第22話 『断絶の氷、星光の雨』
──アキト vs シヴァ:静かなる開戦
氷が沈黙を生む。
空気の振動が止まり、音が死ぬ。
その中心に立つのは、全身を青白く輝かせる異形──絶対零度の名を持つ存在、シヴァ。
そして、その前に無造作に立ちふさがる黒衣の青年。
東雲アキト。
何の構えもない。
魔力を高める詠唱も、華やかな演出もない。
ただそこに、「いる」。
それだけで、まるで戦場の主導権が移ったかのように、空気が切り替わっていた。
ノア「……あれ、さっきまで寒気で動けなかったのに……今、ちょっと……あったかい?」
アメリア「魔力の流れが……逆流してる。あの人……何者……?」
ソフィアは言葉を失い、エレナだけが目を細めて見つめていた。
あの男が、敵に背を向けている自分を、迷いなく守ったことを──
“迷子”だったくせに、迷わず戦場の中心に立ったことを。
シヴァの指先が、空をなぞる。
氷結術式が、空間に紡がれていく。
シヴァ「戦闘開始。対象解析──不要。排除開始」
冷たい声と共に、大気が凍りつく。
天井から無数の氷柱が逆さに形成され、一斉にアキトへ向けて落下した。
ゴウッ!!
槍のような氷が、咆哮と共に突き刺さる──が。
ドン、と音を立てて、氷塊がただの空間を貫いた。
そこに、アキトはいない。
アメリア「消えた……っ!? 瞬間移動……?」
ノア「いやいやいや! あれ無詠唱やんな!? 今の間に!? ずるっ!」
そして──
シヴァの背後に、ふっと影が現れる。
アキト「……そんな大振りな技、避けてくれって言ってるようなもんだ」
右足で軽く地面を蹴る。
次の瞬間、シヴァの胴へ肘撃ちがめり込んだ。
バギィッ、と氷が砕ける音が響く。
吹き飛ぶシヴァの身体が壁に叩きつけられ、氷の粉塵が舞った。
だが、即座に立ち上がる。
シヴァの装甲が軋む音とともに、氷の装甲が再構成されていく。
アキト「……なるほど、防御面もチートかよ」
その言葉を皮切りに、アキトは駆けた。
氷の杭が地面から突き上がる。凍てつくブレスが横から襲う。
それらすべてを──アキトは、一歩先で見切って避けた。
滑るようなステップ、軽い跳躍、時折混ざる瞬間移動。
詠唱も、準備もない。ただ、考えるより先に“動いている”。
エレナ(……動きに、まったく無駄がない)
攻防のたびに氷の刃が散り、白い残光が戦場を染める。
──ドンッ!
また一撃。
アキトの体術による踏み込みから、掌底がシヴァの胸を叩く。
そこに氷の壁が形成されるが、破壊するより速く、彼は回り込んだ。
アキト「“次の動き”を予測できないやつって、楽だな」
氷刃が振るわれる──アキトは屈んで避け、そのまま肩口へ膝を叩き込む。
ノア「え、これ……めっちゃアキト押してへん……?」
アメリア「シヴァの攻撃が全然……当たってない」
ソフィア「いや、でも……」
そしてエレナがぽつりとつぶやく。
エレナ「まだ、“本気じゃない”……シヴァの目が、冷たいままだもの」
──その通りだった。
シヴァは無表情のまま、ただデータを読み取るようにアキトを見ている。
そして、次の瞬間。彼の周囲に空間が歪む。
アキト「……っと、そろそろ来るか」
足元から突如、氷の結晶柱が展開された。捕縛と同時に凍結させる術式。
しかし──
その中心にいたはずのアキトが、もう消えている。
次に彼が現れたのは、宙。
氷のトラップを真上から見下ろす位置に、無造作に浮いていた。
アキト「凍らせたければ、もうちょい工夫しろ」
──ドンッ!
そのまま、足から降下。
氷の罠の中心を貫くように飛び込んで、砕き、割り、消し飛ばす。
氷塊が爆ぜ、視界が吹き飛ばされる。
アキトは着地と同時に滑るように回り込み、再びシヴァと正対した。
シヴァ「行動予測率、上昇──補正中」
アキト「いいぞ、がんばれ。俺は手加減しないからな」
ニヤリと笑う──その顔に、まったく焦りがない。
シヴァがふたたび氷の刃を構える。
アキトが、指先をわずかに動かす。
ふたりの魔力が、再びぶつかり合う。
──空間が振るえる。
──熱を帯びていく。
しかしその空気の中心で、アキトだけはどこまでも静かだった。
空間が震えた。
その異変に、誰よりも早く気づいたのはアキトだった。
アキト「……来るか」
直後、天井全体に広がる青白い魔法陣が展開される。
円環が重なり、層を描き、そこから──
無数の“槍”が生えてきた。
それは氷で構成された魔力兵装。
すべての一点を地上に向けて揃えた、殺意の結晶。
シヴァの必殺殲滅術式──《フロスト・ヴァルキリー》。
ソフィア「天井……全部、槍……!?」
アメリア「無理よ! 一人一人に狙いをつけてる……!」
ノア「うっそやろ!? 避けられるわけないやんあんなんッ!!」
空から死が降る。
無数の氷の槍が、殺到する。
人間サイズの体では、回避も不可能。
展開される速度、範囲、密度──完全なる殲滅攻撃。
エレナ「アキト!! そこにいたら……っ!」
だが。
当の本人は、地に足をつけたまま、まっすぐ空を見上げていた。
アキト「……やっぱり、そう来たか」
静かに、右手を天に掲げる。
その動きに合わせて、彼の周囲に小さな光が浮かび始めた。
まるで星のかけら。
一つ、また一つと増えていくそれらは、次第に整列し、
空中へと舞い上がっていく。
アキト「──降らせるぞ。《アストラル・レイン》」
瞬間、空が開けた。
天井よりも高い空間に、数十、数百の“光の矢”が出現する。
それは静止したままではない。
まるで意思を持つかのように、ふわりと軌道を描いて回り込み──
迫り来る氷槍群に対し、自律的に照準を合わせた。
ソフィア「……また出た、あの光の矢」
ノア「前のクエストん時より多いやん!? え、これ強化版ってこと!?」
──バシュッ!バシュバシュバシュバシュッ!!
