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第19話《氷鎧蟲の群れを越えて》


進んでも進んでも、景色が変わらない。


 氷に閉ざされた通路は、左右対称のように並ぶ白銀の柱と、どこまでも続く“鏡のような床”。ただでさえ方向感覚が狂いやすい環境に、天井から垂れ下がる氷柱や、きらきらと舞い落ちる霜が、幻想的な風景を演出していた。


 ……が。


 アキトは内心、絶賛キレ散らかし中だった。


「どっち行っても同じとか、マジでバグだろこれ……!」


 どこかの通路の奥に、うっすらと影が見えた。


 ──ジャリッ。


 霜を踏みつけるような、甲高い音。金属のような外殻に覆われた、カマキリ型の異形。それが、ひときわ鋭く冷えた空気を引き連れて現れた。


「……虫かよ。しかもキラッキラの」


 現れたのは《氷鎧蟲アイス・スケイル》──外殻を氷でコーティングした大型の虫型モンスター。片腕は巨大な鎌状、もう片方は氷を纏った突撃槍のようになっている。


 しかも、1匹だけじゃなかった。


 奥の通路から、カサカサと這い出す同種が次々と現れる。10体……いや、15体以上か。


「うわー……これ完全にモンスターハウスじゃん。なんで俺だけこんなの踏み抜いてんだよ……」


 だがアキトは、ため息を吐きながらも懐に手を伸ばす。


 ──チャキッ。


 腰から銀の銃を引き抜いた。冷たい光を反射するその銃口が、目の前のモンスターへとゆっくり向けられる。


「ま、いいや。どうせ誰も見てないし──ちょっと撃ってストレス解消してやるか」


 引き金を引く音とともに、銃口から雷鳴のような炸裂音が轟く。


 《パンッ!》


 一発で《氷鎧蟲》の頭部が吹き飛んだ。氷の外殻が粉々に砕け、残骸が床にバラバラと転がる。


「──よし、1匹目。まだまだだな」


 だが次の瞬間、群れが一斉に動き出した。


 シャアアアアアアアア──!!


 冷気を纏い、通路の天井・壁・床を這い回るように襲いかかってくる鎧蟲たち。アキトは冷静に、その場で後方へ跳躍し──


「まずは削る!」


 再び引き金を連打する。


 《パン! パン! パンッ!》


 弾丸が正確に弱点を撃ち抜き、2体、3体と氷の鎧が砕け散っていく。


 そして──


 「次……こいつらまとめて──引き寄せる!」


 アキトは壁に背をつけたまま、誘い込むように敵を狭いルートへ導いた。


 ──ドドドドド!


 群れが束になって迫ってくるタイミングで、再び銃を構え──


「──撃ち抜け、全部!」


 《バンッ!!》


 至近距離、反動をも無視して撃ち込まれた一撃は、狭い通路を塞ぐように展開された《氷鎧蟲》の隊列を一掃した。


 ──シン……と静まり返る迷宮。


「……ふう。ま、こんなもんか」


 アキトは息を整え、周囲の残骸を確認する。


「……スキル、使わなくても、案外なんとかなるな。というか、俺、チートすぎだわ」


 誰もいない通路に、ひとりで自画自賛する声が響いた。


 その背後──


 小さな音を立てて、新たな通路の扉が開く。だがその先は、さらに暗く、冷たい気配に満ちていた。


「……冗談だよ、冗談。こっからが本番なんでしょ……?」


 軽口を叩きながら、アキトはゆっくりと足を踏み入れる。


 ──迷宮の5層、まだその深部にすら到達していない。





─迷宮第3層、北側ルート。


エレナ「ここからは、私たち《神楽のかぐらのつむぎ》が先行するわ。後続は足場に気をつけてついてきて」


アメリア「──さあ、行くわよ。油断してたら置いてくからね!」


 氷でできた回廊を、赤髪の剣士が先陣を切って駆け抜ける。その背に続くのは、ソフィア、ゼクト、ノアの三人──だが。


ゼクト「ぬう……滑る。氷結床、しかも“圧縮型”か。これは……!」


 アメリアに続いて数歩進んだ瞬間、ゼクトが華麗に──否、無様にすっ転んだ。


ノア「うわっ、ゼクトくんスケートリンクの妖精みたいやで!」


ゼクト「誰が妖精だッ!? 恥を晒すな、我が脚よ……ッ!」


 ツルッと滑ったまま器用に一回転し、壁に頭をぶつけて停止。氷の床が嫌らしく輝いていた。


ソフィア「ゼクト、しっかりしなさい。これくらい予測できなきゃ、何が“影刃士”よ」


ゼクト「む、無念……!」


アメリア「ほらほら、そこのポンコツ三人組! 慎重にって言ったでしょ!? ほら、ギルドの皆もちゃんと進んでるわよ」


 振り返ったアメリアが、仲間たちに合図する。彼女の後ろには、同じ《神楽の紡》のメンバーたち──精鋭の冒険者たちが無言で足を運び、地形の情報を細かく共有し合っていた。


