第8話《迷いの湖と、呪われし旋律》
──港町・市街地
アキト「……ふぅ〜……今日はもう疲れた。宿で休もうぜ。クエストは明日からな」
ソフィア「つ、疲れたのは事実よ……。あんなのに絡まれたら、精神的にくるんだから!」
ノア「あれは見ててしんどかったなぁ〜……。うちは爆笑してたけど」
ゼクト「触手の舞……あれもまた異世界の洗礼……」
アキト「お前ら、ツッコミどころ多すぎて疲れ倍増だよ……」
夕暮れが差し込む港町の街角を歩きながら、一同は“宿屋”の看板を探す。
アキト「……どこだ、宿屋。そろそろ足が限界なんだが」
ノア「おっ、このへんに宿屋あるっぽいで? 看板出てるわ」
ソフィア「“オーシャンビュー”って……名前だけは立派ね」
ゼクト「……この外観、傾き……色あせた木造……なるほど、“時の審判”を受けた宿か」
アキト「お前それオシャレに言ってるけど、ただのボロ宿だぞ……」
──そして提示された宿泊料金は──
《1泊:1部屋3,500G(朝食なし)》
アキト「……たっけぇなおい!? ボロ宿のくせに海見えるだけで3,500って!?」
ノア「ほぉ〜、さすが港町。海“チラ見え”でも課金アイテム価格やな〜」
ソフィア「この宿でこんなするの? ──ぼったくりにもほどがあるでしょ……!」
アキト「……もういいわ。疲れたし、文句言わず泊まるぞ。金ないし」
ソフィア「そうね、金ないし──って金ないのかよッ!?」
ノア「うちもギリギリやねん。昨日、アキトはんに連れてってもらった酒場で財布が爆発してもうてな〜」
ゼクト「……我も残金は《87G》。宿屋のドアノブを買うにも足りぬ」
アキト「お前ら……何して金失ったんだよ……」
ソフィア「でもまあ、屋根があるだけマシね……仕方ない、誰かが払うしか──」
アキト「よし、ジャンケンだな」
ソフィア「……は?」
ノア「おっ、運ゲーやな!? ええよ、うちは負けんでぇ!」
ゼクト「運命の導きに身を委ねるのみ……我、異論なし」
アキト「じゃ、いくぞ──」
三人「ジャン、ケン、──ポン!!」
──
アキト(チョキ)
ノア(チョキ)
ゼクト(チョキ)
ソフィア(グー)
アキト「よし、勝った奴が払おう。な?」
ソフィア「……ちょっと待てぇぇぇぇぇい!! それ“勝ったやつが払うルール”だったの!?」
ノア「いや〜、勝利者の義務やなぁ〜。さすがソフィア、カッコええわぁ〜!」
ゼクト「……勝者は栄光を担う者。金銭という名の……な」
ソフィア「うっそでしょ!? なにこの流れ!? 詐欺じゃないの!?」
アキト「じゃ、よろしくなソフィア。」
ソフィア「ちょ、ま──ふざけんなーッ!!!」
──そうして選ばれたのは、どこか斜めってる古びた木造の宿屋。
看板の板が片方外れかかっていて、ドアの蝶番もギィギィと悲鳴を上げていた。
アキト「おい、これ……マジで倒壊しねぇよな?」
ノア「まあまあ、部屋が分かれてなければ安く済むしええやん。四人で一部屋、ギュッと寝れば──」
ソフィア「アンタね!? ギュッとってなによ、ギュッとって!! 変な目で見ないでよ!?」
アキト「誰が見るかバカ! こっちはもう眠くて死にそうなんだよ!」
ゼクト「……眠りは全ての傷を癒す……この身体を、黄泉の夢へと預けよう……」
──そんな小競り合いのあと、四人はひとつしかない空き部屋に案内された。
狭く、床は少し傾いていて、天井には蜘蛛の巣……だが、寝れるだけマシだった。
──そして夜。
アキト「……(くそ、床がガタガタしてるせいで全然寝付けねぇ……)」
うっすら月明かりの差す部屋で、アキトは横になりながら、ふと隣を見る。
──眠っているソフィアとノアの寝顔。
アキト(……顔だけは、可愛いんだよな……)
──その瞬間。
ゼクト「おなごを二人も視界に入れたまま寝落ちとは……貴様、夢の中で何を召喚するつもりだッ!?」
アキト「お前、起きてたのかよ!!? こえーんだよ!!」
翌朝
潮風に揺れる洗濯物を横目に、アキトたちはあくび混じりに宿を出た。
アキト「……はぁ〜、体バッキバキだ……。あの宿、マジで床斜めってたよな」
ノア「寝返りうつたびに転がるの、うち初めてやで……」
ソフィア「私は寝起きから腰が痛いわ……。っていうか、なんであんな宿に……」
ゼクト「だが、あの傾きこそが真理……肉体と精神の平衡を問う、試練の場だった」
アキト「お前、いっぺん医者行け」
アキトは肩を回しながら辺りを見渡す。
アキト「さて……《迷いの湖》ってどこだ? また歩き回るのはゴメンだぞ」
