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第12話 展示会と誤解とチョコモナカ

展示会回です!

水越と野宮先輩が初めて“仕事のペア”としてがっつり動きます。

ミスとフォロー、そして……ちょっとだけ恋の気配。

 夏祭りの夜から、まだ数日しか経っていない。

 花火の残り香みたいに、胸のどこかであの光がまだ瞬いている――

 けれど、現実は容赦なく私を引き戻した。


「来週の展示会、俺と水越さんで資料担当ね」


 朝のミーティングで、野宮先輩がそう言われた。

 思わず顔を上げる。

 展示会。新人の私には、初めて“外の世界”に出る大きな舞台。


「……はい。よろしくお願いします」


「うん。俺も段取りは全部見るから」


 柔らかく笑ったその顔は、普段のゆるい先輩とは少し違って見えた。

 ――このときの私は、ただ素直に“頼もしい”と思っていた。



 展示会の準備は、想像よりずっと殺伐としていた。

 資料、在庫リスト、配布用デザイン、説明ボード。

 一つでもミスすれば、会社全体の信用に関わる。


「ここのフォント、もう少し太めにしますか?」


「たしかに。……助かる。印刷出す前に一回俺がチェック入れるね」


「了解です」


 肩を並べてパソコンを覗き込む。

 タイピング音が重なって、小さな静けさの中にリズムが生まれる。

 その時間が、なんだか心地よかった。



 展示会二日前。

 最終チェックを終えた私は、修正版のデータを共有フォルダにアップ。

 何度も見直したし、完璧だと思っていた。


「これで明日、印刷出せますね」


「おっけー、助かる。ほんと頼りになるな、水越さん」


 その言葉に少し胸が熱くなった。

 ――その時までは、何も疑っていなかった。



 翌日の昼過ぎ。

 別部署の担当から一本の電話が鳴った。


『このグラフ、前回のデータのままじゃないですか?』


「……え?」


 血の気が一気に引いた。

 開いたファイルの中、確かに――古いグラフ。

 昨日、修正したはずの箇所だった。


 喉の奥がひゅっと細くなる。

 どうしよう、やばい、やばい――

 頭が真っ白になったそのとき、背後から声がした。


「水越さん、どうした?」


「せ、先輩……昨日の資料、修正版が……」


 一瞬で察したらしく、野宮先輩の表情が引き締まった。

 すぐに私の代わりに電話を取り、頭を下げる。


「すみません、俺の確認ミスです。最新版すぐ差し替えます」


 本当は、提出したのは私。

 でも先輩は、一切責めずに庇った。

 その背中が、いつもよりずっと大きく見えた。


「焦ってた俺も悪かった。昨日もう一回見るつもりだったんだけど、抜けてた」


「いえ、私がちゃんと確認しなくて……」


「ううん、チームでやってることだし、どっちが悪いとかじゃないよ」


 静かな声が、不思議とあたたかかった。

 “責めない”という優しさが、胸の奥に痛いほど響く。



 夜。

 展示会前日のオフィスに、私と先輩の二人だけ。

 蛍光灯の白がぼんやりと机に落ちて、モニターの光が瞳に映る。


「……これで全部直ったと思う。確認お願い」


「はい。……うん、大丈夫そうです」


「助かった。俺ひとりだったら間に合ってなかった」


「そんな、先輩が早かったですよ」


「いや、テンパってただけ。……でも、水越さんが落ち着いてて救われた」


 不意に笑った横顔が、昼より少し大人びて見えた。

 頼りないようでいて、本当は誰よりも責任感が強い。

 そんな人だから――あのとき庇ってくれたのかもしれない。


「怒らないんですね、先輩。私だったら焦って声上げちゃうかも」


「怒ってもデータ直らないし。……それに」


 少し照れたように目を逸らす。


「俺、水越さんに怒れないし」


「……え、なんですかそれ」


「いや、怒ったら泣かれそうで」


「泣きません!」


 思わず声が裏返る。

