第15話 《スローライフに、強制遠征のお知らせ》
──とある砦の作戦室。
攻略ギルド《白鷹》の拠点施設内、その中心部にある重厚な作戦会議室。
誠士郎「現在、各地のダンジョンは、我々三ギルドが中心となって攻略を進めている」
机上には、各地ダンジョンのマッピング報告。
数多の印が、すでに“クリア済み”として塗り潰されていた。
誠士郎「B級・C級ダンジョンについては、ほとんどが片付いている。
残るはA級のいくつか、そして……S級だ」
裂「S級ダンジョンは、各地に七つ。
現在までに、我々がクリアしたのは、たったの一つだけ……」
エレナ「攻略は想像以上に難航しているわね。
報酬も破格だけど、その分、犠牲も大きい」
裂「……このままでは、最終目標である“99層ダンジョン”の扉は開かない。
条件は“すべてのS級ダンジョンの踏破”だ。猶予はない」
誠士郎「その中で──新たな報告が入った」
二人の視線が、誠士郎に向けられる。
誠士郎「……S級ダンジョン《ヴェルグラーデの湖》が、攻略された」
エレナ「……何ですって?」
裂「……我々以外に、S級を?」
誠士郎「ああ。クリアしたのは、ZION──そして彼の仲間たち」
誠士郎「だが、報告を読む限り……実質、ZIONひとりの力によるものと判断されている」
エレナ「……“ザイオン”?」
裂「……聞いた名だ。だが、それほどの実力があるとは思えなかった」
誠士郎「俺は彼に会った。直接、話もした」
誠士郎「──が、まったくやる気がなかった。“スローライフを楽しむ”とか言ってたよ。
焚き火で魚を焼きながらな」
エレナ「……ふざけてるわね」
裂「……命を賭けたこの世界で、その姿勢は異常だ」
誠士郎「だが、事実として──あの蒼哭竜を倒したのは彼だ。
力は本物だと認めざるを得ない」
裂「……仮に、我々がいずれ挑む他のS級ダンジョンに彼を同行させれば、
突破できる可能性は高まる」
誠士郎「本来なら我々が動きたいところだが、
他のS級攻略とタイミングが被っている。戦力は割けない」
エレナ「…………」
エレナが椅子を引いて立ち上がる。
エレナ「いいわ。私が彼を説得する。その未攻略のS級ダンジョン……任せてちょうだい」
裂「……成功を」
誠士郎「無理はするな。彼は、あらゆる意味で“普通じゃない”」
──三人の関係は、良くも悪くもない。
ただ、“このゲームを終わらせる”という一点でのみ、足並みが揃っていた。
──ハスロ村・昼。
のどかで退屈な風が、今日ものんびりと吹いていた。
アキトは、あくびを噛み殺しながら、馴染みの酒場へと向かっていた。
アキト(……ソフィア、そろそろ許してくれてるかな)
アキト(てか、あれ完全に事故だし……な? 俺悪くねぇよな? な?)
そんな言い訳を心の中で繰り返していたときだった。
??「──あなたが、“ZION”ね?」
ぴたり、と足が止まる。
知らない女の声。だが、はっきりと名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには──
見覚えのない女が、静かに立っていた。
鋭さと知性を帯びた瞳。
そして、その立ち姿から伝わってくる只者じゃない空気。
アキト「……誰?」
??「私は神無月エレナ。《神楽の紡》の団長よ」
アキト「ギルドの……?」
エレナ「ええ。そして、あなたにお願いがあるの」
アキト「──うわぁ……すっげぇ嫌な予感しかしないんだけど……」
テーブル越しに向かい合うアキトと神無月エレナ。
静かな空気。──だが、アキトの顔には明らかに“察し”が浮かんでいた。
エレナ「改めて──」
アキト「ごめんなさい無理です、スローライフ中なんで」
エレナ「……まだ何も言ってないんだけど?」
アキト「どうせろくでもないことなんだろ。
“世界を救ってください”とか、“強敵を倒して”とか、“この命を預けます”とか──そういうやつ」
エレナ「……別に命までは預ける気なかったけど」
アキト「うーん、でもそれはそれとして──」
アキト「エレナさん、可愛いですね」
──バキィッ!!
