第3話《漆黒の使徒、爆誕──その名は“ゼクト”!?》
──ハスロ村・朝の川辺。
川辺に腰を下ろし、俺はのんびりと釣り糸を垂らしていた。
「……よし、今日も一匹目ゲットっと」
ぴちぴちと跳ねる魚を手際よく処理し、バケツに放り込む。
そんなのどかな時間を壊すように、どこからともなく怒鳴り声が飛んできた。
「ちょっと!? また釣り!? あんた昨日も一昨日もその前もずーっと釣ってるじゃない!! 職業:釣り師に転職でもしたの!?」
振り向けば、例の白金ポニーテール──ソフィアが腕を組んで立っていた。
「……ソフィアもまだこの村にいたのかよ」
「は、はぁ? あんたこそでしょ!? ここに根を張ってるの、完全にお互い様だからね!?」
「俺は最初からやる気ないだけで、別に隠してないけどな……」
「べ、別に……! あたしはまだこの村で、ちょっと用事が……あるの!」
(※そんなもんはない)
──ハロス村の昼下がり。
今日は、ちょっと外で飯でも食うかって気分だった。
「……安くてうまい飯があるって聞いたんだよな。どっかの屋台だったか?」
釣りをしてた時に声をかけてきたソフィアが、なぜかそのままついてきていた。
そして今も、当然のように俺の隣を歩いている。
「なあ……ソフィア。お前、なんで俺と一緒にいんの?」
「は? あんたが勝手に移動しただけでしょ? 別にあんたと一緒に歩いてるつもりはないんだけど?」
「……いや、それずっと俺の隣歩いてるやつのセリフじゃないからな?」
「ふんっ、勘違いしないでよね。あんたが一人じゃ危なっかしいと思っただけ!」
「……うわ、完璧なツンデレ構文きた。辞書に載せよう、今の」
「うっさい! あんたがいちいち突っ込むからややこしくなるのよ! てか、いちいち拾うなバカ!!」
(……なんか、ツンデレ属性の耐久値、ちょっと上がってきた気がする)
「……おっ、串焼き屋。あれは当たりの予感」
香ばしい匂いが食欲を刺激する。
一本5ゴールド。ありがたい値段設定だ。
「へい、兄ちゃん姉ちゃん、焼きたてだよ! 一本5ゴールド、二本で9ゴールドに負けとくよ!」
「──はい、10ゴールド」
ソフィアがサッと財布を出し、店主に小銭を渡してしまった。
「……お前、金持ってたのかよ」
「まさか女の子に奢らせる気だった?」
「いや、俺ふつうに金ないんだよ。ゼロ」
「……堂々とすんな!!」
「しゃーないだろ。釣りして寝てるだけでどうやって稼げってんだよ」
「生活する気ある!?」
「スタミナ維持はしてるぞ?」
「それ最低限ッ!!」
──結局、奢ってもらった串焼きは、情けなさを吹き飛ばすくらい美味かった。
「……うまっ」
「ふふん、奢った甲斐があったわ」
「うん、これが最後の晩餐かもしれん」
「だからその無一文根性なんとかしなさいよ!!」
食べ歩きの串焼きも食べ終え、俺たちは何となく広場を歩いていた。
「それにしても、よくこの村まで来れたな。ソフィア、強いんだな?」
「回復しかできないと思った? ざーんねん、回復しながらぶん殴れるヒーラーでしたー!」
ソフィアがどや顔で胸を張る。
(……攻撃より口撃のほうが強そうな“自称最強のヒーラー”感)
俺は内心で突っ込みつつ、少し真面目に訊いてみた。
「で、本当のところは?」
「……っ!」
ソフィアがわずかにうつむいた。さっきまでの威勢の良さが嘘みたいに、声が少し小さくなる。
「……《白百合団》の連中と一緒にここまで来たんだけど……この村に着いた途端、“ポンコツヒーラーはいらない”って言われたのよ……」
「いや、ずいぶんストレートに言われたな!?」
「うっさい! こっちは必死だったのよ!? ちゃんと回復もしたし、声も出して応援してたし!」
「応援て……声援枠かよ」
「ったく、なんであんたなんかにこんな話してんのよ……!」
ツンとそっぽを向くソフィア。けど、その耳がほんのり赤くなってるのは、なんとなく見えてしまった。
「……で、ソフィアはこのあとどうすんだ?」
「んー。しばらくはこの村に滞在するつもりだけど? あんたは?」
「まぁ俺は……昼寝でもするかな」
「アンタ、さっきまで食ってたでしょ!」
「寝るのも仕事だって誰かが言ってた」
「誰よ!?」
──そんな他愛ないやり取りの中。
不意に、誰かの視線を感じた。
(……ん?)
