第17話 《凍哭の奈落、鍋とツララと死線と》
洞窟内──。
湿った空気と石の天井に、ふわりと立ち上る湯気の香りが漂う。
エレナ「ふぅ……ようやく温まってきたわね。じゃあ、今のうちに夕食の準備をしましょうか」
そう言うと、彼女は手元にウィンドウを展開し、スッと指先を滑らせる。
アキト「うお、なんか今さらっと“冷蔵庫”開けるみたいにメニュー出したぞ……」
エレナ「はい、これが鍋セットと……野菜に肉、あとは出汁の素材ね」
(光の粒子が集まり、鍋と具材が次々と具現化されていく)
ノア「うわぁ〜〜〜便利すぎやん! まさかキャンプ中に鍋食えるとは思わんかったで!」
ゼクト「文明の力……否、スキルの恩恵か」
ギルドメンバー「エレナさんの鍋、ほんとにうまいんすよね〜。マジで飯テロ級っす」
ギルドメンバー「料理スキル、MAXらしいっすよ!」
アキト「料理スキル? そんなもんまであるのかこの世界……」
アメリア「……貴様、この世界に料理スキルの存在すら知らなんだのか?」
アキト「いや知るわけねえだろ!? 俺、戦って寝て飲んでるだけでここまで来たんだよ!?」
アメリア「この世界には“鍛冶スキル”のほかにも、様々な生活系スキルが存在しておる。知っていて損はないぞ」
ノア「で、アメリアは? 料理できるん?」
アメリア「わ、私は……い、一向にスキル熟練度が上がらんのだ……っ」
(もごもごしながら赤面する)
ソフィア「まーた顔赤くしてる」
ゼクト「……今回は何味の羞恥だ?」
アキト「たぶん“トマトベース”だな。顔の色的に」
ノア「ぜったい鍋より赤いわ」
エレナ「いいからさっさと食べなさい! 冷めるわよ!」
アキト「へいへいっと……うお、めっちゃうまっ!? なにこれ……鍋なのに、レベル違うんだけど……!」
ノア「……あかん、これは“帰れなくなる味”や……」
ゼクト「いやまだ旅の途中だろうが」
(洞窟に、ぽかぽかとした笑いと鍋の湯気が広がる)
⸻
エレナ「……みんな、食べたわね? それじゃあ、明日に備えて寝ましょう」
(各自、寝床を整え始める)
(アキト、毛布にくるまりながら内心)
アキト(……ん? 待てよ?)
アキト(ゼクト除いたら、ここ……女子率エグくね?)
アキト(エレナ、ソフィア、ノア、アメリア……って、俺以外ほぼヒロイン構成じゃねーか!?)
アキト(え、これもう──吹雪の中で「寒いから……一緒に寝てもいい?」とか、言われる未来ある!?)
アキト(いや……もしかしてこの旅、ラブコメルート入ってる説──)
(ノア、いきなり布団から音程外れた鼻歌)
ノア「ふふ~ん♪ アキトが〜、ね〜て〜る〜♪」
アキト「…………いや、ねぇな」
(バサァッと毛布をかぶりなおす)
──翌朝。洞窟内、ほんのりと火のぬくもりが残る頃。
(アキトが寝ぼけ眼で起き上がる)
アキト「……ふあぁ、寒……。全然ラブコメなんて起きなかったぞ昨日……」
(隣で寝言を言ってるノア)
ノア「ふへへ……にくまん……五個……」
アキト「夢の中で飯テロやめろ」
(洞窟の外。雪は止んでいる)
エレナ「天候は回復したわね。──それじゃあ、出発しましょう」
(全員が毛皮コートを整え、外へ)
ソフィア「……やっぱ寒っ。昨日より風が冷たくない?」
ゼクト「体感マイナス15度。肌が痛い」
ノア「マジでカチンコチンやで……いま誰か投げたら氷像になる自信ある」
アメリア「ふふ、気合いで耐えるのよ。我らの敵は、気温ごときではないッ!」
アキト「だからその“木片くわえポーズ”やめろって。口の横に霜ついてっからな」
(10分後──)
ノア「無理! 気合いじゃ無理やってこれ!」
アキト「はい、無理だったー!!」
ソフィア「ほら見なさい、最初から言ってたでしょ!? 装備の性能が命よ!」
(ゼクトが片手を上げる)
ゼクト「──見えてきた」
(丘の先に立つ“巨大な氷の裂け目”が視界に現れる)
アメリア「……あれが《凍哭の奈落》。伝承では“氷の魔女シヴァ”が封じられた場所と言われているわ」
エレナ「長い旅路だったけど、ここが目的地よ」
(画面にシステム通知)
⸻
《システム通知:目的地ダンジョン《凍哭の奈落》に到達しました》
《状態異常耐性装備の着用を確認──推奨:氷結・鈍足・凍傷》
⸻
アキト「おいおいおい、なんか嫌な単語並んでない?」
ゼクト「まさに“状態異常オールスター”……ここまで来ると逆にワクワクしてくる」
ノア「してこんわ!! 凍傷って指先からやられるやつやん!! うちのギター弾かれへんなるやん!!」
アメリア「む、音痴が直るかもしれんぞ?」
ノア「誰が音痴や!!」
アキト「俺だって言ってねえのに自白したな……」
(ソフィア、笑いながら)
ソフィア「もう、入る前から体力削られてるじゃないの……」
(エレナが深く息を吸って)
エレナ「じゃあ、行きましょう。──《氷の魔女シヴァ》を討ちに」
(パーティは、ダンジョン《凍哭の奈落》の入り口へと歩みを進めた──)
《凍哭の奈落》──凍てついた第一層
《システム通知:S級ダンジョン《凍哭の奈落》に突入しました》
全員、小さく息を呑んだ。
そして──
足を踏み入れた、その瞬間。
──ギィィィン……!
