第9話 『蒼哭竜《ヴェルグラーデ》襲来──閃光と咆哮のボス戦開幕!』
──ダンジョン《迷いの湖》・最深部への道
ノア「ふっ……どや、うちのスキル! ちょっと音ズレたけど、バフ入ったやろ? 入ってたよな!?」
アキト「……どのタイミングで?」
ノア「えっ!? ラストのとことか、ゼクトが敵の背後に回ったとこで──」
ゼクト「……あの瞬間、謎のハイテンションな音色が脳内に流れ、戦意が若干削れたのだが……」
ソフィア「しかもリズムもズレてたし……ていうか、敵も若干ノってたよね? アレ?」
アキト「お前、敵をバフる新手のスキルかよ」
ノア「えぇ〜!? そんなバカな〜!? ……でもまぁ、うち的には自己評価【大成功】やで!」
アキト「お前の自己評価、毎回めちゃくちゃ甘ぇんだよ……」
──こうして全員ボロボロながらも敵を退け、最深部への道が開かれた。
* * *
──ダンジョン《迷いの湖》・最深部 ボスエリア前
四人は、ひときわ巨大な扉の前に立っていた。
鈍く濡れたような黒鉄の門──表面には、波紋のような紋様が浮かび、まるでこちらを睨むかのような威圧感を放っている。
アキト「……ここが最深部、ってわけか。なんか、空気が……変わったな」
ソフィア「息が詰まる感じ……。魔力の密度が、明らかに違う……」
ノア「うち、正直ここで引き返してもええと思ってるで?」
ゼクト「……後戻りは許されぬ。門は開かれ、魂は試練に曝されるのみ……」
アキト「おい中二……今回はそのセリフ、なんかガチ感あってやめてくれ……」
ギィィ……ギィィィ……
アキトが手をかけると、重厚な扉がゆっくりと開き始める。
そして、その奥に──
蒼く輝く鱗。
天井を擦るほどの巨躯。
水の気配を纏いながら、異様な静けさを保ったまま、圧倒的な存在感で鎮座していた。
──蒼哭竜。
その瞳が、音もなくこちらを捉えた瞬間。
空間が、凍りついた。
魔力が、爆ぜた。
殺意が、世界を満たした。
アキト「──来るぞッ!! 構えろ!!!」
刹那、竜の咆哮が空気を震わせ、激しい水圧の奔流が一気に襲いかかってきた──!
蒼哭竜の咆哮とともに、空間が激しく震えた。
次の瞬間──凶悪な水圧をまとった衝撃波が、一気に四人へと襲いかかる!
アキト「──くっ! 全員、散れッ!」
仲間たちは即座に対応し、それぞれの方角へ跳ぶ。
だが──
ゼクト「“断影の刃”ッ!」
影をまとったゼクトが竜の胴へ飛び込むが、水のバリアのような圧に阻まれ、そのまま吹き飛ばされる!
ゼクト「ぐっ……!」
岩壁に激突し、息を詰まらせながら膝をつく。
ソフィア「ゼクトッ!!」
彼女は即座に杖を掲げ、魔力を集中させる。
ソフィア「《ヒール》ッ!!」
回復の光がゼクトを包み、立ち上がる力を取り戻させる──が、直後。
ノア「うちも支援いくで! 《エール・ラプソディ》っ!」
ギターが奇妙なリズムで響き渡る。
……が、その直後──
ヴォォォォオオ!!
《ヴェルグラーデ》の身体がビクンと震え、顔をしかめたような動作を見せた。
アキト「……今の、効いた?」
ゼクト「いや……あれは……耳を塞いでいたように見えた……」
ノア「うちの音、竜の弱点やったんか!? やば、これは新しい“対竜兵器”やでっ!」
アキト「いや違う意味で耳にダメージきてるだけじゃねぇのか……?」
無数の水の刃が、ソフィアとノアへと迫る。
アキト「ッッ!!」
考えるより先に、体が動いた。
銃を抜き、二人の前に割り込む──
バンッ! バババンッ!!
