第12話《ボルグの恋クエスト、発生──恋愛ホラー映画編》
──ハスロ村・朝
朝の陽射しが差し込む《ダストホーン》のカウンター席。
アキトはパンをもそもそと齧りながら、半目でログウィンドウを眺めていた。
隣ではソフィアがコーヒーカップを傾けつつ、優雅そうに見えて眉間にはしっかりシワが寄っている。
そのまた隣、ゼクトはカウンターに肘をつきながら、パンを一口齧っては「……この焼き加減、まるで世界の終焉前夜」とか意味不明なことをつぶやいていた。
アキト(……何が“世界の終焉”だよ。パンだぞ、ただのパンだ)
アキト「……ふぅ。借金も返したし、今日こそは何も起きずに一日が終わってくれ……」
──その願いは、数秒で破られる。
ノア「アキトぉぉぉぉおっ!! 大変やぁああああっ!!」
ドアを蹴り開けて飛び込んできたのは、いつもより二割増しでテンションの高いノア。
アキト「うるさい! 村の空気よりお前の声のほうが騒がしいんだよ! どうせロクな話じゃねえんだろ!」
ノア「うちがさっき見てしまったんよ……! あの、NPC看板娘のミナちゃんが……!」
そこまで聞いて、ソフィアが椅子をガタッと鳴らして立ち上がる。
ソフィア「ミナちゃんが……どうしたの?(低音)」
ゼクト「……恋か。恋とは甘美な毒……時に人の理性を溶かし、奈落へと誘う──」
アキト「中二は黙ってろ。で、何があったんだよ?」
ノア「ミナちゃんが……あの、不潔で口臭ヤバそうな中年NPC・ボルグさんと、二人で連れ立って村の裏道に……!」
アキト「おい、フラグ回収スピード速すぎるぞこの村」
ソフィア「ミナちゃんが……あのボルグと……!? ウソでしょ!? え、何かの罰ゲーム? それとも異世界拷問系?」
テンションが乱高下する仲間たち。
アキト(……マジで平穏な一日が来た試しがねえ)
* * *
──村・裏通り
そんなわけで、なぜか朝から村の裏道で「NPCの恋路尾行作戦」が始まった。
ノア「アキト、アキト! あそこ! あそこに二人おるで!」
ソフィア「……ボルグの服、なんでいつもワインの染みが増えてるの? あれデザインなの? なんで鼻毛出てるの?」
ゼクト「──あれこそ、汚穢の紳士……俗世に堕ちた冥府の使者……」
アキト「例えが毎回悪魔よりひどいぞ、おい」
茂みに身を潜めながら見つめる先では、ボルグが照れ笑いを浮かべつつ、ミナに手紙を渡していた。
ノア「きゃ〜〜! ラブレターや〜〜〜〜〜!!」
ミナ「……ごめんなさい。受け取れないです」
ボルグ「……あ、ああ……そうか……。そっかぁ……うん、うん……!」
力なく笑いながら、そのまま項垂れて背を向けるボルグ。肩が、見るからに重く沈んでいた。
ノア「きゃ〜〜! ラブレター玉砕や〜〜〜〜〜!!」
ソフィア「ちょっ! 声出さないでよ、バレるってば!!」
その瞬間、バキッという音とともに、ノアが枝を踏み抜く。
ボルグ「……ん? 誰かいるのかね?」
ボルグ「……見てたんだろう? そこのお前ら……」
茂みの陰から引きずり出された4人。
顔を赤くしたボルグが、手紙をぐしゃぐしゃに握りしめながら、こちらを見据えていた。
ボルグ「た、頼むッ!! ワシの恋……成就させるの、手伝ってくれんかのッ!!」
土下座ッ!!
思わず3人が一歩引き、アキトだけが正面でダメージを受ける。
アキト「いやいやいや! なんで俺らがそんな“村のNPCの恋愛成就”とか手伝わなきゃいけないんだよ!」
ボルグ「娘に手紙渡すのも話しかけるのも……もう、限界なんじゃ! この歳じゃ! 無理なんじゃ!!」
アキト「知らんがな!!!」
そのとき──
アキトの視界に、ポンとウィンドウが開かれる。
【クエスト発生】
《恋の妙薬と不器用な勇気》
依頼主:ボルグ
内容:
・看板娘ミナへの恋の成就をサポートせよ
・進行条件:
・“話しかける勇気”の補助
・“プレゼントアイテム”の調達
・“恋の成就”の実現(※難易度:激高)
報酬:
・経験値:500
・ゴールド:1200G
・ボルグ謹製の怪しい回復アイテム ×3(使用未推奨)
──このクエストを受けますか?
