第7話 惹かれ合うけれど、距離感が難しい
昼休み、デスクの向こうで野宮先輩の声が弾んでいた。
「岡島さん、これマジで当たるっすよ! “ラブタイプ診断”ってやつ」
いつもよりテンションが高い。
スマホを見せながら、子どものように笑っている。
「お前またそういうの見つけて……。どれどれ、“恋愛タイプ16分類”?」
「そうなんすよ! 俺、“自由人×ムードメーカータイプ”らしいっす。ほら、合ってません?」
「……まあ、確かに当たってる気がするな。お前、人のペース乱す天才だもんな」
「えっへへ……あれ? それ褒めてます?」
喫煙所で見せる大人っぽい顔とは違う。
今はまるで、学生みたいに屈託がない。
――その明るさが、少し眩しい。
隣の席で資料を整理していた私は、つい耳を傾けていた。
(“自由人タイプ”……なんか、先輩らしい)
「岡島さんもやってみてくださいよ。意外と当たるって」
「俺はいいよ。だるいもん。そういうのやると、だいたい『面倒見がいいけど恋愛は鈍感』とか出るし」
「うわ、それめっちゃ当たってるじゃないですか!」
「やかましい」
そんな軽口のやりとりに、周囲の空気が少しだけ柔らかくなる。
(……いいな、ああいう雰囲気)
けれど同時に、胸の奥がちくりとした。
“相性”とか“タイプ”とか――そういう言葉が、妙に引っかかってしまう。
◇
夜、帰宅してからついスマホを開いてしまった。
検索欄に打ち込む。
「ラブタイプ診断」
興味がなかった訳じゃない。
なんなら占いとか診断とかは好きで、たまに中華街で占ってもらったりもするくらいだ。
ただ、今回はあの時の野宮先輩の笑顔を思い出してしまっただけ。
いくつか質問に答えていくと、診断結果が表示された。
『慎重で静かなサポートタイプ(ISFP)』
(……やっぱり、そんな感じか)
真面目で、控えめで、無理をしがち。
説明を読めば読むほど、“自分のまんま”で少し笑ってしまう。
そのまま“相性”の項目を開く。
『自由人タイプとの相性:〇 惹かれ合うけれど、距離感が難しい』
――一瞬、心臓が跳ねた。
(惹かれ合う、か……)
都合のいい結果に思えたけど、
でも、目が離せなかった。
画面を閉じても、野宮先輩の声が耳に残っていた。
“これマジで当たるっすよ!”
軽い調子なのに、なぜか印象に残る声。
◇
翌日。
「……あの、昨日の診断、私もやってみました」
勇気を出してそう言うと、野宮先輩は一瞬固まった。
「え、マジ? 調べたんだ……」
眉を下げて笑うけれど、目が少しだけ泳いでいる。
どうやら、昨日の会話を聞かれてたことには気づいていたらしい。
「はい。ちょっと気になっちゃって」
「そうなんだ。いやー、まさか本当にやるとは……」
苦笑いしながら後頭部を掻く。
それが照れ隠しだと分かるくらいには、もう先輩の癖を知っていた。
「先輩、“自由人タイプ”だったんですよね?」
「そうなのよー。俺、そういうの信じてるわけじゃないんだけどね……やっぱちょっと当たってると面白いじゃん」
少しだけ言葉を濁す。
多分、“信じてない”って言いながら、本当はちょっと嬉しかったのだろう。
「水越さんは、なんだったの?」
「“慎重なサポートタイプ”でした」
「へぇ……なんか、っぽいね。すごく」
「そうですか?」
「うん。ちゃんとしてるし、優しいし」
一瞬、空気が止まった。
すぐに野宮先輩が冗談めかして笑う。
「まあでも、あれ当たってないとこも多いからさ! あんま気にしないでよ!」
「……はい」
そう答えながらも、胸の奥がざわついた。
“優しい”と言われたことよりも、そのあとの“気にしないで”が引っかかった。
(私が気にしてるの、当たってるとかじゃないのに)
◇
その日の午後。
先輩の笑い声が少し遠くに聞こえる。
昨日と同じように楽しそうなのに、今日は少しだけ胸が重い。
――惹かれ合うけど、距離感が難しい。
占いの一文が、頭の片隅でずっと響いていた。
スマホを開くと、診断ページの履歴がまだ残っていた。
「結果を共有しますか?」のボタンに指を伸ばしかけて、やめた。
たぶん、押したら何かが変わる。
でも、今はまだその勇気が出ない。
画面を閉じながら、心の奥で小さく呟いた。
(……“相性〇”って、どういう意味なんだろう)
◇
その日の帰り道、エレベーターホールで偶然すれ違った。
野宮先輩は缶コーヒーを片手に、少し眠そうな顔をしていた。
「あ、水越さん。おつかれ」
「おつかれさまです」
目が合う。
昨日よりも、少しだけ近い距離。
でもそれでも、ほんの一歩ぶん、遠い。
「……あの診断、やっぱり当たってるかもね」
思わず口にした言葉に、先輩はきょとんとした顔をしたあと――
少し照れたように笑った。
「……そっか。じゃあ、そういうことにしとこっか」
それだけ言って、缶コーヒーを片手に去っていく。
その背中が、やけに遠く見えた。
(自由人タイプ、か……)
胸の中に、あたたかさと少しの痛みが残る。
読んでくださってありがとうございます。
今回は“ラブタイプ診断”がテーマでした。
何気ない会話の中にも、少しだけ心が揺れる瞬間ってありますよね。
次回は、野宮先輩の視点で少しだけ物語が動きます。
よかったらまた読みに来てください。