第一話 《俺、デスゲームにそんなつもりで来てません》
──薄曇りの午後。
スマホ片手に、俺はため息をひとつ吐いた。
「……マジで? 今日がリリース日?」
『そう!《ルミナリア・オンライン》
、ついに正式リリースだぞ!?マジで革命レベルのVRMMOなんだからな!?』
電話の相手は、俺の親友・リョウ。
朝から熱出して寝込んでるくせに、声だけはやたら元気だった。
「で、なんで俺が代わりにログインしなきゃいけないわけ?」
『いやほら……βテストなしで突然始まったから、今ログイン逃すと不利かなーって。俺のキャラ、初期設定までやってあるからさ。あとはログインボタン押すだけ。な?』
「……お前、それチュートリアルさえ見てないだろ」
『あとさ──名前、“ザイオン”にしといたから!かっこよくない?』
「なにが“ザイオン”だよ。俺がそんな名前名乗るの?」
『似合うって!てかもう設定しちゃったから。頼んだぞ相棒!!』
──通話が一方的に切れた。
俺はしばらく無言でフルダイブ装置を見つめ、それから、ソファに沈み込むように座り込んだ。
「……まぁ、ちょっとだけなら」
どうせ押すだけだし。
めんどくさいけど、リョウの熱量に負けた。
ログインして、放置して、すぐ落ちればいい。
そう思って、起動ボタンを押した。
──そして。
その判断が、俺の人生を変える。
いや、変わってしまうなんて──
このときは、微塵も思ってなかった。
⸻
【起動:Eden’s End】
【プレイヤー名:ZION】
【ログイン開始】
──視界が色を取り戻した瞬間、俺は広がる大地の上に立っていた。
青い空。どこまでも続く草原。ゆるやかな風。
ゲームだってわかってても、思わず「うわ……」と声が漏れるほど、リアルだった。
《ようこそ、ZION様。あなたの冒険の旅をサポートいたします》
耳元に響くのは、丁寧な女性ボイスのガイド。
《まずは初期設定を完了させましょう。ステータスウィンドウを開いてください》
「あー、これか」
俺は無意識に右手を動かし、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
⸻
【基本設定】
プレイヤー名:ZION
レベル:──
職業:未設定
⸻
《職業を選択してください。以下の中からお選びいただけます》
1.剣士(バランス型近接職)
2.魔導士(攻撃魔法)
3.治癒師(回復支援)
4.衛士
5.銃士(遠距離物理)
6.影刃士
7.奏術士(支援音楽系)
「……お前、“ザイオン”って名前で奏術士だったらダサすぎるだろ」
画面を眺めながら、思わず苦笑いが漏れた。
「剣士は……王道すぎて逆に埋もれそう。
魔導士は定番すぎるし……衛士は地味だし……
治癒師は絶対めんどくさいし……影刃士は中二病っぽいし……」
一つひとつ呟きながら、自然と視線が止まったのは「銃士」。
「……やっぱ銃、かっこいいんだよな」
ホルスターから素早く銃を抜く──とか、
空になったマガジンを投げ捨てて──スライド引いて──チャキンッ!──みたいな、
あのリロード演出の厨二感、昔から好きだった。
「よし、銃士にする。ダントツでロマン枠だし」
俺は即決で、銃士を選択した。
⸻
《職業設定完了。初期装備:双銃“アイゼル・カスタム”を支給しました》
《ステータス補正、適用完了》
《ZION様のレベルは適正値のため、スキップ処理を行います》
「……適正値?」
その意味を、この時の俺はまったく理解していなかった。
⸻
《それでは、最初のクエストをご案内いたします──》
俺の足元に、小さな光の道が表示された。
目指すは、最初の街。
「よし……とりあえず、街に向かえばいいんだよな」
足元に小さな光の道が表示される。
だがその前に──
「ん? あれ、敵?」
草むらの奥から、小さな獣型モンスターが這い出てくる。
見た目はウサギに牙をつけたような雑魚っぽいやつ。
「お、ちょうどいい。動作確認がてら撃ってみるか」
構えた銃に、詠唱もリロードも必要なさそうだった。
そのまま引き金を引く。
──パンッ。
獣が吹き飛んで、爆発四散した。
「……え、演出派手すぎじゃね?」
俺は首を傾げつつ、銃をクルッと回して腰に収めた。
このときはまだ、“何もおかしいとは思っていなかった”。
──石畳の広場に、靴音が響く。
「……着いた、のか?」
目の前に広がっていたのは、塔のような建物が立ち並ぶ中規模の都市だった。
中央には噴水、周囲には店らしき建物や掲示板。人影もちらほらとある。
「あー……なんか疲れたし、もういいか」
ボスらしきモンスターとも戦わず、俺は目的地らしいこの街──《エデン》に到着しただけで満足してしまっていた。
ログアウトして、飯でも食って、あとはリョウにバトンタッチ。
そう思って、俺はメニューを開く。
「……ログアウト……っと」
指先が項目に触れる──が、
反応が、ない。
「……?」
何度か押す。
閉じる。開き直す。
再接続すら効かない。
「……ログアウトできない?」
違和感が、じわじわと肌に広がっていく。
(……これ、もしかして──)
(やば。なんか俺……あの某アニメの主人公の流れに乗ってない?)
(このあと“このゲームをクリアすることが唯一の脱出手段です”とか言われるパターンじゃん!?)
