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第2話 しょうがない距離感

 お昼休み。

 私は休憩スペースの隅でお弁当を広げていた。同期と食べる日もたまにはあるけれど、基本的には一人で過ごすことが多い。

 にぎやかに過ごすのも楽しいけれど、食べることに集中できないし、気を使って笑っているとあっという間に休憩時間が終わってしまう。だから、静かにお弁当と向き合う時間の方が、私には合っていた。


 今日もそんなふうにして、ひとりで箸を進めていたところで――。


「……あ、水越さん。ひとり?」


 顔を上げると、野宮先輩がコンビニの袋をぶら下げて立っていた。

 いつものように、どこか申し訳なさそうに笑っている。


「え、はい。同期とタイミング合わなくて」

「あー、そっか。……じゃあ俺、ここ座ってもいい?」

「……いいですよ」


 断れるはずもなく、先輩は私の向かいに腰を下ろした。


 コンビニ弁当のフタを外しながら、先輩はぽつりと呟く。


「さっきはありがとね。助かったよ」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


 午前中の会議で資料の体裁を直し忘れ、別部署の先輩に指摘されたらしい。結局、元々あった作業の三分の一ほどを私が引き受けた。


「いやー、ほんとダメだよね俺。迷惑かけないように午後は頑張るね」

「……ダメって、それ、自分で言っちゃうんですか」

「うん。まあ事実だしね」


 たはは、と困ったように笑う上司。

 普通なら呆れそうなところなのに、なぜか私は口元が緩んでしまう。


(……ずるいなあ、この人)


 自分の失敗を笑って話せるところ。

 少なくとも、私にはまだできないことだ。



 そんな会話をしていたら、通りかかった別の先輩が声をかけてきた。


「あれ、野宮くん。後輩と一緒なの?」

「作ノ内さん! そうなんですよ、俺の後輩の水越です」


 さらっと紹介されて、思わず姿勢を正す。


「ふーん、仲良さそうだねえ」

「い、いやそんな! 俺が迷惑かけてばっかで!」


 慌てふためく野宮先輩。

 ……だけど、その「迷惑かけてばっか」という言葉に、胸の奥がちくりとした。


(……別に、迷惑なんて思ってないのに)


 助けてもらうことだって少なくない。

 なのに、自分だけが気づいていないみたいに言われると、少し寂しくなる。


 しかもその直後、彼は私の弁当を覗き込んで――。


「お、卵焼きだ。水越さん、甘い派? しょっぱい派?」

「えっ……あ、甘い派ですけど」

「やっぱり! コーヒーも甘いの好きだったもんね」


 ずい、とテーブル越しに顔を近づけられて、思わずのけぞってしまう。

 近い。距離感がおかしい。

 その無邪気さに、心臓の鼓動が一瞬だけ跳ねた。


(……ほんと、距離感がしょうがない)


 他の人にされたら間違いなく居心地が悪いはずなのに、不思議と嫌じゃない。

 むしろ、少しだけ――ほんの少しだけど、温かい。



 午後。


 私は小さなミスをしてしまった。入力漏れでチェックリストに抜けが出ていたのだ。


「あっ……やば……」


 青ざめた私よりも早く気づいたのは、野宮先輩だった。


「水越さん、どうかした?」

「いや……えっと……」

「あーこれ俺の確認不足だったかも、直しとくよ!」

「えっ……でも、それ私の――」

「いやいや! 俺がもっとちゃんと見てれば防げたよね。ごめんね!」


 慌ててそう言い切って、あっという間にフォローしてしまう。


 その姿に、正直ちょっとだけ複雑な気持ちになった。


(……私のミスなのに。自分で責任取れるようにならなきゃいけないのに)


 でも同時に、救われてもいた。

 新人のミスを即座にかばってくれる上司なんて、そうそういないはずだ。


「ほんと、しょうがない人だな……」


 声に出さず呟いた言葉は、自分の耳にだけ届いた。

 困らされることもあるけど、守られていることのほうが多い――それだけは確かだ。



 定時が近づいたころ。


「水越さん、さっきの件ほんとごめんね。俺がフォロー下手だから逆に変な感じになっちゃったよね」

「……そんなことないです。ありがとうございます」

「いやいや! 俺がありがとうだよ。あ、これ今日の新作ね。甘いの食べて元気出して」


 差し出されたのは、またもやチョコ。やっぱりこの人、毎日コンビニのお菓子コーナーを覗いているのだろうか。


「……ほんとに、しょうがないですね」


 そう返すと、先輩はきょとんとした顔で首を傾げた。


 ――その無防備な表情が、どうしようもなく胸に残って。

 家に帰ってからもしばらく消えなかった。


 机の上に置いたチョコを見つめていると、自然と口元が緩んでしまう。


(……やっぱり、ちょっと好きかも)


 まだ「恋」だなんて言えない。

 ただ、「しょうがない人だな」と思うたびに――その気持ちが少しずつ色を変えていくのを、私は確かに感じていた。

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