第2話《最強だけどやる気ゼロ、スローライフはじめました》
──デスゲームが始まって、数ヶ月が経った。
俺の名前は東雲アキト。
レベル999、スキル無詠唱、弾無限。
……なんかのバグですか?
最初のダンジョンでフロアボスをワンパンしてからというもの、俺はもう、戦うのがめんどくさくなってしまった。
今じゃ最初の街すら離れて、**《ハスロ村》**っていうド田舎の村でスローライフしてる。
「──ふぁあ。今日もいい天気だなあ……働く気ゼロだけど」
家畜小屋の干し草の上で寝転がり、今日も朝からゴロゴロする。
床が固いとか文句言わない。家賃ゼロ。むしろ感謝。
《ハスロ村》には広場や雑貨屋、それに魚のよく釣れる川もある。
俺の日課は──朝は釣り、昼は昼寝、夜は酒場で飲む。
なんて充実したダメ生活なんだろう。
ちなみにこの世界、一応ちゃんと通貨がある。
宿に泊まるにも、酒を飲むにも、道具を買うにも金は必要。
しかも【スタミナゲージ】ってのがあって、食事や睡眠をサボるとガンガン減っていく。
放っとくと死ぬらしい。……いや、何それ怖い。
「アキトくん、今日も元気そうだねえ。ウチの孫より健康そうだよ」
「そりゃ毎日ゴロゴロしてますからね、おばあちゃん」
この世界のNPC、やたらリアルだ。
会話に感情があるし、なんかもう完全に人間。
いやマジで。下手したら現実の知り合いより人間っぽい。
(これ、ほんとにゲームか……?)
まあ、細けえことはいいんだよ。
俺はこの世界で、なるべく何も考えずに生きていくと決めたんだ。
……そのうち誰かがクリアしてくれるだろ、多分
釣り竿を手にして、川へ向かう。
小屋から出た瞬間、思わずあくびがこぼれた。
「……戦わないデスゲームって、案外悪くないかもな」
そんな感じで、今日も俺のスローライフが始まる──。
──朝。今日も、平和だ。
「……さて、釣るか。今日は昼寝の前に一匹くらいは欲しいな」
村外れの川辺。釣り糸を垂らして、のんびり空を見上げる。
これぞ俺のスローライフ。
──そんな平穏を、ぶち壊す声が届いた。
「……ちょっと、あんた何やってんの?」
振り返った瞬間、朝日を背にした白金のポニーテールが揺れた。
白ローブ姿に、ツンとした顔。
(──あ、可愛いかも)
「釣り」
「見れば分かるわよ! てか、この世界で釣り!? あんた正気!?」
「デスゲームって釣り禁止だったっけ?」
「そんな規約あるわけないでしょ!!」
テンションの高い女が突っかかってきた。
まあ、嫌いじゃないタイプだ。
「はぁ……ほんっとに、のんきな人ね。あたしソフィア。ヒーラーよ」
「東雲アキト。ゲーム内ネームはザイオン。職業、自由人」
「自由人って何よ! それ無職の言い換えじゃない!」
「朝は釣り、昼は昼寝、夜は酒場で飲んでる」
「それただの怠け者じゃない!!」
「でも、ちゃんとスタミナ回復してるよ?」
「それがこの世界の“生存”の基準なの!?」
「……ちなみに、この村って食べないとガンガンスタミナ減ってくんだよね。死ぬかと思った、初日」
「ほんとこの世界、仕様が厳しい……って、話を逸らすなーっ!」
ソフィアが釣り竿を掴んで引っ張ろうとした──その瞬間。
「このっ、こんなもんで遊んで……うわっ!?」
足元の石に滑った。
──ドサッ!
空中でくるっと半回転したソフィアのスカートが、風を切ってめくれあがり……
「……白のレースか」
「──って、ちがっ、今のナシ!」
「……は?」
ソフィアの動きがピタリと止まる。
「今……なんて言った……?」
「いやいやいや、事故だから! 反射的に声が出ただけで、見るつもりは──」
「白か、って言ったよね?」
「ちょ、違っ、それはその、視認情報が脳を通って口に──」
「なに冷静に分析してんのよぉぉぉ!!」
ドガッ!