連射される光弾が水刃を撃ち落としていく。
それでもすべては防ぎきれず、アキトの肩をかすめて血が飛ぶ。
アキト「ぐ……ぁッ……!」
ノア「アキトはん!?」
ソフィア「な、なんで庇ったのよ……ッ!」
アキト「──お前らがやられたら、後がないだろうが……ッ」
ふらつきながらも、アキトは銃を構え直す。
銃を構え、前に立つその姿勢だけは崩さなかった。
咆哮一閃。水圧の弾幕が空間を割く。
アキト「っぶねええええええッ!!」
銃声が閃光とともに炸裂。
飛来する水刃を正確に撃ち落とし、ソフィアの目前に飛び込むようにして庇った。
ソフィア「っ……ありがとう……でも、これ、マジでヤバいわよ……!」
その横では、ゼクトの刃が竜鱗をかすめ──
ゼクト「“断影の刃”!」
──弾かれた。
重厚な鱗にはじかれ、ゼクトは体勢を崩して吹き飛ばされる。
ノア「ゼクトはん、危ない!! ……えっと、スキルスキルスキル──! 《ハーモニクス・ブースト》っ!!」
ギターをかき鳴らすノア。
……だが、音程はわずかにズレ、空間にビリビリと妙な音が響く。
ゼクト「……さっきより“士気”が削られた気がするのだが……」
アキト「いやほんと頼むから“味方限定”で害を撒き散らすのやめてくれ!!」
ヴェルグラーデの巨体がうねる。
次の攻撃は──ソフィアとノアに向けて、薙ぎ払うような水圧の尾。
アキト「ッそら来た──!!」
再び、身を挺して前に出る。
炸裂する水圧の一撃を、ギリギリで銃弾の軌道を曲げるように撃ち抜くも、完全には防ぎきれない。
アキト(……くそ……やっぱり、庇いながらの戦いはキツすぎる……!)
肩をかすめた水刃が、装備を裂く。
だが、止まるわけにはいかない。
……仲間を守りながらの戦いは、想像以上に消耗が激しい。
ソフィア「アキト! 無理しないで!!」
アキト「言われなくても分かってんだよッ……!」
ヴェルグラーデは動きを止めたかに見えた。
──だがその直後、魔力のうねりが再び膨れあがる。
──次が来る。
息を整える暇もない。
だが、全員がその“気配”を察していた。
――咆哮。
蒼哭竜の喉奥から、世界を断ち割るような轟音が放たれた。
次の瞬間──
ズガァァァァァンッ!!!
音の衝撃が壁を揺らし、三人の身体が一斉に宙を舞う。
ソフィア「きゃ──あぁぁっ!!」
ノア「うわあああああっ!?」
ゼクト「くっ……!」
──ドゴォッ!!!
三人はそれぞれ背中を壁に叩きつけられ、呻き声と共に崩れ落ちた。
アキト「ソフィア! ノア! ゼクト──ッ!!」
アキト(全員……吹き飛ばされた! 意識はある……けど、HPが……)
一人も立ち上がれないほどのダメージ。
アキトは奥歯を噛みしめ、拳を握った。
その間にも、ヴェルグラーデは悠然と空間を震わせる。
口元に膨れ上がる蒼い魔力。足元の水が逆巻き、天井へと舞い上がっていく。
水が、弾けた。
アキト「……やべぇ、来る……!」
魔力の奔流が一点に凝縮され、次元すら歪めるほどの高圧レーザーが放たれようとしていた。
アキト「ッ……間に合えッ!!」
右腕を前に突き出し、銃口を天へ。
アキト「──《セレスティアル・バースト》!!」
キィィィィィィィィィィン!!
天より降る閃光。
一点に集中したエネルギーが、空間を貫く光の柱となって撃ち下ろされた。
ボスの大技と交差するように、真っ直ぐに撃ち込まれるアキトの一撃。
ドオォォォォンッ!!!
爆風が広がる。
水と魔力が拮抗し、空間そのものが軋むような音を響かせた。
──そして。
爆心地に立つアキトだけが、その場に踏みとどまっていた。
ヴェルグラーデの大技は、アキトの《セレスティアル・バースト》によって食い止められ、
竜の身体にもダメージが届いたのか、わずかに呻くような唸り声を漏らして後退する。
アキト「ハァッ、ハァッ……! 効いた……! けど、倒しきれてねぇ……!」
蒼哭竜は、一度の怯みからすぐに姿勢を立て直し、再び膨大な魔力を収束し始めていた。
アキト「……あの《セレスティアル・バースト》でも倒しきれねぇか」
手のひらには焦げたような痺れ。
仲間たちは背後で倒れたまま、立ち上がる気配もない。
アキト(……マジでやべぇな)
力を振り絞って前へ踏み出す。
ヴェルグラーデの口元が再び輝き出す。
次に放たれれば、今度こそ──。
アキト(くそ、もう……迷ってる余裕なんかねぇか)
腰のホルスターに仕舞われたままのもう一丁の銃に、手を伸ばす。
深く息を吸う。
そして──
アキト「《アストラル・レイン》」
静かな声とともに、空間が光で染まった。
──瞬間。
アキトの背後に、五機の光の矢状魔力体が出現。
それぞれが意思を持つかのように宙を舞い、アキトを中心に円を描くように配備されていく。
淡い蒼の輝きが、戦場を切り裂く風のように巡り──
銃と魔力が同調し、ひとつの指令を待ち構えていた。
アキト「……こっからが、本当の地獄だぞ。──相手になってやるよ、ヴェルグラーデ」
光の矢が、一斉に放たれる──その瞬間。
アキトの視界は、蒼白い閃光で埋め尽くされた。