振り返ると、黒ずくめのフード姿が、広場の片隅からこちらをじっと見ていた。
気のせい──じゃない。
(……なんだ、あいつ)
「……おい、ソフィア。あれ、知り合い?」
「あんな全力で怪しいヤツ、知ってるわけないでしょ! なにこいつ……大丈夫?」
その“怪しいヤツ”が、フードをゆっくり下ろし──謎のキメ顔で名乗りを上げた。
「……我が名は“漆黒のゼクト”。この穢れし世界を粛清すべく、奈落より来たる者──!」
「いや誰だよ!? 何言ってんのこの人!?」
「“闇の盟約”に従い、我はここに顕現した……この地に集いし運命の者たちよ、共に歩まん!」
「誰よ!! あと“運命の者”ってどこ見て言ってんのよ!!」
(……うわ、テンプレの中二病きちゃったよ。しかも開幕から全力投球かよ)
黒装束の青年──いや、自称“漆黒のゼクト”は、マントをバサッと翻しながらこちらに歩み寄ってきた。
「……貴様が“ザイオン”か」
「……違います」
「──えっ、違うの?」
さっきまで“奈落がどうこう”言ってた黒装束の男が、急に素の声で戸惑い始めた。
「え、あの……人違い……?」
「いやザイオンでしょ」
ソフィアが即ツッコむ。
「おい、言うなよ! こーゆうタイプは関わらない方がいいんだって!」
「もう遅いわよ。思いっきりロックオンされてるし」
「……ふ、フフ……ならば良い」
一瞬崩れた口調を取り繕うように、男は再び目を細めた。
「“名は器にすぎぬ”。本質を見極めるのが我が使命……!」
「……お前、絶対ほんとは真面目だろ」
「なっ……何のことだ……?」
「さっきの“えっ違うの?”、完全に中身ふつうの人だったからな?」
「そ、それは……心の準備が……!」
「はいはい。あの感じはもう、“真面目ちゃんです”って顔に書いてあったよ、お前」
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
「うわ、図星で崩れた!」
「……真面目ちゃんが中二病って、めちゃくちゃ面倒くさいパターンじゃん……」
「ギャップで火傷するレベルよね。やば、中二病と真面目ちゃんの二重人格かも」
「だから違うって言ってんだろおおお!! 我は“漆黒の──”」
「出た!! やけくそで中二病モード強制再起動した!!」
(……めんどくせぇタイプだ)
(……俺の、平穏なスローライフが……どんどん“働かされる系ハードモード”に近づいてる気がするんだけど?)
(……もしかして俺、このまま仲間が増えて、流れで“冒険”とかする感じ……? やだよ?)
ご覧いただきありがとうございます!
今回ついに、“漆黒のゼクト”が登場しました。
開幕から全力中二病+素の声で戸惑うギャップは、作者も書いてて楽しかったです(笑)
ソフィアのツッコミも冴えてきて、
いよいよ“やかましい3人組”がそろってきた気がします。
次回、ゼクトがとんでもないことを言い出します。
……このパーティ、ほんとに大丈夫か!?
ぜひ次回もよろしくお願いします!