「なにパンツの色実況してんのよ!! 変態!!」
「だから事故だってば!!」
「バカーーーー!!!!!」
──釣り竿と俺の顔が一緒に地面にめり込んだ。
(……うん、やっぱりツンデレだなこれ)
(──はぁ……俺、ツンデレポニテ属性じゃねぇんだよな……)
「ちょっと、どこ行くのよ!?」
ソフィアが腕を組んで追いかけてくる。
「酒場。酒でも飲んでくる。お前のせいで釣りする気、完全に失せたわ」
「はあ!? 人のせいにすんな!! ……ま、しょうがないから付き合ってあげるわ」
──こうして、なぜかツンデレを引き連れて、俺は今日もハスロ村の酒場へと足を向けることになった。
──酒場
昼間なのに薄暗くて、空気はいつも酒と湿気と愚痴でできている。
俺は、昼の釣果を片手に、今日もいつもの定位置に腰を下ろしていた。
「で? ソフィアさんよ」
「なによ、改まって」
「この世界って……いま、どんな状況なの?」
俺の問いに、彼女はあからさまに眉をひそめた。
「……はあ? あんた、ほんっとに何も知らないのね」
「まあ、俺この数ヶ月、釣って寝て飲んでただけだし」
ソフィアは呆れたように大きくため息をつく。
「いまは、いわゆる“攻略組”が各地のダンジョンに挑んでるの」
「……攻略組?」
俺が首を傾げると、ソフィアはグラスを片手に説明を始めた。
「簡単に言えば、この世界から脱出するために動いてるプレイヤーたちのことよ。
ダンジョンの奥に“出口”があるかもしれないって噂されてるから」
「へぇ……はいはい、どうせ“選ばれし主人公様”が仲間集めて世界を救うんだろ?」
「……なにその偏見」
「うわ、ますますフラグ臭ぇ……絶対途中で裏切るやつ出るって」
「真面目に聞きなさいっての。いま、この世界で一番注目されてるのが、その“攻略組”のトップ三ギルドなの」
ソフィアは指を三本立てる。
「一つ目、《白鷹》──正統派剣士ギルド。団長は“鷹羽 誠士郎”っていう、爽やかすぎて逆に怖いイケメン」
「うさんくせぇ……」
「二つ目、《天哭》──戦術重視の防御系ギルド。団長は“轟 烈”。ゴリゴリのタンク。見た目だけで威圧感MAX」
「名前も圧すごいな……“烈”って。絶対HP盛ってるだろ」
(あるいは)
「そのうち“轟! 烈! 爆!”とか叫びながら突っ込んできそう」
「三つ目、《神楽の紡》──魔導士中心の遠距離支援ギルド。団長は“神無月エレナ”。
知的で冷静、でもああ見えて結構エグい魔法を使う」
「ふーん……で、その3人がいま“最前線”で活躍中と」
「そういうこと。あんたみたいに家畜小屋で昼寝してるプレイヤーとは違ってね」
「……ってかさ、お前はなんでそんなに詳しいんだよ。ていうか、なんでこんな片田舎の村にいるんだよ?」
「……別に、あたしだって色々あったのよ」
ソフィアはグラスをくるくる回しながら、どこか遠い目をした。
「……もとは《白百合団》ってギルドにいたんだけど……なんか、ちょっと空気が合わなかったっていうか……今はソロ」
「へぇ……追放された感じ?」
「だ、誰もそんなこと言ってないでしょ! ──あんたほんとデリカシーないわね!!」
「お、ツンデレポイント加算だな」
「うるさい!」
空になったグラスをカウンターに置きながら、ソフィアはそっぽを向いた。
(……やっぱりツンデレってめんどくせぇ)
(──でもまぁ、多少は暇つぶしにはなるか)
「──おい、ちょっと待て。あんた、“ザイオン”って名前じゃねぇか?」
唐突に隣のテーブルから声が飛んできた。
「……は?」
顔を上げると、やたら人懐っこそうな青年がこっちを指差していた。
「やっぱそうだ! 俺、最初のダンジョンいたんだよ! あのとき、みんなでビビりながら進んでてさ……いよいよフロアボス戦って時に、あんたが銃ぶっ放して──」
「……」
「ボス、一撃で木っ端みじん! あれ見た瞬間、全員ポカーンだったよな!」
周囲のテーブルからも、「あーいたいた!」「やばかったよなアレ」と、声が上がり始める。
「しかもさ、あのあと掲示板で“銃の怪物ザイオン”とか、“チートの象徴”って書かれてて──今じゃ“始まりのバグプレイヤー”って呼ばれてるぞ!」
「……いやいやいや、やめろ。そんな異名、アニメの主人公しか喜ばねぇよ」
俺はグラスを置いて、深くため息をついた。
「マジで勘弁してくれ。やる気なくして引きこもってんのに、伝説扱いされるとか……最悪だわ」
「で、なんでそんな強いやつが、こんな村で釣りしてんだよ」
「……逆に聞くけど、なんでお前はわざわざ俺に話しかけてきた?」
「いや、だって気になるじゃん!? 伝説のチーターが目の前にいたらそりゃ話すって!」
「伝説じゃなくて、ただのやる気ゼロの一般人な。つーか俺、この世界で戦う気ないし」
「え、うそ……マジで?」
「マジで。俺はもうこの村で、釣って、昼寝して、酒飲んで、また釣って……を繰り返すスローライフを満喫してるんだよ」
「いやいや、世界の命運かかってるのに!? 何やってんの!?」
「知るか。世界より、俺のスタミナゲージの方が大事だ」
そう言って、俺は再びグラスを傾けた。
──ソフィアが呆れたように笑う。
「……あんた、ほんっとにしょうもないね」
(……まあ、そう思われても仕方ないか)
だが、静かで、くだらなくて、居心地のいい日常。
それが、俺にとっての“救い”だった。
《次回》
『現る、漆黒の使徒──その名は“ゼクト”?』
村の外れに、全身黒ずくめの中二病が爆誕!?
「我が影が蠢く時、運命の輪が回り始める……」
……って、えぇ……誰だよお前。
「っていうか、それ誰に言ってんのよ!」
──ソフィアの鋭いツッコミが冴え渡る!