ゼクト「この街から北へ小道を進めば、湖のほとりに辿り着く。……徒歩で20数分といったところか」
ソフィア「わりと近いのね……ちょっと意外かも」
ノア「じゃあ、さっさと行こっか〜。今日中のうちに終わらせたいし!」
アキト「よっしゃぁぁぁ!! 借金返済のためのクエスト、いっちょ行ってやるぜぇぇぇぇ!!」
ダンジョンへ向かう道は、やや傾斜のある草原ルート。
小石に足を取られ、草の種が服にくっつき、たまに虫も飛んでくる。
ノア「うち、虫あかんねん! やめてや〜ッ! 顔面突撃してくるのマジやめてぇえええ!」
アキト「お前、やたらピンポイントで虫に狙われてない!?」
ソフィア「ちょっと待って!? この道ほんとに合ってるの!?」
ゼクト「ふ……この草の匂い……この風のざわめき……間違いない。道は我らを導いている……」
アキト「お前GPS機能でも内蔵してんのか!?」
ノア「でもホンマに迷わず来れたし、ゼクトくんの“中二ナビ”わりと有能やん……」
──
そして歩くこと20分。
道が開け、目前に広がったのは──青く澄んだ湖と、湖面を囲むように佇む巨大な洞窟。
《ダンジョン:迷いの湖》
湖の水面は風もなく静まり返り、まるで時間が止まったかのように静寂が支配していた。
水辺には青白く光る水晶が点々と浮かび、足を踏み入れる者を静かに見つめているようだった。
ソフィア「……なんか、思ってたより神秘的な場所ね……」
ノア「でもこれ絶対ボス出るやつや……水面静かすぎて怖いもん……」
ゼクト「──ここが“水竜の咆哮”の眠る地。目覚めし時、天と地が揺らぐ……!」
アキト「いいか、お前ら──足は引っ張るなよ? 今回はマジで金がかかってんだ……!」
──ダンジョン《迷いの湖》・入口付近
じめっと湿った空気が肌を這い、足元の水たまりがぬかるむ音を立てる。
そのとき──突如、地面の影から触手のような腕が伸び、冒険者たちに襲いかかってきた。
アキト「チッ、いきなりかよ……!」
その場で身構えたゼクトが、素早く抜刀し、闇のごとき軌跡を描く。
ゼクト「“断影の刃”──!」
漆黒の斬撃が敵の胴を裂いた──が、すぐさま触手の一撃がゼクトに襲いかかる。
ゼクト「ぐっ……!」
アキト「おい中二、大丈夫か!?」
敵の追撃が迫る──そのとき、白銀の光が弧を描いた。
ソフィア「《ヒール》!」
回復の光がゼクトの体を包み、傷口がみるみるうちに塞がっていく。
ゼクト「……助かる。我、再び影より出づる──」
アキト(……お、ソフィアも動けてるし、ゼクトも反撃できてる。前よりは……マシになったかもな)
──《迷いの湖》中層・水晶回廊
ノア「いっくでぇ〜〜! スキル発動やっ!」
ギターを構え、ノリノリで弦をかき鳴らす。
ノア「《ミラクル★フィーバー》ッ!!」
──ボワン!
乾いた音と共に、ノアの背後にキラキラとした星のようなエフェクトが浮かぶ。
ノア「……どやっ? これでみんな、強くなったやろ!?」
ソフィア「……え、なんか……私、腹痛くなってきたんだけど……?」
ゼクト「我も……視界が歪む……これはまさか“呪歌”か……?」
アキト「おいぃ!? なんで味方にデバフ入ってんだよッ!!」
ノア「あれれ〜? おかしいなぁ〜。うち、バフスキル使ったはずやのに……あ、間違えて《地獄のバラード》やったかも☆」
アキト「☆つけるなァァァ!! お前、戦場でライブミスってんじゃねーぞ!!」
──そして、ほんの数分前。
ノア「うちはちゃんとスキルで支援すんで! 音楽の力、なめたらアカン!」
アキト「“音痴の力”だろが!!」
──そして現在。
ノア「よしっ、今度こそほんまにバフやっ! うちに任せぇぇぇぇッ!!」
アキト「お願いだから成功してくれ……っ!!」
──ギターが唸る。だがその音は──
ビィィィィィィィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン
ゼクト「…………耳が……潰れる……」
ソフィア「……ねぇアキト、いったんこの子、物理的に黙らせない?」
アキト「いや俺が黙らせてほしいわ! 敵より味方のほうが精神ダメージデカいんだけど!? これ、MPじゃなくてSAN値削られてんだよ俺だけ!」
──つづく。
今回もお読みいただきありがとうございます!
第8話は「ボロ宿&ジャンケンネタ」「旅の準備ギャグ」「そしてついにダンジョン突入」と、コメディと導入が入り混じる回でした。
ノアの《音痴スキル》は、味方のSAN値をゴリゴリ削る仕様となっております(?)
次回から本格的なボス戦に入る予定なので、お楽しみに!