当たってるかもね」


 思わず口にした言葉に、先輩はきょとんとした顔をしたあと――

 少し照れたように笑った。


「……そっか。じゃあ、そういうことにしとこっか」


 それだけ言って、缶コーヒーを片手に去っていく。

 その背中が、やけに遠く見えた。


(自由人タイプ、か……)


 胸の中に、あたたかさと少しの痛みが残る。


読んでくださってありがとうございます。

今回は“ラブタイプ診断”がテーマでした。

何気ない会話の中にも、少しだけ心が揺れる瞬間ってありますよね。


次回は、野宮先輩の視点で少しだけ物語が動きます。

よかったらまた読みに来てください。

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