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継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」
第二章

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「待たせたな」

「アンちゃん、ただいま!」

「閣下、テッド。お帰りなさい」


 元婚約者であるイーノックを睨みつけていたアンナは、慌てて表情を取り繕いふたりに微笑みかけた。先ほどまでの失礼極まりない会話をふたりに聞かれずに済んでよかったとアンナは胸を撫でおろす。輿入れしたばかりの頃ならばともかく、今の閣下はテッドの良き父親なのである。ましてや可愛いテッドのことを憶測でとやかく言われたくない。


「閣下? アンちゃん?」とどこか不思議そうに繰り返すイーノックの声が聞こえたが、アンナは気に留めなかった。どんな呼び名をしようが、それはアンナの自由のはずだ。そしてイーノックのことを長年口にした愛称であるエノと呼ぶことももうない。


「結構時間がかかっちゃったの。はい、これ! スプレムータって言うんだって」

「目の前で果物を絞ってもらうため、少々時間がかかった」

「一生懸命選んでくださったのですね。最高の飲み物をありがとうございます」


 飲み物の指定をしなかったにもかかわらず、素晴らしい選択をしたことにアンナは感動していた。なにせ屋台で飲食物を買うことはとても難しいのだ。


 もちろん一番確認したいのは原材料だ。一般的なレシピだけで何が含まれているかを判断することはできない。各店のオリジナルと称して意外な隠し味が含まれることは往々にしてある。だからこそ予想外の材料を入れられるのが何より恐ろしいのだ。スプレムータの目の前で絞る手法は、新鮮さ以上に個人の食への安全を確保するために何より有用だった。


「真っ赤できれいでしょう? アンちゃん、これね、オレンジジュースなんだよ! トマトでも苺でもないのに、真っ赤なの! おいしくてきれいで、すごいよね!」


 ぴょんぴょんと飲み物を持ったまま、嬉しそうにはしゃぎ回るテッド。可愛らしい光景だが、前世も現世も洗濯の大変さを知っているアンナはテッドの高級な絹織物に果汁が付着しそうではらはらしていた。


「ところで、こちらの方は?」

「ええと彼は……異母妹の婚約者です。先ほど偶然お会いしたところでして」

「イーノック・ボイル……です」


 知人、友人。無難な相手としてすぐにこの場を離れたい気持ちは正直あったが、アンナは侯爵にきちんと紹介することを選択した。なにせ社交界というのは広いようで狭い。今ここで知らない振りをしたところで、いつか彼が異母妹の婚約者、つまりはアンナの元婚約者であったことは知られてしまうのだ。それならば変に誤解されるような行動は慎むべきだった。だが、あまりにも失礼な態度をとるイーノックにアンナは頭が痛くなる。本当に彼は一体どうしてしまったのだろう。


「ほう、君があの。以前、妻が大変お世話になっていたとか」


 一瞬侯爵が目を細める。鼻で笑ったように聞こえたのは気のせいだろうか。アンナと異母妹、そして婚約者三人の醜聞は、社交界で相当な噂になっている。もちろん社交界で流れているのは、「奔放なアンナに悩んでいた婚約者のイーノックが、アンナとの関係をアンナの異母妹に相談するうちに惹かれあってしまった。両家の話し合いはスムーズにいったが、アンナ本人は激しく抵抗し、結果的に彼女の夜遊びはさらに激しくなってしまった」というとんでもないものだ。


 そしてアンナの身辺を調査し直した結果、真実を把握している侯爵にしてみれば、アンナを傷つけた元婚約者など許しがたいクズなのであった。ちらりと全身を確認し、明らかに自分の敵ではないと判断したらしい侯爵が、上っ面だけ整えた笑みを浮かべる。


 まったくもって話が弾むとは思えない雰囲気に、イーノックも居心地が悪かったのだろうか。しばらく視線をさまよわせた後に、アンナが受け取ったばかりのジュースを指さした。


「これを選ぶなんて、大人だな。普通の子どもはジェラートを欲しがりそうなもんなのに」


 どことなく感心したような、けれどなかなかに失礼な物言い。アンナは目ざといものだと肩をすくめた。確かにここは、ジェラートと呼ばれる氷菓子が有名なのだ。誰もが食べ歩いているそれを手にしていないのは悪目立ちしてしまったらしい。「乳製品が含まれているものが多いから確認なしには食べられないし、いちいち確認するような怪しい真似はできない」とは言えないテッドは、口ごもりつつ上目遣いでアンナを見上げてきた。


「あら、そんなこと? 暑いからと言ってジェラートばかり食べたら、お腹が冷えてしまうでしょう? 一日につきひとつだけと約束しているから、夕食の後に食べるのです」


 ちなみにこれ自体は嘘ではない。別荘で雇っている料理人に、果汁と砂糖のみで作ったグラニータを用意してもらうことになっているのだ。


「お腹が冷える」

「そうよ、食べ過ぎには注意しなくては」


 前世春香の記憶。アイスが大好きだった子どもたちに、アイスは一日一個までとお達しを出したことが懐かしい。春香の子どもたちは、世界的に有名なリボン猫と同じ会社のとあるキャラクター――お腹が冷えて痛くなった少年――から、アイスの食べ過ぎの恐ろしさを学んだのだ。この世界には、思い出を共有できる相手がいないことが時々少しだけ寂しくなる。


 アンナは小さく息を吐くとこの話を変えるべく、気になっていた異母妹について元婚約者に尋ねてみることにする。アンナが実家にいた頃は、侯爵に執着していたテッドの母親並みにイーノックにまとわりついていた。今ここに、異母妹の姿が見えないのがどうにも信じられなかったのである。

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