第16話《鼻毛も凍る極寒ダンジョン、出発》
ハスロ村、酒場。
エレナ「……じゃあ、改めて説明するわね」
エレナ「クエスト名は──《氷の魔女シヴァ》。
ダンジョンの正式名称は《凍哭の奈落》。
凍土の奥に潜む魔女を討伐する、最高難度の討伐任務よ」
アキト「名前からして寒そうなんだけど。もっとこう……《桃源郷の温泉郷》とかじゃダメだった?」
ノア「それはただの観光地や!」
ゼクト「S級の名を冠する以上、当然温泉なんか出ないだろうな……」
エレナ「黙って聞きなさい。──このダンジョンは、あなたたちが倒した《ヴェルグラーデ》の倍以上の難易度とされているわ」
アキト「ええ~……倍って、ドラゴン二体分ってこと? 俺そろそろMPより精神力が先に尽きそうなんだけど……」
エレナ「しかも、出現するのは“氷”属性のモンスター群。極寒の気候と氷結地形の中での長期戦が予想される」
ゼクト「属性対策が必須か……支援職の負担が増えるな」
ソフィア「そのための、私ってわけね」
アキト「いや、たぶん違うと思うぞ? なんならエレナさん、最初からお前のこと眼中にない顔してたし」
ソフィア「はあああ!?!? ってかあんた何でそんな余計なこと言うのよ!」
ノア「まあまあ、うちらが支え合っていかんとあかん場面やろ?」
アキト「うん、でもお前の歌声だけは誰も支えられねぇからな?」
ノア「ひどっ!? ……え、でもアタシの歌、ちゃんと心には響いてるってゼクトが言ってたで?」
ゼクト「“音程が迷子すぎて逆に印象に残る”って意味だ」
ノア「それ褒めてへんやつやーん!?」
アキト「で、場所は? まさかここから徒歩じゃねぇだろな」
エレナ「もちろん違うわ。三日後、“ブレイザ街”の北にある門に集合。
私たちのギルドも同行する予定だから、そのとき正式に合流しましょう」
ゼクト「ブレイザ街か……あそこ、宿の飯が激マズなんだよな」
ノア「あと地味に高いしな。物価がダンジョン並みやで」
アキト「結論:行きたくねぇ……」
ソフィア「──でも、行くんでしょ? なんだかんだで」
アキト「……行くよ。行くけど……どうせ行くなら温泉街とかにしてほしかった……」
ノア「温泉回はよ!」
ゼクト「まだだ。温泉は“苦戦後のご褒美”で来るもんだ」
エレナ「あなたたち、ほんと緊張感ないわね……」
アキト「それがウチの通常運転ですから」
──こうして、“最凶の氷魔女”討伐という重大任務は、
いつも通りのノリとギャグで幕を開けるのだった──。
──三日後、ハスロ村・転移結晶前。
アキト「……よし、準備は万端。じゃあ、行くか」
ソフィア「いざ、地獄の極寒ツアーへ……って感じね」
ノア「毛布持った~? ホッカイロ的なのないん~?」
ゼクト「文句言うなら、せめて凍ってからにしてくれ。……転送、始めるぞ」
──淡い光が辺りを包み込み、視界がぐにゃりと歪む。
数秒後、彼らが立っていたのは、ブレイザ街の転移広場だった。
アキト「……さっっっむッ!? なにこの空気!? 鼻毛凍るわ!!」
ソフィア「うわ、なにこの風!? 痛い! これ風じゃなくて氷の刃じゃない!?」
ノア「さむっ……さむっ……てか服が全然あかんやつやこれ……!」
ゼクト「……この気温、まともに戦ったら指がもげるな」
──街は真っ白な霧と雪に包まれ、石造りの屋根に氷柱がびっしり。
見上げた先には、雪雲に覆われた空。
吹き抜ける風が、骨の芯まで冷やしてくる。
アキト「とりあえず……防寒具屋に行くぞ。死ぬ前に」
ソフィア「当然でしょ。あたしこのままじゃ絶対凍死する……!」
ノア「うち、モコモコのやつ欲しい! 耳当てもついたやつ!!」
ゼクト「現地調達で装備が増える……こういうイベント、嫌いじゃない」
──数十分後。
4人は全員、毛皮と防寒素材でできたもこもこ装備に身を包んでいた。
アキト「おい、俺だけやたらダサくないかこれ……?」
ノア「ええやん! あったかさは正義やで! それにその耳当て、ちょっとウサギみたいやし!」
アキト「やめろやめろ!! 勇者の尊厳がウサ耳で吹き飛ぶだろうが!」
ソフィア「まあ……似合ってなくもない、けど……フッ、プッ……」
ゼクト「無言で爆笑するのやめてやれ……」
──そんな茶番を挟みながら、一行は集合場所である北門へと向かう。
エレナ「遅いわよ。何してたの?」
アキト「氷点下ファッションショー。なんか俺だけバッドセンス出された気がすんだけど」
エレナ「……まあ、その格好なら多少は耐えられそうね」
ソフィア「うん、耐えられそうというか、アキトのはもう耐えしのぶって感じだけどね」
アキト「今日ツッコミ疲れで死ぬんじゃねぇかな俺……」
エレナ「──ここからは歩きになるわ。目的地まではまだ距離があるから、準備運動のつもりでね」
アキト「歩き!? この吹雪の中を!? いまこの瞬間だけレイドボス級の絶望感じてるんだが……」
エレナ「大丈夫よ。今回はウチのギルド《神楽の紡》の精鋭部隊も同行するわ」
(後方に控えるギルドメンバーたちが軽く一礼)
エレナ「──そして彼女が副団長、アメリア・ヴァレンタイン」
風を受けて赤いポニーテールがなびく中、堂々と登場したのは、やたらキメ顔をしている女性。
