(13)
食事会に参加するということは決定事項になったわけでが、そこでアンナははたと気が付いた。いまだにテッドは、あちらの屋敷では食事が食べられない。それなのに食事会をするとは一体どういうことなのか。
「侯爵さまが主催の食事会となると、あちらのお屋敷で食事をすることになるのよ。テッド、本当に大丈夫なの?」
「うーん、たぶん?」
「もう、テッド!」
だが、侯爵をこちらの離れに招きたいとテッドが言い出すよりかはマシだったのかもしれない。何せこちらの屋敷の中では、侯爵をもてなすにふさわしい準備をすることは非常に難しいのだ。いくらアンナが器用だといっても、使用人がいない中でそれなりのもてなしをするのはあまりにも無理がある。
「だって僕、アンちゃんの作ってくれるお料理が好きなんだもの」
「ええ、そうね。でも食事会は、私が招かれるの。客人がもてなす側の使用人に交じって、食事の準備をすることは許されないでしょうね」
「そっかあ。じゃあやっぱり、父さまがアンちゃんのおうちにお呼ばれしたいんだってお願いした方がよかったのかなあ」
「ええと、それはそれで問題大ありだったかもしれないわね。」
テッドの望みを叶えることは難しいと言わざるを得ない。何せ高貴な方の口に入る料理を作るのだから、本来とても信頼される相手でなければいけないのだ。侯爵家の厨房に入れてもらうことは望めないだろうし、だからといって食事会の主催がアンナだったところで侯爵はアンナの手料理など絶対に口にしないだろうという確信があった。けれどテッドは、良いことを思いついたと言わんばかりの顔でにっこりと微笑んだ。
「だからね、アンちゃんにお願いがあるの! アンちゃんの作るお料理のレシピを、教えてもらえないかな? 僕の家の料理人がそれを作って出せば、あっちの屋敷でアンちゃんのご飯が食べられるってことになるでしょう?」
「まあ、確かにそうとも言えるのかも」
もちろん本来ならばレシピというのは、かなりの価値がある代物だ。おいそれと他家の料理人に公開するようなものではない。まだ幼いテッドは、そのことを理解していないのだろう。ジムが困ったような顔をしたが、アンナはかまわないとすぐにうなずいた。何せアンナが作っている料理は、特別手の込んだものではないからだ。どちらかと言えば、アンナの提供したレシピを相手側が忠実に再現してくれるかどうかの方が心配である。貴族にふさわしいメニューにするべきなんて理由で、勝手にアレンジが加えられるようなことがなければよいのだけれど。
「あーあ。ご飯食べるのって、どうしてこんなに大変なのかな」
「テッド?」
「植物みたいに水だけで生きられたらいいのに」
「そうすると、マシューおじさんに頭からまるかじりされちゃうわよ?」
ちなみにトマトを食べ終わったマシューおじさんは、鼻をふんふんと鳴らしながら庭の中を探検中だ。当日、マシューおじさんはどこにいてもらうかということを考えると、あちらの屋敷の中ではなく、お庭での食事になるように、ジムにも協力してもらう必要がありそうだ。
「レシピを渡すのはもちろん構わないのだけれど。あちらのお屋敷では、普段どのような食事が準備されているのかしら?」
「ええとね、隣国出身の料理人がごはんを作ってくれるの。すごくおいしいんだって」
そのあまりに他人事な回答に、頭が痛くなる。少なくともテッドは、その料理をおいしいとは思えないということがわかるからだ。
「テッドは、そのお料理が好きではないのね?」
「うーんとね、味は嫌いじゃないの。でもご飯を食べていると、急に気持ちが悪くなったり、お腹が痛くなったりするから……」
「……それは」
「あ、違うよ。毒とかじゃないよ! 前にそれで大騒ぎになって、料理人が大変な目に遭ったんだ。いっぱいいろんなひとが来て、いろいろ調べてもらったけれど身体に悪い物は見つからなくて。たぶん、僕が気にし過ぎなだけなんだ」
テッドは、少しだけ困った顔をしてうつむいた。この様子では、大人の気を引きたい子どもが料理に難癖をつけたとでも思われたのかもしれない。そんな騒ぎが起きた後も同じ料理人を雇っているのであれば、テッドは相当に気まずいはずだ。料理人が何もしていないのであれば、テッドに対して恨みを募らせている可能性だってある。
思ったよりも問題は大きそうだと思いながらテッドを見れば、いつの間にか目が少し赤くなっていた。先ほどから目をこするほど泣いたりしてはいなかったようだが……。もっとよく確認しようと手を伸ばしたところで、首筋が何か所も盛り上がっていることに気が付いた。
「テッド、大丈夫? かゆくはない?」
「えーと、何だろう? 藪の中で虫に刺されちゃったのかな?」
「この時期の植え込みの中には、毛虫なんかもいるから気を付けて。まずは服を脱いで、水で流したほうがいいわ。お薬も塗っておきましょう」
「たぶんすぐに治るよ? 僕、向こうの屋敷ではしょっちゅうこんな風になるもの」
「甘く見てはいけないわ。放っておいてぱんぱんに腫れたあげく熱を出して、夜に泣きべそをかくことになったらどうするの?」
「ええっ、何それ、こわい」
慌てるテッドを連れて洗い場まで向かいながら、アンナはやるべきことを脳内でリストアップしていた。




