第7話「仲睦まじく」
港の空はまだ暗く、低く垂れ込めた雲の隙間から、かすかな月明かりが差し込んでいた。
利漢は家族と手をつなぎ、無言のまま霧の中を進んでいく。誰も振り返らなかった。
小さな港には、無人の船が一隻、静かに待っていた。「この時間なら誰にも見られずに済む」――そう案内された時間だった。
だが、誰もが知っている。この港は、見えない目に監視されていることを。
家族全員が乗り込んだとき、利漢はふと背後を振り返った。
この町は、いつからこんなふうになってしまったのだろう。
誰もいない商店街、錆びついた遊具、ひび割れたガラスのまま放置された家屋。
ここに確かにあったはずの生活は、どこへ消えてしまったのか。
(俺たちのいた町は、これからどうなるんだろうな)
波を切って進む船の甲板で、無表情な船員がぼそりとつぶやく。
「誰もいない土地を“整備”するのは、楽な仕事だ」
時間が経ち、空は白み始めていた。
冷たい風が吹く中、子どもが利漢の腕にぎゅっとしがみつく。家族は寄り添いながら、静かに風に耐えていた。
その視線の先、遠くの丘に何かが建っているのが見えた。
高くそびえる塔、フェンスに囲まれた建物群、そして、高々と掲げられた旗。
まるで、ここは……。
利漢と家族を、その後見た者はいない。
その頃、国内では再び穀物価格が跳ね上がっていた。
この国の通貨は暴落し、支援を表明しているジャイ国は、自国通貨での支払いにしか応じないと通告した。
官僚の一人が、報告書を机に叩きつける。
「足元を見やがって……っ」
だがその隣で、何も言わずに静かに書類に目を落とす男の姿があった。
米潰侵太郎――その目は、どこか遠くを見つめていた。