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継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」
第一章

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「私の名前は、アンナ。アンでも、アンナでも、アンナさんでも、好きに呼んでくれて構わないわ。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

「僕の名前は、……テッド」

「よろしくね、テッド。ちなみにこの子の名前はなんて言うの?」


 すると急にテッドは困ったような顔になった。


「マシュー……あの、マーモットのマシューおじさん……」

「ねずみかと思ったから、驚いたわ。マーモットなのね。ええと、マシューではなく、マシューおじさんなの?」

「うん。やっぱり、変だって思っている?」

「いいえ。妙にしっくりきて不思議なくらい」

「この子、僕の友だちなんだ。ちゃんとお風呂にも入っているから綺麗なの。だから追い出さないで!」

「わかっているわ、テッド。せっかくだから、手を洗ってきてちょうだい。食糧庫なんかではなく、食卓で一緒に並んで食事にしましょう。マシューおじさんも、野菜スティックをたくさん出すから安心してちょうだいね」


 アンナの提案に、テッドと名乗った子どもは小さくうなずいた。ジムは確かに「小さな客人」、「彼ら」と言っていたのだ。あの口ぶりからすると彼がテッドのことだけでなく、マシューおじさんのことも把握していたのは間違いないだろう。


 今までひとの住んでいなかった離れなのだから、テッドが隠れ家にするのはおかしくはない。けれどなぜ離れの食糧庫でこっそりと食べ物を食べる必要があるのか。その辺りだけが、アンナは腑に落ちなかった。とはいえ、いきなり踏み込んでみたところで答えは得られないだろう。アンナはテッドが不審がっていることに気が付きながら、素知らぬ振りをして彼を受け入れた。


「テッド、そこの塩をとってちょうだい。砂糖と塩、ラベルを見てから渡してね」

「えーと、これだね」

「ありがとう。胡椒もついでにもらえるかしら?」

「うん、わかった。これ、僕がお鍋に入れてみてもいい?」

「もちろんよ」


 文字も読めるし、料理に使う香辛料もわかっている。楽しそうに料理の手伝いをしているテッドだ、アンナが準備していたオムレツと牛乳たっぷりの紅茶を見ると顔を曇らせた。


「見て見て。このオムレツ、自信作なの。テッドもオムレツでいいかしら? 飲み物も同じもので大丈夫?」

「……ええと、あの、その」


 何かを言いたいけれど言えない。それはアンナにも、前世の春香にも経験のある感情だ。ゆっくりと自分の気持ちが言えるように気を付けて促してみる。相手にわがままを押し付け、無理難題を言うことと、自分の好みを伝えることは違うのだから。無理をして吐きそうになりながらごはんを食べる必要なんてない。


「あら、目玉焼きの方がよかった? それともゆで卵? もしかして卵はいらないのかしら? ミルクティーが苦手ならストレートの紅茶にしましょうか?」

「……僕がどうするか、選んでいいの?」

「違うもので栄養が摂れるのだし、嫌いなものを嫌々食べる必要はないと私は思っているの。この辺りは、ひとによって考え方が違うのだけれど。でも、離れでこっそり食事をとる時くらい、好きな物を好きなように食べましょう。ベーコンは平気?」

「うん!」

「じゃあ、スープに入れるのとは別に、カリカリに焼いたものも出しましょうね」


 ぴょんぴょんと跳ねながら食事を待っていたテッドは、頬をりんごのように赤くしながら食事を堪能していた。


「慌てないで、ゆっくり食べなさい。たくさんお代わりもあるのだから」

「ありがとう!」


 不思議な声がする方を見れば、なぜかマーモットのマシューおじさんが得意げな顔をしていた。マーモットもドヤ顔をすることに驚きつつパンの切れ端を与えれば、むしゃむしゃと満足そうに完食する。その姿が妙に堂に入っていて、アンナは自分の食事よりもマーモットの食事が気になって仕方なくなってしまうのだった。


 小さな客人は、アンナの用意した食事をことのほか気に入ったらしい。部屋の中の片づけを一緒にした後、簡単な昼食もともにしたのだが、テッドはそれも嬉しそうにぺろりと平らげていた。


「僕、こんなに美味しいごはん、食べたことないよ」

「シンプルイズベストってことかしらね」


 要はお貴族さま向けの食事ではなく、平民向けのごくごく平凡な料理なのだ。子どもにはわかりやすい味付けなのかもしれない。凝った料理ばかりに慣れていればこそ、物珍しさもあるだろう。


「アンちゃんはいいなあ。いつも美味しい物が食べられて」


 アンナのことを「アンちゃん」と呼ぶことに決めたらしいテッドに、アンナは妙なくすぐったさを覚える。深入りすべきではないとわかっているはずなのに、子どもに喜ばれることが嬉しくてたまらない。つい、また口を滑らせてしまった。


「そんなに美味しかったのなら、また食べにいらっしゃい」

「本当に食べにきていいの?」

「テッドの食事を準備してくれるひとに、正直に言ってから来るのが一番いいのだろうけれど。難しいと思うから、家令のジムにお話をしておくとよいと思うの。ジムならいろんなひとにうまく話を通してくれるわ」


 アンナは遊びに来るテッドに食事を用意することはできるが、各種調整はできない。自分を巻き込んだのジムなのだから、きりきりと働いてもらおうではないか。


「そういうものなの?」

「そういうものなの。大丈夫、ジムを信じなさい。それができたら、来たいときにここに来てくれたらそれでいいから」

「僕、ちゃんとお願いしてみる!」


 そこまで喜ばれてしまえば、アンナとしても悪い気はしない。けれど本来侯爵家内のことに口出しは無用。お飾りの妻であれというのが侯爵の要望だ。それでもアンナはテッドが望む間は、彼らの食事を用意することに決めた。

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