──その時だった。
空が、唐突に暗転する。
鐘のような低音とともに、上空に浮かぶ巨大なウィンドウ。
その文字列が、すべてのプレイヤーに突きつけられる。
⸻
《運営からのお知らせ》
《本ゲームは、《ルミナリア・オンライン》本日より正式リリースされました》
《このゲームは、最終ダンジョンを踏破するまでログアウトできません》
《また、ゲーム内で死亡した場合、あなたの現実の身体も死にます》
《プレイヤーキル(PK)は一部解禁されていますが、条件を満たさないPKには厳しいペナルティが課されます》
⸻
俺は、しばらく読み返した。
何度も。何度も。
「……やっぱりーーーー!」
その言葉以外、口から出てこなかった。
噴水の音だけが、妙に響いていた。
──ざわつきが、広場を包み込んでいた。
「……マジかよ、死んだら現実でも死ぬって……」
「ログアウトできないとか……意味わかんねぇ……」
「これ、ほんとにゲームなのか……?」
先ほどのアナウンス以降、誰もが震えていた。
泣き出す者、叫ぶ者、ひたすら呆然とする者。
世界が、ゆっくりと“異常”を受け入れ始めていた。
「──落ち着け! 近くにダンジョンがある。確認済みだ!」
「まずはそこを攻略して、情報を集めるぞ!」
「動ける奴、ついて来い!」
声を上げたのは、装備に身を包んだリーダー気質の男。
十数人のプレイヤーたちが、彼に続いて駆け出す。
「……流れで来ちゃったけど、俺、帰りたい」
「……けど俺は、この世界を──みんなと一緒に、救ってみせる」
気がつけば俺も、その集団に混ざっていた。
⸻
◆
ダンジョンの内部は、岩肌と苔むした壁に覆われた一本道。
スライム、コウモリ、牙を持つ狼型モンスター──
雑魚ばかりだが、緊張感は拭えない。
「おいZION、銃だろ? 援護頼む!」
「……ああ、了解」
バン。
バン。
バン。
指を引くだけで敵が吹き飛ぶ。
それでも、この時点ではまだ“おかしい”と気づいていなかった。
──その時だった。
「うわッ、くそ……! 回復が……間に合わ──」
前方にいた細身の少年が、狼型のモンスターに飛びかかられ、地面に押し倒されていた。
「やばッ!」
思わず反射的に、俺は銃を向けた。
──パン。
狼の頭部が弾け、少年の体から崩れ落ちるように消えていく。
「……助かった……ありがとう、ZION」
汗だくのその顔が、安心にほころんでいた。
(……あ、これ主人公っぽいやつだ)
少しだけ、自分が“この世界の物語に加わってる感覚”が芽生えた。
仲間の命を救い、少しずつ信頼を得て、絆が生まれて──
そういう、熱いデスゲームのはじまり。
──そう思っていた。
「──あれが、フロアボスか」
岩でできた門の先に、黒い霧が渦を巻いていた。
プレイヤーたちは準備を整え、ひとりずつ踏み込んでいく。
現れたのは、巨大な蛇のモンスター。鱗は硬く、動きは速い。
「ぎゃああッ!」
「く、食らわねぇ!?」
「回復班、こっち! うわッ、くそっ、毒か!」
次々と倒れていく仲間たち。
(マジかよ……ボス、強すぎんだろ)
銃を構える。
このままじゃ、全滅する。
「──仕方ない」
トリガーを引いた。
──パン。
たった一発。
その音とともに、巨大な蛇は頭を吹き飛ばされ、バラバラになって崩れ落ちた。
「……」
「………………あ?」
全員が、俺を見た。
ログが自動で開かれる。
⸻
《ZION Lv:999》
《職業:銃士》
《スキル:自動補填型リロード/無制限連射》
《称号:未発見領域踏破者》
⸻
「……え?」
「お前、レベル……999……?」
「一撃……?」
「ていうか、なんでそんな強……」
その時だった。
あのとき助けた少年──先ほどの狼モンスターから守ったやつが、ぽつりと口を開いた。
「ZIONさん……すごいです。あなたがいれば、きっとこの世界でも──」
「──ちょ、待って待って待って……なんで俺だけこんなチートスペックなの!?」
俺は銃をホルスターに突っ込みながら、天を仰いだ。
「おかしいだろ!?
こんなんもう“俺TUEEE”どころじゃねぇよ!!」
まわりは目を丸くしてるし、ログはバグってるし、
なんかもう……ついていけねぇ。
「っていうかさ! 俺、デスゲームで命削って戦う、そんな熱い物語やるつもりだったのに!」
「えっ、なにこれ……“撃ったら終わり”って、FPSじゃん! しかも弾無限って何!?」
少年の目が、尊敬から困惑へと変わっていくのが見えた。
「あーもうムリ! はい、やる気ゼロ! このデスゲーム、俺だけスローライフさせてもらいまーす!!」
読んでくださりありがとうございました!
『ルミナリア・オンライン』第1話、いかがだったでしょうか。
でもこの主人公、ゲーム始めて早々に「やる気ゼロ」になりました。
ここからはコメディ強めで進んでいきますが、
ゲームの世界観やキャラとの掛け合いも丁寧に描いていくつもりです。
よければ引き続き読んでいただけると嬉しいです!