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第5話「最後の米粒」

第5話「最後の米粒」


 伏野利漢ただの・としお――かつては、どこにでもいる普通のサラリーマンだった男。

 これは、彼と家族の記録である。


 妻と二人の子ども、そして老いた両親。

 もともとは四人暮らしだったが、実家が近く車で数分ということもあり、ガソリンや食料の高騰を機に、家族6人での同居を選んだ。

 実家の方は、水道・ガス・電気すべて止め、もはや“避難所”のようになっている。


 家庭の食卓から、炊きたての湯気が消えた。

 父と母は、小さな鍋に残った米を茶碗に移し、そっと孫たちの前に差し出す。自分たちは、しょっぱい漬物とお湯だけ。


「はっはっは、パパはお腹にこんなに肉がついてるからな、いいダイエットになるよ」


 冗談を口にしてみたが、誰も笑わなかった。


 職場でも、話題は食料のことばかり。

「なあ、お前んとこ、実家が農家だろ? ちょっとでいいからさ……」


 実家が農家の同僚は、日に日にやつれていった。

 俺も何度か、米を頼んだ。最初のころは、少し分けてもらえた。だが今は、自家消費分しか残っていないという。


 新米が出回るまで、まだ時間がかかる。

 とはいえ、すでに売り先は決まっているらしい。


 古米を放出してまで、いったい何をしたかったのか――今となってはわからない。


 地震のときと同じように、まずコンビニから商品が消え、続いてスーパーの棚も空になった。

 カップ麺、パスタ、袋ラーメンは高騰し、転売の標的となった。

 ネットニュースでは、連日、食料の盗難や転売、薬物による錯乱事件が報じられている。


 だが、テレビはそれを報じない。

 流れるのは「節約レシピ」「こんなものも食べられます」ばかりだ。


 もう国民も気づき始めている。

 なぜ、今このとき、食卓が崩壊しかけているのに、それを正面から報じる者がいないのか。

 誰が、この沈黙を望んでいるのか。


 情報の霧に覆われたまま、人々は静かに追い詰められていく。


 食料がないわけではない。ただ、あまりに高い。

 金が尽きるか、飢えるか。その二択だった。


 わずかに残してある現金は、移動や病気など“いざというとき”のための最後の備え。


 最近、両親の様子が少しおかしい。

 母は食事を作りながら、ぼんやりとした表情を浮かべ、父は無言でテレビを眺めている。

 何度か、二人で何かを相談している姿を見かけた。


 けれど、それが何かを尋ねる勇気は出なかった。

 “何か”を考えている――それだけは、確かにわかった。


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