おとうさま(さあや)
「姉さんたち、大丈夫かな…」
私は一人書架に埋もれて過ごしていた。
光花禰宜はこの時間だと多分料理室にいる。
私が読んでいたのは、妖怪三神の書いた歴史書だった。
あのあと雪姫がやってきて多分あなたには役に立つからと渡してきたのだ。
「…神はもともといなかった、外からやってきた存在」
この土地はもともと外の世界の島だったと書かれていた。
最も、ここに書かれていることを信じるかどうかは微妙なところだった。
『なにせいきなり神だの妖怪だの言われても信じられず、この本ですら私たちを騙そうとするものかと疑ったのだ。』
「んー、どうしよう…」
正直父には伝えるべきとは思うが、あまり会いたくない上に変人扱いされて終わりになってしまう。
何より…
「宰相様、怖い…」
鋭い眼光や威厳は宰相として必要なものだが、親族に対しても発揮されてすごく怖いのだ。
光花禰宜に、私の姪かと聞いたことは未だない。
光花禰宜がいなくなると、この巫女殿が回らないからだ。
以前は問題なかったはずなのに、光花禰宜がきてからいなくなってほしくないと思うようになった。
『例えば食事。
「巫女様、寄せ箸はおやめください」
「巫女様、好き嫌いせずお召し上がりください」
「巫女様、食事をお取りください」
いつも隣で口うるさく言われ続けた。
鬱陶しいとは思いつつ、食事中に誰かがそばにいるということが初めてだった。
先代は一人で食べたい主義だったが、損をしていたと思う。
こんなにも暖かく安心することを知らなかったなんて。
一度、他の禰宜に頼んだことがあった。
なんの時かは忘れたが、光花禰宜がいなかったので、食事を運んできた禰宜に頼んだのだ。
すると、聞いたこちらが申し訳なるほど青ざめて断られた。
「巫女様とご一緒するなど畏れ多いことです」
とのことだった。
私は身分差なんてこと気にしなかった。
気にしたこともなかった。
けれど断られてしまって、一人で食べなければならなくなった。
物音すらしない部屋で一人食べるのは味気なく、ひどく寂しかった。
他にも例をあげればキリがない。
光花禰宜だけが、私を子供として扱った。
光花禰宜だけが、私に遠慮せずに間違いは間違いと言ってくれた。
だから、私にとって光花禰宜はかけがえのない存在だった。』
「巫女様、お食事です」
光花禰宜に呼ばれて、本を置いて慌てて向かう。
「光花禰宜、宰相様にご予定を聞いておいて。お会いしたい用事ができた」
食べ始める前に連絡事項を伝えてからいただく。
「…宰相様にですか。承知致しました」
光花禰宜の顔に喜色が浮かんだのは、見なかったことにする。
宰相からの返事は素っ気なかった。
『お前なんかと会っている時間はないから何か言いたいのなら書面でしろ』
ということが簡潔に書かれただけの紙が光花禰宜伝いでやってきただけだった。
「…」
父親としてあまりに冷たい対応に本気で向き合うのが馬鹿らしく思えた。
けれど伝えないわけにもいかないと思い直し、限界体制を敷いてくれと要求した。
巫女の言葉が軽んじられるわけがないと思って。
けれど現実は残酷だった。
春が終わっても何も変化はなく、それどころか返事すらないままだった。
「巫女様、宰相様はきっと巫女様のために行動なさっていますよ」
光花禰宜はそう言っていたが、私にはそんなことはないとわかっていた。
『本を借りるために国王殿に行った時、宰相殿を通りかかったことがあった。
そこでは光花禰宜と父がいて、楽しそうに笑っていた。
光花禰宜からすれば父は祖父に当たるので、笑い合っていても何ら不思議ではない。
けれど私が悲しかったのは、父が笑っていたことだ。
私がなにを言おうといらない、時間の無駄だと言われたのに、光花禰宜は楽しそうだった。
今でもほとんど会ったことはない。
巫女になった時と、光花禰宜が禰宜になったときに挨拶に行ったぐらいだ。』
「姉さん…」
鏡は光らない。
姉さんたちはどうしているかな。
たまき姉さんは、無事かな。
ふと、遠くにまだら模様の烏を見つけた。
首に寒国の紋章を吊るしていて、それがくすんでいた。
私にはその烏が、ひどく不吉に見えた。




