第14話《ツンが消える夜》
──ハスロ村・夜の酒場。
暖炉の炎が静かに揺れる中、アキトは木製カウンターに肘をつきながら、焼き魚と地酒を前にぼんやりしていた。
アキト(……最近、釣りも寝るのも飽きてきたなぁ)
そんな独り言を心で呟いていたとき、木製の扉がギイッと開いた。
「……アキト?」
アキト「お、来たな。珍しいじゃん、ソフィアが夜のダストホーンに来るなんて」
ソフィア「べ、別にあんたに用があったわけじゃないわよ? たまたま通りかかっただけなんだから」
アキト「……いや、完全にこっち来て座ってるけど?」
アキトは苦笑しつつ、「そーいえば、これ見てくれよ」と呟いて、メニューを開くような動作で“インベントリログ”を操作する。
《クエスト報酬:恋の手助け(失敗)──“???の秘薬”を獲得しました》
アキト「ボルグの依頼、結局失敗したけどな。なんか、それでもこれだけはって渡された。……意味不明な報酬だが」
手のひらにぽん、と現れたのは小瓶。ピンク色に透き通った液体がゆらゆらと揺れている。
ソフィア「……なにそれ、気持ち悪い色」
アキト「“???の秘薬”って名前らしい。ボルグ曰く“恋愛に効くらしい”けど……まあどうせロクなもんじゃねぇな」
ソフィア「で、それをどうする気よ」
アキト「じゃんけんだ。負けた方が飲む。それで効き目があるか実験ってわけだ」
ソフィア「は? なんで私がアンタの変な罰ゲームに付き合わないと──」
アキト「文句言う前に勝てばいい話だろ? いくぞ、最初はグー!」
ソフィア「ちょ、ちょっと待──グー!」
──勝負の結果。
アキト「……よし、俺の勝ち」
ソフィア「……ッ!?」
アキトは瓶をテーブルに置いた。
アキト「さ、飲め。“なんとかの秘薬”さんの効果、ちゃんと検証しねーとな?」
ソフィア「こんなもんで……私の何が変わるっていうのよ……!」
と、口では反抗しながらも、渋々その瓶を掴み──ぐい、と一口。
ソフィア「……っ!」
アキト(さて──どうなる?)
「……でさ、アキトぉ。今日は、あたしと飲めて嬉しい? ねぇ、どぉなの?」
ソフィアがぐいっと顔を近づけてくる。
その距離、鼻先がぶつかりそうなくらい。
──いや、てか近い。めちゃくちゃ近い。
アキト「いや、いや、いや……ちょっと距離感どこいった?」
「えー? アキトってば照れてる? 可愛い〜っ」
ソフィアがふにゃっと笑って、頬をつついてくる。
いつもならツン全開のセリフで跳ね返してくるところなのに、今日は違う。
明らかに“何か”がおかしい。
アキト(……いや、これはもう、完全にツンが消えてるだろ)
さっきのあの飲み物。
《???秘薬》 たぶんツン要素を綺麗さっぱりリムーブする怪しいアイテム。
いまのソフィアは、その影響をモロに受けている……としか思えない。
ソフィア「ねぇアキト。あたし、今日アキトに会いたくて来たんだよ?」
アキト「は、はぁ……そうなんですね?」
ソフィア「ふふっ、なんで敬語〜? いつものアキトでいいのに……あっ、もしかして照れてる? かわいーっ!」
(だめだ、ツッコミが追いつかねぇ……!)
この女、普段は「は? アンタなんかと一緒に飲むわけないでしょ」とか言いながら隣に座ってくるタイプだろ!?
なんでデレ全開で膝ぽんぽんしてんだよ!
ソフィア「アキトって、優しいし、頼りになるし……ちゃんと見てるよ? いつもありがとね?」
アキト「お、おぅ……」
(やばい、なんか、心が……くすぐったいッ……!)
ソフィア「──あたし、ずっと一緒にいたいな」
その声は、どこまでも素直で、まっすぐで。
普段の彼女なら絶対に口にしない、そんなセリフだった。
ソフィア「アキトの隣に……いたい」
アキト(ちょ、まっ──)
ふわり、と。
気づけばソフィアの身体が寄り添っていた。
距離ゼロ。
そして──
(……当たってる……!)
やわらかい感触が、二の腕にぴったりと密着している。
アキト(うおおおおお!? なんだこの……破壊力ッ!!)
酒場の空気が、急に暑く感じられた。
アキト「お、おいソフィア。ちょっと……いや、だいぶ近い!」
ソフィア「だってぇ、離れたくないもん……アキト、あったかいし♪」
アキト「……ちょ、マジでその胸! あたってんのよ! 理性がスリップするから!!」
ソフィア「ふふ、気のせいじゃない? あたし、何にも気にしてないけど?」
アキト「気にしろよォォォォ!! せめて少しは自覚してくれ!!」
顔が熱い。
心臓がうるさい。
思考がまとまらない。
アキト(くそっ……耐えてるはずなのに、どんどん崩されていく……!)
ソフィア「ねぇ、アキト……今夜、ずっと一緒にいてもいい?」
アキト「ッ……!!」
(やばい……これは完全にラストアタック……!)
ソフィアの瞳は、とろけそうなほど優しくて、迷いがなかった。
ソフィア「アキト……キス、してもいい?」
アキト「ッ……!」
その顔が、すっと近づく。
(やばい……近い……近すぎるッ……!)
思考が真っ白になる。
ソフィアの吐息がかかる距離──そのときだった。
ピタッ。
ソフィアの表情が固まる。
「…………え?」
スッ──と、冷静な目に戻るソフィア。
「……なに、してんの? アンタ」
アキト「……はい?」
──バチィン!!
次の瞬間、平手打ちが炸裂する。
アキト「ぶへぇっ!?!?」
椅子ごと吹っ飛び、カウンターに頭をぶつけるアキト。
ソフィア「……なっ、なに見つめ合ってんのよこの変態っ! 調子乗んじゃないわよ!!」
アキト「ちょっ、お前が言ったんだろ!?!?!?」
ソフィア「はぁ!? 言うわけないでしょそんな恥ずかしいことぉぉぉ!!」
アキト「いやいや言ったって! しかもこの距離で胸も──ッ!!」
ソフィア「~~~~っ!!」
──バチィン!(2発目)
アキト「ふっ飛ばすのやめろってぇぇぇぇぇ!!」
静まり返る酒場の中、グラス片手に呆れる客たちの視線が突き刺さる。
客A「なんだあれ……また痴話喧嘩か?」
客B「……今日も平和だな、ダストホーン」
アキト(……俺、もうこの村じゃ真面目に生きてけねぇ気がする)