星の矢たちが、一斉に射出される。
軌道上にあった氷の槍が、次々と砕けていく。
圧倒的な命中精度。全方位、全レイヤー対応。
アキトは一歩も動かない。
その背後で、まるで“星座”が地上を守るかのように、光の軌跡が乱舞する。
シヴァ「……」
殲滅術式──無力化。
空を覆っていた氷の雨が、一本も地に届かない。
アメリア「……あたしら、守られてる……」
ノア「ほんまに……星が降ってるみたいやった……」
爆風も残らなかった。
氷は砕かれ、魔力は無力化され、
光の矢は静かに役目を終えて散っていく。
アキト「……これで、“空”はもらった」
言葉と共に、ふたたび前を向く。
シヴァの瞳が、わずかに揺れる。
あれほどの術式を、ノーダメージで完封された。
ただの速度差でも、出力でもない。
“制空権”そのものを、完全に奪われたのだ。
アキト「──お前の氷じゃ、星は止められない」
それは宣告だった。
この瞬間から、戦況は変わる。
空も、陸も、敵も、すべて“こちら側”の領域になる。
アキトの背中に、いまだ煌めく光の矢の残滓。
今度は“空”ではない。
照準は、地上。
狙うはただ一つ──氷帝。
アキト「……こっちからも、行くぜ」
その声を合図に、アキトの背後で光が走る。
《アストラル・レイン》。
星の弓が放つ、神の矢の連射。
シヴァの体を取り囲むように矢が収束していく。
シヴァの周囲で、何重にも重ねられた氷壁が瞬時に展開される。
自動防御、防御魔術、全方位遮断──
だが。
──バシュッ!
光の矢は、氷を砕いた。
──バシュバシュバシュッ!!
続く三連射が、シヴァの胴を撃ち抜き、
最後の一撃が、背後から“核”を貫く。
白銀の装甲が音を立てて崩壊し、砕けた氷片が空に舞う。
氷の檻ごと、シヴァの姿が完全に覆い隠され──
アキト「……終わり、だろ」
仲間たちが息を呑む。
ソフィア「……やった……?」
ノア「え、マジで勝ったんちゃう!?」
アメリア「アキト、すご……っ!」
その瞬間──
“氷”が脈動した。
静寂の中で、氷の残骸が淡く光を灯す。
凍てつく粒子が空気中に拡散し、
圧力が、質量が、異常な“冷気の圧”として満ちていく。
エレナ「みんな──離れてっ!!」
警告と同時に、氷の中心部から“何か”が飛び出した。
──ズドォォォンッ!!
巨大な冷気爆発が周囲を吹き飛ばし、視界を白で覆う。
吹雪の中、氷片を踏み砕くような重い足音。
そこに立っていたのは──
全身を白銀の装甲で覆い、四本の腕を持ち、
背中には氷の翼のような魔力放出機構を持つ《最終形態・シヴァ》。
その姿は、神域を思わせる“完成体”。
ノア「えっ、何あれ、ロボ!? 氷の……なにあれ、第二形態!? いや最終形態やん!?!?」
アキト「……マジかよ」
その目に、ようやく一瞬の“焦り”が宿る。
アキト「チートすぎるだろ、それ……」
苦笑交じりに、拳を構えた。
だがその次の瞬間──
シヴァの四腕が閃いた。
片腕は冷気のレーザーを放ち
片腕は氷剣を振り下ろし
残る二腕は防御フィールドと追尾氷弾を同時展開
──ズガガッ!
避けた──と思った足元から、爆裂する冷気罠が炸裂。
アキト「──ぐっ……!」
初めての被弾。
氷片が脇腹を掠め、鮮血が飛ぶ。
エレナ「アキトッ!!」
アキト「大丈夫、かすり傷……っ」
が、呼吸が一瞬詰まった。
──体温が奪われる。
傷口に入り込んだ冷気が、神経を麻痺させてくる。
ただの攻撃ではない。
この“最終形態”には、触れただけで凍える“空間支配”が伴っている。
アキト「……っち、やるじゃん……!」
シヴァが浮上する。
空中で翼を広げ、半径数十メートルを絶対零度のドームに変える。
ソフィア「だ、ダメ……! あのままだとアキトが……!」
アメリア「冷気の結界──抜け出せない……!」
その中心で、アキトが息を整える。
動きにキレが戻らない。冷気が、思考すら鈍らせている。
だが──
アキト「……っふ」
笑った。
アキト「面白くなってきたじゃねえか……」
その目に、まだ灯る“戦意”。
どれだけ押されようと、氷に包まれようと、
この男は──まだ、倒れていない。
次回23話でこの作品は終わりにします!