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継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」
第一章

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「アンちゃん、早く、早く!」

「大丈夫だから、落ち着いて。紳士は、フォークとナイフを握りしめたまま、おやつを前に踊り出したりはしないのよ」

「だって、美味しそうなんだもん。いい匂いだねえ」


 例の食事会のあとからアンナとテッドそして侯爵は、日に一度は必ず食事をともにするようになっていた。テッドが何を好むのか、どんなものなら食べられるのかを把握するだけではなく、家族がともに食事の時間を過ごすこともまた食育なのだとアンナが力説したためだ。


 同じ食卓に着いていても先に食事を終わらせ、仕事に戻っていた侯爵は最初こそ戸惑っていたが、不思議なほど素直にアンナの主張を受け入れてくれた。やはり息子のためという魔法の文言は効果絶大らしい。親子仲が良いことは本当にありがたいことである。


 今日は仕事に追われる侯爵の休憩も兼ねて、お茶の時間を三人で過ごすことになっていた。本日のメニューは、蜂蜜たっぷりの紅茶と特製のパンケーキだ。


「テッドが作ってくれたブルーベリージャムをかけてお召し上がりください」

「おやつが待てない小さな紳士がいるようだ。先に渡してやってくれ」

「承知しました」

「僕、一生懸命、お鍋の中をかき混ぜていたんだよ」

「なぜか作っている途中にブルーベリーが目減りする超常現象が起きたのよね」

「えへへへ。あのね、たぶん、それはマシューおじさんじゃないかな?」


 テッドのつまみ食いの罪を爽やかになすりつけられたマシューおじさんは、文句を言うこともなく木陰でもちゃもちゃとブルーベリーを食べていた。侯爵家の庭のあちこちに生えているブルーベリーの量はかなりあり、手の届きにくい部分に生えているものも多い。その辺りをせっせと食べてくれているので、放っておくことにしているのだ。さすがに全部食べつくしそうになるのであれば、ブルーベリーからの隔離が必要かもしれないが。


「テッドが料理か」

「きちんと勉強は終わった上でのお料理です。叱らないでくださいませ」

「当然だ。わたしも経験したのだ、理解している。どんな風に作られているかを経験的に知ることは、どんな食べ物に気をつけなければいけないかを知るのに役立つのだろう?」

「その通りでございます」


 アンナの話していたことを覚えていた侯爵に頷き返したのだが、どこか侯爵は不満そうだ。もしや、侯爵も疲れているのだろうか。お腹が空いていると人間は怒りっぽくなるものだ。慌ててアンナは、侯爵にパンケーキを勧めた。


「意外だ。卵と牛乳を使わない焼き菓子は、かたくてぼそぼそしていた記憶があるのだが?」


 パンケーキを口にした侯爵が、意外そうな顔でパンケーキを凝視している。どうやら先日、卵と牛乳を使わない料理を作ったものの、内心その出来栄えに閉口していたらしい。牛乳の代わりとなるアーモンドミルクや豆乳などもなく、卵の代わりに繋ぎにできる豆腐やバナナなどもなかったため、余計に普段食べているものとの差を感じてしまったのだろう。


「今回は、問題ないことがわかったのでバナナを入れておりますので。だいぶ柔らかさが出たと思いますよ。豆乳を牛乳の代わりにできたらもっと良かったのですけれど」

「牛の乳の代わりになる、豆だったか? 食べられるかどうか以前に、国内で流通していなかったとはな。東国との取引に強い商会に連絡を入れている。できるだけ早急に手に入れるつもりだ」

「ありがとうございます」


 得意げな侯爵だが、この件については確かに誇ってよいと思われた。何せ東国は東にある小さな島国なのだ。昔から閉鎖的で、足を踏み入れることさえ難しい。東国との取引を許されている有力商会とのツテを持っているというだけでも、恐るべきことなのである。


「なに、テッドのためだ。それに豆腐や豆乳とやらは足が速く、この王国内で出回っていないのだろう? それは領地の特産物となりうるという意味でもあるからな。複数の利点を持つとわかっていて、指をくわえて見ているなど無能のすること。最低でも継続的な原材料の確保、可能ならなんとかして領内で栽培できれば。技術供与を受けるために侯爵家として提案できるものとしては……」

「閣下。おやつの時間には、難しいことはいったん置いておきましょう。テッドが困っていますよ」

「ああ、すまない。テッド、美味しいジャムをありがとう」

「父さま、もっとかけてあげるね!」

「……それでは、お願いしよう」


 実はあまり甘いものが得意ではないことを事前に聞いていたアンナは、恐るべき量のジャムにおののきつつ、それを必死で隠す侯爵の姿に笑いをかみ殺していた。例の食事会とは違う、穏やかな時間をしみじみと味わう。けれど、その幸せな空間は唐突に打ち破られることになった。


「失礼いたします。旦那さま」

「お茶の時間になんだ? 休憩を取れと普段からうるさいお前が邪魔してくるなんて、相当なことがあったのか?」

「実は、来客が……」

「先触れもなしにか?」


 ちらりとジムがアンナとテッドを見やった。その視線に、アンナはどことなく胸騒ぎを覚える。アンナ……というよりも、テッドに聞かせたくない話なのか。アンナは素早く思案し、侯爵に向き直る。


「閣下。いったん、お茶会は中断いたしましょう。閣下はお客さまの元へ、私たちは部屋……いいえ、離れの方に移動するのがよいかしら?」

「奥さま、そうしていただけますと助かります」


 ジムの返事に侯爵が苦い顔になった。けれど致し方ないと判断したらしい。厄介事の気配を感じ取ったアンナは、テッドを促して席を立つ。自分たちが移動すれば、その間に侯爵はジムと打ち合わせができるはずだ。そう思いアンナはテッドの手を引いて歩き始めたのだが、部屋の扉がいきなり開かれ甘い花の香りが一気に流れ込んできた。


「よ、妖精?」


 はっとするほど美しく、けれど触れれば壊れてしまいそうなほど儚げな女性。香りと色合いから一瞬動揺したが、どうやら相手は人間であるらしい。額には汗がにじんでいる。そして女性の振る舞いは、羽の生えた妖精のようなたおやかなものではなく、想像以上に力強いものだった。


「出ていきなさい、この悪女め!」

「きゃっ」


 突然眼前に迫った白魚のような手。桜貝色の爪までもくっきり見えたと思ったら、勢いよく突き飛ばされる。テーブルにぶつかり、倒れ込んだ拍子に腰をしたたかに打ち付けて、アンナがうめき声をあげた。


「まあ、可愛いエドワード。かわいそうに。悪女にいじめられたのですってね!」


 さらに乱入した女は鈴の音を転がすような声でとんでもないことを口走りながら、呆然と立ち尽くすテッドを抱きしめたのである。

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