氷の地面を踏む音が、異様なほどに反響した。
内部は一面の氷。壁も天井も床も、全てが透き通った青と白の結晶体で覆われている。
ゼクト「……視界が、思ったより悪いな。光の反射が強すぎる」
ソフィア「足元、めちゃくちゃ滑る……。バトルどころじゃないんだけど」
アキト「氷のスケートリンクに敵が出てくるダンジョン設計したやつ、今すぐ正座で反省会しろ」
ノア「てか寒っ!? 洞窟より寒いやん!? ここ気温設定マイナス何度やねん!?」
アメリア「ふっ……この程度の寒さ、気合いで──ひゃっ!? さ、寒っ!? 耳が取れるぅ……!」
エレナ「戦闘の前に、装備の耐寒性を確認して。フロアによっては、気温がさらに下がるわ」
アキト「このまま下がったら、そのうち体温もステータス扱いになるんじゃねぇの……?」
(システムウィンドウ表示)
《氷属性フィールド効果:移動速度 -10%/反応速度 -5%》
ノア「うわああ、なんかデバフ入ってるー! 地味に嫌なやつや!」
ゼクト「動きが鈍る上に、敵の攻撃だけはいつも通り……これは厄介だ」
ソフィア「……アキト、スライディングで移動してるんだけど?」
アキト「滑るなら、滑らせてもらおうかなって」
アメリア「バカな……今の動き、妙に様になっていたぞ……!」
ノア「逆に腹立つなその適応力!」
(数分後──)
前方にうごめく影。
エレナ「……来たわよ。モンスターね。氷牙狼」
青白い毛並みの狼が、地を滑るようにこちらへ迫ってくる。
目が合った瞬間、背筋に冷気が走る。
アキト「やっぱ出るんかい。はい来ました、第一層名物・早速出てくる強敵~」
ノア「ちょっ、あいつめっちゃ爪鋭い! てか氷纏ってるやん!?」
ゼクト「落ち着け、まずは一体ずつ……!」
エレナ「全員、陣形を崩さず対応して。これはあくまで“前座”よ」
アキト「……いやちょっと待て、まずは周囲の環境を活用するべきだ」
(しゃがみこみ、足元の氷を見つめるアキト)
ソフィア「何してんのよ、あんた!」
アキト「……ふっ。こういうのはな、セオリーに囚われたやつが最初にやられるんだよ」
ノア「ちょ、かっこつけてる場合ちゃうで!!」
アキト「──見ろ、この“つらら”。落ちてたんだよなぁ、ちょうどいいのが」
(※地面に転がっていたでかいつららを拾う)
ゼクト「おい、それを武器にする気か!? 氷牙狼は攻撃スピードが──」
アキト「投げるッ!!」
(ブンッッッ!)
(ドゴォ!!)
(氷牙狼、つらら直撃で即死)
全員「…………え?」
(氷牙狼、ぷしゅぅぅと白煙あげて爆発)
ノア「うそやろ!?」
ソフィア「ちょ、え、何今の!? 一撃じゃん!」
ゼクト「……俺の解析スキルが、戦う前に“戦闘終了”を表示したぞ……?」
アメリア「いやいやいやいや、あの距離からつららを投げて、一撃で倒すなど……!」
アキト「環境利用は、立派な戦術です(どや顔)」
ノア「ドヤ顔うっざ! むっちゃうっざ!!」
エレナ「……(真顔)この人、予想以上に……不確定要素だわ……」
──《凍哭の奈落》、一層目にしてこのノリ。
まるでギャグと死線が交差する、
“デスゲーム・バラエティ”の開幕だった──。