第20話 《凍哭の魔女シヴァ》
─第四層・セフティーゾーン
氷の柱が等間隔に並ぶ静かな空間。その中央、焚き火のように設置された“光結晶”の暖かさが、冷気に包まれた空間をほんの少しだけ和らげていた。
エレナ「休憩、ここまで。そろそろ出発しましょう」
仲間たちが立ち上がり、装備を確認しながら頷く。
アメリア「ふぅー。セーフティーゾーンって響き、マジでありがたいわ……! もうちょっと居たいくらいなんだけど?」
ソフィア「じゃあ置いてくわよ? あんた一人でここで一生くつろいでなさい」
アメリア「ひどくない!? せめて半日くらいは……!」
ノア「アメリア姉さん、それもう“ダンジョン旅行プラン”になってるよ〜?」
ゼクト「ふん、遊び気分で挑むな。油断こそ死を招く」
ソフィア「お、真面目なゼクト君登場」
ゼクト「黙れ。貴様は光でも浴びてろ」
笑いながらも、パーティは慎重に階段を下りていく。
──第四層の探索は、意外なほどあっさりと進んだ。
出現した敵は氷スライム、氷コウモリ、《フロスト・スフィア》と呼ばれる浮遊する小型モンスターなど。全てが単体で出現し、連携もない。氷の床で多少足を取られたものの、致命的な脅威はなかった。
ノア「えっ、なにこれ、ぬるゲー?」
エレナ「第四層は“繋ぎ”のフロアだから。強い敵がいない代わりに、迷いやすい構造だったの」
ソフィア「でも、それも対して問題なかったわね。ちゃんと一本道だったし」
ゼクト「我の眼力に感謝せよ……! 迷路も幻影も、この眼からは逃れられん……!」
アメリア「うん、それは違う。普通にエレナがルート覚えてただけだから」
ゼクト「な、何故バレた!?」
そんな軽口を交えながら、第四層の最奥──降下用の大階段に到着する。
そこには、“それまでの静寂とはまるで違う”冷たい空気が、静かに流れていた。
エレナ「……ここからが、本当の試練よ」
そして、パーティは一歩、第五層へと足を踏み入れる。
──第五層・迷宮区
降り立った先は、見渡す限りの“通路の壁”。
通路、通路、また通路──
左右に15本以上の分岐路が整然と並び、そのどれもが同じ形、同じ色、同じ素材で構築されていた。
ノア「うわっ……これ、全部違う道なの?」
ゼクト「いや、これは……なかなかに厄介だぞ」
アメリア「まさに“迷宮”って感じね。実際、この第五層は《迷宮区》って呼ばれてるの」
通路のひとつを見つめながら、エレナが小さく口を開いた。
エレナ「……この層で、多くのプレイヤーが迷って、力尽きたわ。戻ることもできず、出口も分からず、スタミナが尽きて──」
その声はわずかに震えていた。
アメリア「……あたしたちのギルドもね。昔、仲間を一人、ここで失った」
ソフィア「……!」
沈黙が落ちる。
目の前にある通路は、どれも選べと言わんばかりに静まり返っていた。
エレナ「でも──その犠牲があったから、わかったの」
彼女は一歩、左から4番目の通路の前に立つ。
エレナ「この通路だけが、6層のボス部屋へと繋がっている。これが正解ルートよ」
パーティ全員が、その背中を見つめた。
失われた命の重みと、それによって掴んだ“確かな道”。
ゼクト「……ならば、迷う理由はない。我らの進むべき道は、決まったということだ」
アメリア「行くわよ、みんな。今度は誰も、置いていかないために」
そして、パーティは静かに歩み出す。
次に彼らが目にするのは──第六層。
このダンジョンの“最初の”ボスが待つ場所だった。
選ばれた一本の通路を、慎重に、だが迷いなく進む。
それは、地形的にも他と同じに見えるただの石造りの道だったが──
《神楽の紡》のギルドメンバーが命を賭して探り出した“唯一の正解”。
エレナとアメリアが最前を歩き、仲間たちはそれに続く。
ソフィア「……通路が、どんどん冷えてきてるわね」
薄氷が天井から垂れ、床はすでに霜で白く染まっている。
エレナ「そうね。下手に逸れれば、また迷宮の迷路地帯に引き込まれる可能性があるわ」
ノア「なあ……S級ダンジョンって聞いて、もっとド派手でヤバい罠とかあると思ってたけどさ。こうして普通に歩いて進めるとか……案外、ちょろくない? これ」
ソフィア「ノア……あんた、何も考えずに喋ってるでしょ」
ノア「うん、だいたいそんな感じ☆」
ゼクト「……我はこの程度で油断するような仲間を持った覚えはないのだが……」
そのとき──通路の先が、ひらける。
エレナ「──着いたわ」
全員が足を止める。目の前に現れたのは、巨大な氷の扉。
装飾の少ない厳かな造形で、中央には**氷晶石**がはめ込まれている。うっすらと青白い光を放ち、扉の向こうから漂う冷気がひときわ強くなっていた。
アメリア「ここが──このダンジョンの最奥部への扉」
ノア「え、えっ!? ここ……もうボスなの!?」
エレナ「そうよ」
エレナ「ここからが本番。ここまでは“たどり着けるか”の試験だったに過ぎないわ」
ノア「うっわ……まじか……ていうか、ここまで来るのもけっこう疲れたんだけど」
ソフィア「でも、ノア。ちゃんとここまで来られたじゃない。S級ダンジョンで、この時点でパーティ全員が無傷って……普通じゃないわ」
ゼクト「この地点に到達した時点で、生還率は三割を超える。だが──」
エレナ「──“その先”に進んだプレイヤーで、生きて帰ってきた者はいないわ」