アキト「いってぇぇぇぇ!?!?!?」
突然横から脳天直撃のチョップ。
頭を押さえて振り返ると──そこには、腕を組んで睨みつける女の姿が。
アキト「って、ソフィアかよ!!」
ソフィア「“可愛いですね”じゃないわよ! なに口説いてんのよこの状況で!!」
アキト「いや口説いてねぇよ! ツッコミ早くない!? どこから見てたんだよ!?」
ソフィア「昨日あんなことしといて、よくもまあそんな口きけるわね!」
アキト「昨日のは不可抗力だろうが!! むしろ俺が被害者寄りなんだよ!!」
エレナ「……騒がしいわね。少しは真面目に──」
アキト「っていうかエレナさん、さっきから冷静に構えてるけど、
その物腰とツッコミ耐性ゼロの柔らかさ、
絶対お嬢様学校で“メガネクイッ”ってやってたタイプでしょ」
エレナ「誰が“メガネクイッ”よ!? してないわよ一度も!!
しかも私、メガネなんてかけてないわよ!!」
アキト「いやでも顔面偏差値は間違いなく学年主席。品行方正(中身除く)。そしてたぶん、音楽の成績だけ“2”。」
エレナ「なんで音楽だけピンポイントで低いのよ!!」
アキト「いや、なんか“歌下手そうオーラ”が出てるっていうか──あ、でもその不器用な感じ、俺は嫌いじゃないですけどね?」
エレナ「いちいちイラッとするわねその言い回し!」
──そのとき。
奥の席から、ゼクトとノアがぞろぞろと現れた。
ゼクト「騒がしいと思ったら……またこのノリか」
ノア「エレナさんやん! はじめましてー! いやー、噂には聞いとるで。
“清楚で高嶺の花かと思いきや、キレると関西のオカン並みにうるさい”って!」
エレナ「誰が関西のオカンよ!?」
アキト「いやでもマジで、エレナさんって“清楚系の皮をかぶったバラエティ枠”だよな。
見た目とツッコミの温度差が異常なんよ。多分マイク持たせたら一番声通る系だよ」
ソフィア「てかさ、絶対クラスの男子に“姫”とか呼ばれてたでしょ」
ゼクト「いや、それはない。むしろ“絶対に笑わない風紀委員長”だ。生徒会で“意義あり”とか言ってるタイプ」
アキト「んで、“でもあの人、音楽の成績だけはガチでヤバいらしいぜ”って噂されてるやつな」
エレナ「だからなんで音楽だけピンポイントで毎回出てくるのよ!」
ノア「たぶん、歌うとき“ど”の音が迷子になるタイプやな」
ゼクト「“レ”に行ったと思ったら、気づいたら“ラ”に飛んでるやつ」
アキト「いやむしろそれ、もはや魔導士の新技だろ。“音階錯乱術”みたいな」
エレナ「魔法っぽく言えば許されると思わないで!?」
──エレナ、ついにテーブルをバンッと叩いて立ち上がる。
エレナ「いい加減にしなさい!!」
途端に、場の空気が一変した。
それまで賑やかだった酒場の一角に、静寂が落ちる。
エレナ「……私は、本気なの。
このゲームを、一刻も早く終わらせたい。
現実に帰りたいのよ。家族や、友達のところに……」
誰も何も言えなかった。
笑い声が消え、視線が彼女に集中する。
アキト「でもまあ……現実に戻ることと、今をちゃんと生きることは、両立してもいいだろ。スローライフってのは、俺なりの“生き方”ってやつだよ。選択肢は無数にあっていいだろ? しかも──異世界転生したみたいで、案外楽しいしな」
エレナ「……やっぱり、あなたとは分かり合えないようだね」
エレナ「わかったわ。ウチのギルドだけで行くわ」
椅子を引く音が響いた。エレナは立ち上がり、踵を返す。重く静かな足取りで、その場を後にしようとする──。
ゼクト「……いいのか? それで」
ノア「女の子がひとりで、あんな真剣に頼んでたんやで? それを無視するんは、ちょっとカッコ悪いんちゃう?」
ソフィア「“スローライフおじさん”でも、やる時はやるんだから」
アキト「──あ~~もう、わかったよ……行きゃいいんだろ、行きゃ!」
ノア「おおっ、やる気スイッチ入ったー!」
ゼクト「ついに“堕ちたか”…我らが盟主よ……」
ソフィア「てか最初からそうしなさいよ」
エレナ「……ありがとう」
アキト「……ったく、面倒ごとはゴメンだって言ってんのに、なんで毎回こうなるんだよ……」
アキト「──ま、しょうがねぇ。ちょっとだけ付き合ってやるか。俺なりのスローライフってやつでな」