 先輩は笑って、缶コーヒーを口に運んだ。


「だよね。水越さん強いもん」


 “強い”――その言葉に、なぜか胸が詰まった。



 夜十時過ぎ。

 仕事を終えて、二人で会社を出る。

 外の空気が思ったより涼しくて、夏の終わりを感じた。


「これで明日は早く帰れるな」


「展示会、うまくいくといいですね」


「うん。俺、水越さんとなら大丈夫な気がする」


 あまりにも自然に言われて、返事が遅れた。

 “信頼”ってこんなに温かい言葉だったんだ。


「……ありがとうございます」


「こちらこそ」


 少しだけ笑い合って、並んで歩く。

 夜風の中、ふと心が軽くなる。


(――この人と、もっと一緒にいたい)


 その気持ちはまだ、言葉にならない。



 展示会当日。

 朝のビルはいつもよりざわついていた。

 段ボールの音、書類の擦れる音。緊張が空気に満ちている。


「展示会って、こんなに準備あるんですね……」

「うん。俺も最初のときは焦りまくったよ」


 野宮先輩の笑顔が、ほんの少し柔らかい。

 その笑顔だけで、不思議と落ち着けた。



 会場入りした瞬間、空気が一変した。

 明るい照明、アナウンス、香るコーヒー。

 人の波に飲まれて、胸が高鳴る。


「水越さん、こっちはお願い」

「はい。接客サンプルですね」

「うん、俺は営業部と搬入チェックしてくる」


 離れていく背中を見送りながら、そっと息を整える。

 緊張と期待と、少しの寂しさ。



 昼過ぎ。

 野宮先輩が戻ってきた。

 隣にはスーツの女性――営業の大原さん。

 落ち着いた声で的確に話すその人と、先輩の距離がやけに近く感じた。


(……お似合いかも)


 そんなことを考えてしまった自分に、驚く。

 胸の奥が、少しだけ苦しかった。



 午後。

 遠くから、少し強い口調の声がした。


「――だからさ、そこはちゃんと確認してよ」


 野宮先輩の声。

 思わず視線を向けると、大原さんと話している。

 表情が硬い。胸がざわつく。


(怒ってる? ……私のせい?)


 不安で足が動かない。

 けれど数分後、戻ってきた先輩は何事もなかったように笑った。


「さっきのサンプル、完璧だった。大原さんも褒めてたよ」


「え……怒ってたんじゃ?」


「あー、違う違う。機材のデータ俺が勘違いしてた」


「……焦りました」


「ごめん。声でかかったかも。俺、水越さんには怒んないから」


 ――また、その言葉。

 照れくさいのに、嬉しくて、心が少し痛い。



 夕方。

 展示会が終わるころ、外の風がやけに優しく感じた。


「お疲れ、水越さん。初展示会どうだった?」

「緊張したけど……楽しかったです」

「俺も。頑張ってるの見て、なんか安心した」


「……あの、大原さんとは、仲いいんですか?」

「え? あー、部署でよく一緒になるけど、普通の同僚だよ」


「……そうですか」

「なんか気になった?」

「べ、別に!」


 耳が熱い。視線を逸らすと、先輩が笑って袋を掲げた。


「頑張ったご褒美。アイス買ってきた」

「えっ」

「選んでいいよ。俺はスイカバー」

「じゃあ……チョコモナカで」


 ふたりで歩きながら、アイスをかじる。

 冷たさと甘さが、少しずつ胸を落ち着かせていく。


「なんか今日、夏終わりって感じしますね」

「うん。でも、悪くない終わり方だった」


 夕焼けに染まる横顔を見て、そっと思った。

(やっぱり――この人が好きだ)


 そう確信した瞬間、世界が少し柔らかく見えた。

ここまで読んでくださりありがとうございます!


夏祭りのあと、仕事のペアとして距離が近づく二人の話でした。

野宮先輩の“怒れない”って言葉、どう感じましたか?


次回は少しだけ空気が変わります。

仕事の後に訪れる、ほんの小さな「休日」の予感をお楽しみに。


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