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継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」
第一章

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 翌日からアンナは離れにやってくるテッドの前で、のんびりと読書を始めた。


「アンナは、僕に勉強をさせたいの?」

「どうしてそう思うの?」

「急に僕の課題と同じものが、この部屋に置かれていたから」


 まあ警戒するのも当然だろうなとアンナは内心苦笑いをした。ここで無理矢理勉強を押し付けられてしまっては、この子どもの逃げ場がなくなってしまう。少なくとも屋敷での食事が嫌になってしまう今の状況は、大変よろしくない。勉強のストレスなどから食欲を失くしてしまっている可能性があるのだ。同じことがこの離れの中で起きることだけは避けなくてならないのだから。アンナは小さく首を振った。


「この本は『暇つぶし』としていただいたものなのよ。私は、必要最低限の物しか持ってきていないから、気の毒だと思われたのでしょうね」

「アンちゃんはこの離れに何を持ってきたの?」

「着替えと日持ちする乾物くらいかしら」

「乾物? アンちゃん、乾物ってなあに?」


 目をぱちくりと瞬かせるテッドに、アンナはくすくすと笑いながら食糧庫から乾物を引っ張り出してきた。御用聞きの商人が頻繁にやってくる侯爵家では、日持ちする乾物など必要がないのかもしれない。果物であればいざしらず、野菜やきのこ類まで乾燥させて持ち歩いていた理由が理解できないのだろう。ああ、海苔が恋しい。お米はこの世界にもあるのだろうか。


「太陽の力でからからにしたものはね、長持ちするし、栄養も増えるのよ」

「栄養があるものは大事だって、父さまも同じことを言っていたよ」


 前世の記憶に寄れば、天日干しすることでビタミンがどうたらこうたらという話があったような気がする。テッドの周囲の発言とうまくかみ合ったようで、アンナはほっと胸を撫でおろした。まあ、アンナが乾物をこの屋敷に持ち込んだ理由は、屋敷の奥に軟禁された挙句、ろくな食料ももらえないまま飢え死にするかもしれないという最悪な状況をさけるためのものだったのだが。そんなことをこの幼子に伝える必要はないだろう。


「テッドは、この本を読んだことがあるのね。じゃあもしよかったら、私のわからないところを教えてくれないかしら?」

「え、今から指定する場所を暗記して読み上げなさいじゃなくって?」

「まあ、暗記の大切さも否定はしないけれど。私も知らないことだらけだから、先生にはなれないのよ? それにね、自分が理解しているかどうかは他のひとに教えてあげられるかどうかで確かめることができるの」


 アンナの言葉に、テッドは目を見開いた。屋敷の家庭教師たちのようにアンナにがみがみ嫌味を言われると思っていたのだろう。それが逆に勉強を教えてほしいと言われたことで驚いてしまったようだった。


「アンナは、僕に勉強を教わりたいの?」

「ええ。テッドが嫌でなければの話だけれど」

「あのね、アンナは知らないかもしれないけれど。僕って落ちこぼれなんだ。家庭教師の先生たちが言っていたよ。こんなに呑み込みが悪い子どもは初めてだって。だから、僕には無理。できないよ」


 アンナは舌打ちしたくなるのを懸命にこらえて、できる限り優しく聞こえるように言葉をつむいだ。どんな素晴らしい功績があるのかは知らないが、自分の教え下手を子どものせいにするような大人はろくなものではないのだ。


「わからないことがたくさんあるということは、伸びしろもたっぷりあるということなのよ。私は勉強をすることで賢くなる。あなたは私に教えることで復習になる。一石二鳥でしょう?」

「自分から勉強をしたがるなんて、アンナは変わっているんだね」

「大人になると、意外と勉強が好きになるものなのよ。何せ、今自分がしている勉強が何の役に立つのかを理解しているのだから。そもそも裕福な家門でなければ、勉強するのも一苦労なの。人間というのは、ダメと言われるとやりたくなる生き物なの。私には勉強する機会が設けられなかったから、余計に勉強してみたいと思ってしまうのかもしれないわね」


 異母妹とは異なり、ろくに勉強をする機会がなかったアンナにとってもこれは絶好の機会だった。大人になってから学びの場を得られるなんて、自分はなんと運が良いのだろう。知識というものは、身を守る盾のみならずいざという時に相手を攻撃する剣にもなりうるのだから。アンナの言葉に、なんとも言えない表情でテッドは目を白黒させている。


 一方その頃マシューおじさんはといえば、アンナとテッドのやり取りなどには目もくれず、ぽりぽりと野菜に夢中になっていた。マーモットにしてみれば、小難しくておいしくもない本の山にやら勉強の話など興味もわかないだろう。かじられないだけ、マシだと思うしかない。そんなマシューおじさんが突然、走り出した。運悪く、部屋の扉は開いている。


「あああ、僕、ドアを閉めるのを忘れちゃってたみたい」

「ごめんなさい、私もうっかりしていたわ」

「ちょっと、マシューおじさん、待ってよ」

「本当に待ちなさい、って、嘘でしょう!」


 ずんずんと進んでいくマーモットを追いかけていくうちに、アンナは存在さえ知らなった小部屋に辿りついてしまった。なぜか今日に限って開いていた扉の隙間から部屋に入り込むマーモット。でっぷりとした体格に似合わず俊敏な動きに翻弄されつつ、アンナたちも続いて部屋に入り込む。カーテンが閉じられた部屋の中には、年季が入ったピアノが一台ぽつんと置かれていた。

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