▶はい
いいえ(※選べない)
アキト「……いや、“いいえ”選べないのやめろ!!!」
ノア「うち、恋のキューピッド役とか燃えるわぁ〜〜!」
ソフィア「……嫌な予感しかしない」
ゼクト「──これぞ、冥府の輪廻。恋という名の業、引き受けよう……」
アキト「お前ら、俺に断る選択肢くらいくれ!!!」
しょんぼりした背中を丸め、中年男ボルグはボロ布の上に正座していた。周囲には謎の香水瓶、折れたバラ、ピンクの羽ペンなど、用途不明の恋愛グッズが散乱している。
ボルグ「……あの、ミナたんが、毎朝パンを焼くたび、オレの鼓動もこんがり焼きあがるんだ。ふへ……ふ、ふふ……♡」
アキト「……無理だ。無理。今ので完全にアウト。犯罪手前だろそれ」
バシッ!!
アキトの拳がボルグの頭頂に炸裂。
ボルグ「ふべっ!?」
ソフィア「ちょっとアキト!? なにしてんのよ!」
アキト「いや、気持ち悪さが限界突破してんだって。今のは人類としての防衛本能だわ」
そのとき──
ノア「……うちも……正直、無理やわぁ〜……」
バシィィィィン!!
ノアのギターが容赦なくボルグの背中に直撃した。
ボルグ「ッッギエエエッ!?」
ゼクト「……“愛”とは時に牙を剥く。哀れな中年、今こそ汝の煩悩を祓え……」
アキト「いやお前は黙ってろ。お前のセリフもなかなかに業が深い」
地面に倒れ込んだボルグは、ぼろぼろの涙を流しながらも──なおも、哀しき恋の情熱を燃やしていた。
ボルグ「……そ、それでも……オレは、ミナたんの“笑顔”が……見たいんだぁぁ……っ!」
アキト「うっ……いや、気持ち悪いけど、そこだけちょっとだけ共感できそうになるから困る!!」
ソフィア「ツッコミが忙しすぎて、頭の処理が追いつかないんだけど!!」
ノア「……でもまあ、ここまできたら、最後までやったらなアカン気ぃしてきたで……」
アキト「マジかよ……俺たち、今、村一番の恋愛ホラー映画に巻き込まれてるぞ……」
草の匂いが漂う昼下がり。
村の南にある空き地で、アキトたちはボルグ(中年NPC)の恋を成就させるため、奇妙な訓練を行っていた。
アキト「……なあ、本当にやるのか? “恋の実践練習”なんて……」
ソフィア「当然でしょ。依頼には“恋の成就が進行条件”って書いてあったじゃない」
ノア「さあさあ、うちが“ミナちゃん”やったるで〜〜!」
ゼクト「いや……ここは我が務めよう。“ミナ”──その魂、今宵は俺が宿す……!」
アキト「何の儀式だよ。魂こもらせなくていいから」
ボルグ「……では、まいりますぞ……ミナたん……!」
【1人目:ノア】
ノア「はいはいっ♡ ミナちゃんやで〜。どうしたん、ボルグは〜ん?」
ボルグ「ミナたん……君の焼くパンの香りに、ワシの魂も焼き焦がれておるんじゃ……! ミナたんがくれた“朝の笑顔”だけで、ワシ一日生きられるぅぅ!」
ノア「……アウト〜〜〜!! きっしょぉぉぉ!! キモいわぁあああっ!!」
アキト「全力で引いたな今!? お前がやれって言ったんじゃねーのかよ!!」
ノア「アレはあかん! ホンマのホラーやん! “笑顔だけで生きてる”とかストーカー予備軍やろ!!」
アキト「言い方がリアルすぎる!!」
【2人目:ゼクト】
ゼクト「ふ……“ミナ”として、その愛、受け取ってやろう……来い、ボルグよ」
アキト「なんだよこの絵面!? 中年男と中二男の、誰も得しない恋芝居始まってんだけど!!」
ボルグ「ミナたん……君がパンを焼くたび、ワシの心は闇に包まれ……そして、光を求めて彷徨うのじゃ……。だからその、光の源である君の膝枕が欲しいッ!!」
ゼクト「断る。貴様の煩悩、即刻消滅せよ……!」
アキト「冷たっ!? お前、切り捨て早すぎだろ!」
ゼクト「冥府の扉は……開かれた」
アキト「いや閉じろ。ちゃんと閉じろその扉」
【3人目:ソフィア】
ソフィア「……しょうがないわね。さっさと済ませてよね」
アキト「(お、まともにやってくれそう)」
ボルグ「ミ、ミナたん……その瞳に映るだけで……オレ、鼻血が出るくらい高揚するんだ……っ! このハンカチ、ミナたんの落としたやつ……肌のぬくもりが……ッ」
ソフィア「──気持ち悪いんですけどッ!!」
バッシィィィィィン!!!
ボルグ「ブフッ!!?」
アキト「殴ったァァァ!? お前も結局、手ぇ出すんかい!!」
ソフィア「いや無理でしょ!? 今のセリフ、普通に変態通報案件よ!? 私に落とされたら法的手段取るからね!?」
アキト「いやその前に依頼放棄すんのやめろォ!!」