第11話 夏の終わり、好きが少しだけ顔を出した
タイトルが迷走してます…
活動報告にも上げましたのでよろしければどちらがいいか教えていただければと思います
昼休み。
オフィスのドアが勢いよく開いて、野宮先輩がテンション高めに帰ってきた。
「ただいまー。いやー、外すげぇ賑やかだったわ」
片手に紙袋をぶら下げている。袋の底から、ソースの香りがふわっと漂ってきた。
「じゃーん、焼きそばと、たこ焼き! 駅前で祭りやってたから、つい買っちゃった」
机に置いた瞬間、香ばしい匂いが一気に広がる。
視線が自然と引き寄せられて、思わず声が出た。
「え、それ……どうしたんですか?」
「昼前に銀行行ったら、駅前の広場でなんかやっててさ。屋台の匂いにつられた」
少し照れたように笑って、箸を割る。
仕事中の“先輩”ではなく、どこか子どもみたいに見えて、思わず頬が緩んだ。
「お祭りですか?」
「うん。太鼓叩いてて、めっちゃにぎやかだった。昼間なのに浴衣の人もいたよ」
「へぇ……いいですね」
その言葉を口にしたとき、心の奥がほんの少しだけ弾んだ。
最後に夏祭りに行ったのなんて、いつだっただろう。
「水越さんも行ってきたら? 会社帰りにちょっと寄ってみるとか」
「え、ひとりでですか?」
「え? ……あー、そっか」
気まずそうに頭をかく先輩が、少し面白かった。
その仕草があまりに自然で、つい笑ってしまう。
「先輩は、行かないんですか?」
「うーん、どうだろ。人多そうだしなぁ。でも、焼きそばもう一回食べたいかも」
「……食べ物目当てなんですね」
「いや、基本そういうもんでしょ。祭りって」
ゆるい会話のやり取り。
その空気が妙に心地よくて、午後の仕事も少しだけ軽やかに感じた。
◇
夕方。
会社を出ると、外はむわっとした熱気に包まれていた。
アスファルトがまだ昼の熱を残していて、空はほんのり茜色に染まっている。
そのとき――遠くから、太鼓の音が聞こえた。
「……あ、これ、昼に言ってたお祭りかも」
つぶやくと、横を歩いていた野宮先輩が顔を向ける。
「行ってみる?」
「え?」
「せっかくだし。明日休みだしね」
軽い調子で言うその声に、胸の奥がふっと温かくなる。
「……行ってみたいです」
「よし、決まり」
先輩が笑って歩き出す。
その金髪が夕日に照らされて、提灯の灯りみたいに見えた。
◇
駅前の広場は、昼よりもさらに賑やかになっていた。
屋台の光がいくつも並び、浴衣姿の人たちが行き交う。
焼きそば、金魚すくい、かき氷――夏の匂いがいっせいに押し寄せてくる。
「うわ、すげぇ……本格的だ」
「ほんとですね。思ってたより大きい」
人の波に押されながら、二人で歩く。
金魚すくいの前で小さな子どもが笑っていて、その声が風に混じって響いた。
「先輩、さっきも焼きそば食べてませんでした?」
「うん。でもあれは昼。今は夜。別腹」
「それ、別腹って言わないです」
「いや、夜の祭りの焼きそばは別物だから」
そんな理屈を言いながら、先輩は早速屋台の列に並ぶ。
その後ろ姿を見て、なんだか可笑しくなった。
受け取った焼きそばを手に、屋台の端のベンチで並んで座る。
ソースの香りと、どこか懐かしい音楽。
「こういうの、久しぶりかも」
「祭りですか?」
「うん。なんか、学生のとき以来な気がする」
「私もです。地元ではよく行ってたんですけど」
「他になに食べたい? せっかくだし、なんか他にも買って帰ろうか」
「……じゃあ、焼きとうもろこしがいいです」
「渋いな。通だな、水越さん」
「先輩は?」
「俺? うーん……あ、りんご飴」
「かわいいですね」
「また言った!」
「言ってません」
笑いながらりんご飴を受け取る先輩の手が、屋台の灯で赤く染まる。
その色が、少しだけ心に焼きついた。
ふと顔を上げると、空には花火が一発、上がった。
夏の夜に、淡い光が咲く。
その瞬間、横にいる野宮先輩が少し目を細めた。
光に照らされた横顔が、少しだけ綺麗に見えた。
「……やっぱ、夏っていいね」
「はい」
返事をしながら、自分でも驚くくらい素直な声が出た。
そのまま会話が止まっても、不思議と気まずくはなかった。
◇
「そういえば、水越さんって地元どこだっけ?」
「静岡です。海のほう」
「いいなー。海近いの羨ましい」
「でも、夏は日焼けがすごくて……真っ黒になりますよ」
「俺、絶対似合わないな、それ」
そう言って笑う先輩に、つい笑い返してしまう。
屋台の光がその髪を照らして、金色がほんのり赤く染まっていた。
少し離れた場所で、浴衣姿のカップルが写真を撮っていた。
その光景を横目で見て、なんとなく胸がくすぐったくなる。
(……なんか、デートみたいだな)
そんなことを思ってしまった自分に、慌てて視線を逸らす。
でもその拍子に、スマホを取り出してしまっていた。
「どうしたの?」
「い、いえ……なんでもないです」
こっそり反射ガラス越しに、ふたりが並んでいる姿を撮る。
屋台の明かりの中、先輩が焼きそばの容器を持って笑っていた。
(……やっぱり、ずるいな)
保存ボタンを押した指先が、少しだけ震えた。
ほんの数時間前までは、ただの昼の雑談だったのに。
今はもう、“特別”みたいに思えてしまう。
◇
「そろそろ帰ろっか」
花火が終わり、屋台の明かりがひとつずつ消えていく。
人の流れがゆっくりと駅のほうへ向かっていた。
帰り道。
駅までの道を歩きながら、先輩がふと呟いた。
「なんか、こういうのデートみたいだね」
心臓が一瞬止まる。
「っ、……ちょ、ちょっと先輩!」
「いや、違う違う、冗談。ほら、“仕事仲間デート”」
「そんなのありませんよ!」
慌てて言い返すと、先輩が笑う。
でも、その笑い方がいつもより少し優しくて、目を逸らせなかった。
「でも。楽しかったです」
「俺も。なんか、夏終わるって感じだな」
歩きながら、先輩がぽつりと言った。
その言葉に、少しだけ胸が締めつけられる。
「でも、まだ終わってほしくないですね」
「うん……もうちょっとだけ、夏でいてほしい」
ふたりの声が夜風に混じって消えていく。
駅前の灯りが遠くに見えて、そこまでの道がやけに短く感じた。
気づけば、肩が少しだけ触れていた。
でも、どちらも離れなかった。
夜風が少し冷たくて、けれど、その距離だけは温かかった。
(――もう少しだけ、このままでいい)
そう思った瞬間、頭の中に残ったのは、さっきの花火の残光。
胸の奥で、ゆっくりと小さな音を立てて、夏が終わっていく。
今回も読んでくださってありがとうございます。
夏祭り回、いかがでしたか?
次回は少し大きな仕事が舞い込んで、ふたりの関係がまた一歩進みます。
また、活動報告にも上げましたが、よければ感想で「どんなタイトルが合いそうか」も教えてもらえると嬉しいです!
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