口には、明らかにタバコっぽい何か──いや、よく見るとただの木の枝。
アキト「……なあ、あいつこのゲーム世界でタバコ吸ってない?」
ゼクト「いや、あれ──木の枝だな。なんか細工してるだけだ。タバコ“風”」
ノア「えっ、なんでそんなことする必要あるん? えっ……アレが……カッコいいと思ってんの!?」
アメリア「…………っ!? か、かっこいいっていうか……ほら、そういう雰囲気作りというか……空気感的な……その……」
ソフィア「やめなさいって。見て、顔、真っ赤になってるわよ」
アキト「お前らやめとけって……でもまあ、みんな思ってることではある」
ノア「アハハハ! うわー、照れてる照れてる! ほっぺ赤すぎて、リンゴみたいやん!」
ゼクト「むしろ、最初に“かっこつける努力してる人”って言ってくれたほうが高感度高かったまであるな」
アメリア「う、うるさいっ……!! もう喋らないわよ、今日……っ!」
アキト「……わかった。これは絶対、今後いじられ続けるパターンだわ」
ソフィア「完全に“おいしいポジション”じゃない」
ノア「アメリアさん、これから毎回登場するたびに木くわえててな?」
アメリア「絶対にやらないわよ!!!」
──《凍哭の奈落》へ向かう、雪原の一本道。
先頭を歩くのは、当然ながらノリの軽い最前線メンバーたち。
その後ろには、寡黙で真面目そうな《神楽の紡》のギルド員たちが静かに練り歩いている。
アキト「いや多すぎだろ人数……何この隊列、普通に遠足じゃね?」
ノア「お弁当タイムはどこや!? アタシ、玉子焼きと愛のサンドイッチ持ってきたで!」
ゼクト「待て。何が“愛”だ。お前、今朝コンビニ行ってただろう」
ノア「ちがう! これはアメリアさんへの愛を込めたラブ・ブレッドや!」
アメリア「……もしかしてさっきの、カバンの中で潰れてたパン……?」
ノア「言うなーーッ! カッコつけが一気に崩れたやんか!」
アキト「いやカッコつけるどころか、お前のそれ“潰れしめじ”みたいになってたからな?」
ノア「誰がしめじやねん!!」
ソフィア「ていうか、さっきから寒さが尋常じゃないんだけど……何これ。皮膚が刺さってくる……」
アキト「俺なんか、さっきから鼻が完全に“物理的に消失”した感覚あるんだけど。今もげてたらどうしよう」
ゼクト「それはそれで、“鼻なしの射手”として伝説になれるな」
ノア「めっちゃ語呂ええやん……異名もらえるやつや!」
アキト「やだそんな伝説。語り継がれたくねぇ」
アメリア「……ふ、寒さがどうした。気合いで吹き飛ばせばいいのよ」
アキト「……じゃあ、その気合いってやつを信じてやるよ」
アメリア「……え?」
アキト「服、全部脱いでみろ。素っ裸で突っ走れたら、俺、心からその精神に敬意を払う」
アメリア「はあああっ!?!?」
ノア「それ気合い通り越して変態やろ!? “信念”って言葉、いま泣いてるで!?」
ゼクト「だが……気合いで防寒を超えるというのは、確かに中二の極地かもしれない……」
アメリア「誰がやるかぁぁああッ!!」
ソフィア「やめなさいよ変態! セクハラで捕まるわよ!」
アキト「いや、俺が言っただけで捕まるんかよ!? ギルドに“言葉で脱がせようとした疑惑”で報告されるんか!?」
ノア「記録残るやつやな、それ。“容疑:気合い確認による服剥ぎ強要”」
アメリア「もうやだこのPT……」
ギルド員たち(後方)「(副団長、いつもの威厳どこいった……)」
ノア「うぇえぇ……足が……足が動かへん……ってか、もう画面に“スタミナ低下警告”出とるやん……」
アキト「うん、俺の視界にも出たわ。ほら──」
《スタミナゲージ:残り 9%》
ゼクト「俺もだ……“雪上移動デバフ+極寒”で減少倍率1.5倍……くっ、運営の調整担当出てこい」
ソフィア「うわ、ちょっと待って! 私、ヒーラーのくせにスタミナ切れってどうなの!? ほら! 回復アイコン点滅してるし!!」
アメリア「……ふ、寒さがどうした。気合いで吹き飛ばせばいいのよ」
アキト「じゃーその毛皮の服も温暖耐性装備も全部脱いでみろよ。そしたら信じてやるからさ?」
ソフィア「ちょっと!? やめなさいよ変態! この世界でもセクハラで捕まるわよ!」
ノア「ギルド内通報システム、ポチーしたろか?」
アキト「いやいや! 信じたいだけだったのに俺がバンされるのおかしくない!?」
(そのとき)
エレナ「──ストップ」
アキト「お、セクハラ止め……って、違う?」
吹雪の中、岩壁にぽっかりと口を開けた洞窟)
エレナ「天然のものね。風も防げそう。中の温度も安定してるわ。……この先はまだ長い。ここで一度、休憩を入れましょう」
ソフィア「助かった……もう限界……手、真っ赤なんだけど……」
ノア「冷たすぎて感覚ゼロやで。これもうアイスやん、手ぇアイスになってるやん……」
アキト「寒いとかじゃなくて、痛いのよな……」
ゼクト「凍傷寸前。入ろう。まともな判断力があるうちに」
(各自、凍えた体で洞窟に駆け込む)
──こうして一行は、命懸けの討伐任務の最中にしては、やけに人間味のある“冬キャンプ”をスタートさせるのだった。