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第4話 温かい手

評価いただきありがとうございます。

今回は古紙整理のお話です。二人のやりとりを楽しんでいただけたら嬉しいです。

 月曜の午後。

 書類の山を片付けていると、背後から声をかけられた。


「水越さん、ごめん。ちょっと頼んでいいかな」


 振り返ると、総務の作ノ内先輩が大きな段ボール箱を抱えて立っていた。

 眼鏡の奥でいつも穏やかに笑っている人だが、両腕に詰め込まれた書類の束がかなり重そうで、少し顔が引きつっている。


「これ、古紙回収に出さないといけなくて。二人くらいで持っていけると助かるんだけど……手伝ってもらえる?」


「はい、大丈夫です!」


 即答した瞬間――横からひょいと顔を出す人がいた。


「作ノ内さん、それ俺も手伝いますよー」


「野宮くん? あら、助かるわ。じゃあ水越さんと二人でお願いできる?」


 にこやかに段ボールを差し出す作ノ内先輩。

 私は慌てて姿勢を正し、横に立った野宮先輩に一瞬だけ視線を向ける。


「……じゃあ、水越さん。一緒にいこっか」


 気安い口調でそう言われて、思わず胸の奥が熱くなる。

 どうしてだろう。こういうちょっとしたときに隣に立たれると、心臓がやけに落ち着かなくなる。



 古紙回収の場所は、ビルの地下にあるストックヤード。

 私たちは二人で段ボールを抱え、エレベーターに乗り込んだ。


 重みで腕にじんと負荷がかかる。思った以上に詰まっていて、肩にまで響くようだ。


「大丈夫? 無理してない?」


 すぐ隣で野宮先輩が声をかけてくる。

 段ボール越しに、気遣う視線を感じて、私は慌てて首を振った。


「だ、大丈夫です。……思ったより重いですけど」


「だよねー。俺も持ってるけど、けっこうずっしりくるなあ」


 そう言いつつ、先輩は少し体をこちらに傾け、段ボールの下部を支えるように手を添えてきた。

 ふいに近づく距離。肩が触れそうになって、息が詰まる。


「……っ」


(近い……)


 狭いエレベーターの中で、ただでさえ距離がない。

 先輩の横顔がこんなにも近いと、どこを見ていいかわからなくなる。


 チン、と音がしてドアが開いた。

 私は慌てて視線を逸らしながら、先輩と一緒に荷物を運び出した。



 地下のストックヤードには、すでに他部署の人が何人かいて、古紙をまとめていた。

 ホチキスを外したり、バラけないように紐で縛ったり――単純だけれど意外と手間のかかる作業だ。


「じゃあ、これ俺が縛るから、水越さんはホチキス外してもらえる?」


「はい!」


 金属のカチリという音を響かせながら、私は一枚一枚、丁寧にホチキスを外していく。

 その横で、野宮先輩は器用に紙束をまとめて紐で縛っていた。

 指先の動きは思った以上にしっかりしていて、見ていると不思議と安心する。


「こういうの、慣れてますね」


「え、そう? 俺けっこう不器用だよ?」


「でも、すごくきれいにまとまってます」


「おお……それは初めて言われたかも」


 嬉しそうに笑う先輩につられて、私の口元も緩んでしまった。



 それからしばらく作業を続け、最後の書類束を運ぼうとしたとき。

 私の腕から紙が滑り落ちかけ、反射的に先輩と同時に手を伸ばした。


 重なったのは、紙ではなく互いの手。

 その瞬間、私は思わず目を見開いた。


「……あったかいですね、先輩の手」


 口に出したつもりはなかったのに、声が漏れていた。

 触れた掌から、じんわりと伝わる熱。冬でもないのに、不思議なほど温かい。


「っ……バレましたか」


 先輩は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから気恥ずかしそうに笑った。

 そして、ちょっとした秘密を打ち明けるように声を落とす。


「実は俺、いつも手だけ熱いんだよね。冬でも手袋いらないくらい。なんでだろうね、代謝がいいのかな」


「そうなんですか……」


「うん。だから手握られると、“カイロみたい”ってよく言われるよ」


 照れくさそうに肩をすくめる先輩。

 その仕草に、思わず胸の奥がくすぐったくなった。


(カイロみたい、か……)


 確かに。

 温かさが、ただ体温以上に、安心感まで伝えてくるような気がした。



「よし、終わったね」


 作業を片付け、ストックヤードを出るころには、二人とも額にうっすら汗をにじませていた。

 それでも不思議と心地よい疲れだ。


「助かったよ、水越さん。俺一人だったら倍かかってたなあ」


「そんなことないですよ。……私も手伝えてよかったです」


「ん、ありがと」


 エレベーターに乗り込むと、今度は静かな沈黙が流れた。

 隣に立つ先輩の存在がやけに近く感じられて、心臓の鼓動ばかりが大きくなる。


(……さっきの、なんで言っちゃったんだろう)


「温かいですね」なんて。

 あれじゃ、まるで――。


「ん?」


 先輩が覗き込むようにこちらを見てきて、慌てて顔をそらした。


「い、いえ! なんでもないです!」


 耳まで熱くなっている気がして、視線を床に落としたまま。

 エレベーターの数字がやけにゆっくり変わっていくのを、じっと見つめていた。



 フロアに戻ると、作ノ内先輩がこちらに気づいて声をかけてきた。


「二人ともありがとう。ずいぶん早かったね」


「いえいえ、水越さんがテキパキしてくれたんで助かりました」


「そうそう、野宮くん一人じゃ怪しかったからね」


「ひどいなあ」


 軽口を交わす二人を横目に、私は胸の奥を手で押さえた。

 鼓動がまだ落ち着かない。


 机に戻ると、引き出しを開けて仕事の続きを始めた。

 でも、ペンを握る手が少し震えている。


(……温かかったな、先輩の手)


 ただそれだけのことなのに。

 まるで秘密をひとつ共有したみたいで、胸の中にじんわりと残っていた。



 定時を過ぎ、片付けをしていたとき。

 ふと隣から、小さく包みを差し出された。


「はい。今日のお疲れさまチョコ」


「えっ……」


 受け取ったのは、小さな袋に入った一口チョコレート。

 またいつものように、先輩が買っておいてくれたらしい。


「……ありがとうございます」


「うん。あ、溶けてなかった? 俺、手が温かいからポケットに入れてると、たまにチョコがやばいんだよね」


「ふふっ……大丈夫でした」


 笑って返しながら、胸の奥がまた熱くなる。

 ほんの数時間前に触れた、その温かさを思い出してしまって。


(……どうしよう)


 ただ「優しい先輩」だと思っていたはずなのに。

 その温かさに触れるたび、私の中の気持ちは少しずつ形を変えていく。


 机に置いたチョコを見つめながら、私は小さく呟いた。


「ほんと……しょうがない人だなあ」


 誰にも聞こえない声で。

 でも、その言葉の奥には、少しずつ膨らみ始めた想いが確かに滲んでいた。

最後までありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたら、感想や評価をいただけると励みになります。

次回もよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
背景が丁寧でリアリティがあります。 とても穏やかに進んでいく感情描写が、盛り上がるというより二人の関係を優しく見守りたいと思わせてくれました。 読み手を優しい気持ちにさせてくれる作品ですね。
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