ソフィア「……やっぱ、すごいわね。《神楽の紡》って」


ノア「うん。ウチらだけやったら、もう3回くらいゲームオーバーしてる未来しか見えへん」


ゼクト「む……くやしいが、同意せざるを得ん……」



エレナ「次の第4層は、少し地形が複雑になるわ。でも──敵の出現は極端に少ないって報告があるの。安全区域……いわゆる“セーフティゾーン”がある層ね。ここで一息入れるのが賢明かもしれないわ」


ゼクト「ふむ……敵が出ないとなると、俺の《影刃・乱月舞》も使う機会がないか……」


 ゼクトが顎に手を当ててうなずくと、ソフィアがため息をついた。


ソフィア「……名前だけはいつ聞いても中二病全開ね」


ゼクト「黙れ光属性。貴様は回復だけしていろ」


ソフィア「はあ!? やる気なくすセリフ堂々と吐かないでくれる!?」


ノア「はーい、はーい、喧嘩は後でねー! 戦闘中にやってよ!」


ゼクト&ソフィア「やらねぇよ!!」


 ツッコミが重なり、思わず吹き出すエレナ。


 その空気が一瞬だけ、少しだけ緩む。



ノア「……でも、ほんとに大丈夫かな。アキトくん、迷子になってないかな?」


 それに対し、ソフィアがわざとらしく顔を背けながら言う。


ソフィア「べ、別に心配してるわけじゃないけど……あいつがいないと、空気がズレるのよ。ほら、アホのツッコミ役がいないと、ノアとゼクトのボケが野放しで……って、何言わせるのよ私っ!」


ノア「いや普通に照れてるじゃんそれ」


 ノアがニヤニヤ顔でツッコむと、ソフィアの顔が真っ赤になった。


ソフィア「してない!! してないから!!」


 ──だが。


 軽口の裏には、確かな不安もあった。


 この先の階層は、想像以上に厳しい。アキトがどこでどうなっているかは分からない。


 けれど。


エレナ「アキトくんは……きっと大丈夫よ」


 その声には、妙な説得力があった。


 まるで、彼を信じることに、一切の迷いがないかのように。


 ──だから、私たちは進む。


 その先に、彼がいても。いなくても。


 たとえボス戦に間に合わなくたって─





 白銀の通路を、静かに足音が進んでいく。


 迷宮《凍哭の奈落》。その第3層を無事に抜け、エレナたちは第4層への上昇階段を登っていた。


アメリア「階段長いわね……こういうところで落とし穴とか出してこないだけマシだけど」


エレナ「ええ、でも一応は警戒を──」


 言いかけて、エレナはぴたりと立ち止まった。先の空間が、ほんのわずかに開けているのを感じ取ったからだ。


エレナ「ここね……この先が第4層よ」


 階段を登りきったその先は、確かに今までと違う空気が漂っていた。


 迷宮の圧迫感──それが、ほんの少しだけ薄れている。


 通路の幅が広がり、両壁に施された氷の装飾が、美しくも穏やかな光を放っていた。戦闘区域のような殺気もなく、敵の気配も皆無。どこか、ひんやりとした静けさに包まれている。


アメリア「──ここが“セーフティゾーン”ってやつ?」


エレナ「ええ。報告によれば、第4層には数か所、こうした休息地があるそうよ。おそらくダンジョン管理AIが“意図的に”設けているのだと思うわ」


ソフィア「ふぅ……ようやく休めるわね。さすがに足も冷えてきたし」


ノア「足っていうか、アタシは顔まで凍りそうだったよ〜。もう完全に冷凍ギターになってたし」


ゼクト「……ギターも音痴なら、冷えても関係ないのでは?」


ノア「ゼクトくん!? さらっと失礼なこと言った!?」


 慌ただしいやり取りに、アメリアが肩をすくめる。


アメリア「いいじゃない、こういう場所なんだから。騒げるくらいがちょうどいいわ」


 彼女の視線が、ふと後方に向けられる。


アメリア「……で、アキトは1人で大丈夫かしら」



ゼクト「あいつ……自力で突破してくるつもりか?」


ソフィア「あいつなら……普通にやりそうなのが怖い」


 軽く溜息を吐きながらも、どこか信頼を感じさせる言葉がぽつぽつと交わされていく。


 その一言一言が、どこか温かかった。


 そんな空気を感じ取ったのか、エレナがふっと微笑んで振り返る。


エレナ「……ここで、一息つきましょう。回復も補給も、この場所で整えておきたいわ」


 その声に、全員がこくりとうなずいた。


 氷に囲まれたセーフティゾーン──だがそこに広がるのは、ほんのひとときの静寂と、仲間との安らぎだった。



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