空気が、一段と冷える。
エレナ「この《凍哭の奈落》は、今のところ……“誰もクリアしていない”S級ダンジョンなの」
ノア「ちょっ、急にリアルに怖くなってきたんだけど……」
ノア「ちょろいとか言ってすみませんでした! ノーカンでお願いします!」
アメリア「素直でよろしい」
(※ノアの頭を軽く小突く仕草)
エレナ「扉を開けるのは、休息を終えてからにしましょう。この先で何が起きても、対応できるように……今のうちに、身体も、心も、整えておいて」
全員が静かにうなずいた。
エレナ「この先に進む前に──これを、みんな飲んでおいて」
そう言って、エレナは手を軽く振り、空中にシステムウィンドウを展開する。
タグから目的のアイテムを選び、ぽん、と軽くタップすると──
次々と紅く光る小瓶が現れ、宙に浮かんだまま仲間たちの前へと並んでいく。
エレナ「《冷環耐性剤》よ。この先のボスエリアでは、戦闘中に“スタミナがどんどん削られる”特殊効果があるの」
アメリア「じっとしてても寒さで削れる、動いたらさらに減る。そういう凍結空間系のギミックだ」
ゼクト「ふむ……持久力を封じてくるとは、さすがはS級ダンジョンというべきか」
ソフィア「つまり、回復よりもまず“耐える準備”ってことね。了解」
エレナ「効果は約一時間。扉を開けたら、もう戻って準備し直す時間はないから──今のうちに、身体も、心も整えておいて」
ノア「うっす! いただきまーす!」
(※ノア、瓶をカッと空けて一気飲み)
ノア「うへっ、なんかミントっぽい! スースーするぅ……」
ゼクト「貴様、薬に風味を求めるな」
ノア「……アキトくん、ほんまに来ぉへんのかなぁ」
巨大な氷の扉の前で、ノアが落ち着かない様子でつぶやいた。
ソフィア「……さすがに不安になるわね。あの性格だから、ド派手に登場するかと思ったのに」
ゼクト「……ふん、あいつならきっと“俺が来るまで待ってろ”とか言いかねん。……それでも、来ない」
沈黙が落ちた。
確かに、アキトがこの場にいないというだけで、胸の奥に“何か足りない”感覚がある。
エレナ「仕方ないわ。……行きましょう」
その一言で、空気が切り替わった。
──ギィィィ……ッ!
エレナが扉を開き、巨大な氷扉がきしむ音を立ててゆっくりと開いた。
中から吹き出したのは、皮膚を裂くような極寒の冷気。
ノア「ひぃっ……さ、さむ……っ!」
ゼクト「……これは……まさか、“あれ”か……?」
ソフィア「この魔力の密度、普通じゃないわ……!」
扉の奥に待っていたのは──
玉座に腰掛ける、氷の衣を纏った女型の魔物。
その瞳は、まるで感情を持たないかのように冷たく、ただ静かにこちらを見据えている。
──S級ボスモンスター、《氷の魔女シヴァ》。
足元から立ち上る氷霧。わずかな空気の動きに反応して、周囲の空間が凍りついていく。
この場に存在するだけで、体温を奪われるような錯覚。生きていることすら否定されそうな、圧倒的な存在感。
ノア「……う、うち……身体が……動かへん……」
ソフィア「足が……勝手に震えて……あの時とは……違う……」
ゼクト「くそ……なぜだ……あのときは、動けたのに……っ!」
──そう、前回のS級ダンジョン。
そこには、アキトがいた。
彼の背に、彼の言葉に、何度も勇気をもらった。
だが、今回は──いない。
その事実が、こんなにも恐怖を増幅させていた。
アメリア(鋭く叱咤して)
「情けないわね、あんたたち!」
鋭く、鋼のような声が響く。
アメリア「確かに、アイツはいないわよ。けどね──」
アメリア「アイツがいなきゃ何もできないってんなら、最初からS級なんて挑むな!」
アメリア「アキトは背中を預けられる存在だった。けどあんたたちは、支えられる側のままでいいの? ……違うでしょ?」
ノア(ぎゅっと拳を握り)
「……ちがう……! うちは……ここで立たな……!」
ソフィア(大きく深呼吸して)
「……やるしか、ないのよね。自分で立たなきゃ……!」
ゼクト(眉を下げて呟く)
「ふん……俺は“断影の刃”……恐れなど、断つだけだ……!」
アメリア(満足げに)
「よろしい」
エレナ(振り返り、微笑んで)
「じゃあ、皆さん──準備はいいかしら?」
ノア&ソフィア&ゼクト「──ああ!(うん!)(いける!)」
風が唸り、氷の魔女がゆっくりと立ち上がる。
その瞬間、空気が更に冷え込み、扉の内側の世界が──死の領域へと変わった。
エレナ「来るわ。油断しないで」
全員が武器を抜き、戦闘態勢を整える。
シヴァが静かに、片手を上げる。氷の魔力が周囲に渦を巻く。
エレナ「──《フレア・テンペスト》ッ!」
無詠唱で放たれた炎の嵐が、氷壁にぶつかり、爆ぜた。
ノア「《ラッキー☆アンコール!》! 運命の再演だああぁ〜ッ!!」
光が仲間を包み込み、バフがかかる
アメリア「よし、行くわよゼクト!」
ゼクト「応ッ!」
二人が、燃える床を踏みしめて、シヴァのもとへ突撃する!
─その刹那、シヴァが冷たい微笑みを浮かべた。
氷の魔女が指を鳴らすと、背後の巨大な氷柱が動いた。
それはまるで“召喚”のような動作だった。
氷の結界が閉ざされ、戦いの幕が上がる。
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