朝日
わたしは、陽の光の元を歩いたことがありません。
わたしは生まれてから常に日陰の人でした。
宰相が使用人に手をつけて生まれた、婚外児や私生児と呼ばれるのがわたしです。
わたしを宰相の娘と認識している人の方が少なく、娘の存在自体あまり知られてはいません。
わたしにとって幸だったのは、幼い頃から巫女だったことです。
巫女は、宰相よりも発言権が上にあります。
巫女であったおかげで、父もその妻もわたしを殺せなくなりました。
そのおかげで今も生きています。
『もしもただの私生児であった場合、わたしは五歳を迎える前に死んでいたことでしょう。』
招光帝国は『光が、希望の光、』陽の光がないところです。
巫女になったのはまだ物心がつくよりも前でした。
そして同時に元々一応はあったらしい名前を取り上げられたので、わたしはわたしの本名を知りません。
先代からずっと朝日と呼ばれていました。
先代はむっつりと押し黙り、ほとんど喋らない人でした。
けれど、わたしのことはよく可愛がってくれました。
『いつまでも一緒にいられないとわかっていたからこその優しさだったのかもしれません。
厳しく、愛情深く、わたしの母親と言える存在です。』
先代から舞踊を学び、先代がいなくなってからはずっと一人で光の巫女として暮らしていたわたしの元に、お茶会の招待状がやってきました。




