第4話「備蓄が尽きるとき」
選挙が終わった。惨敗は免れたが、与党は議席を減らした。
だが、米価の下落に国民は歓声を上げ、政権の支持率はむしろ上昇していた。
米潰侵太郎は、政権内で一定の影響力を維持しながら、次の一手に出た。
倉庫業者との契約を次々と打ち切り、備蓄米の保管体制を解体していく。農業族の牙城を、静かに、確実に崩していった。
さらに侵太郎は、農地への太陽光パネル設置を推進する方針を打ち出す。「時代は再生可能エネルギーだ」との建前のもと、農業からの撤退を加速させた。
地方の農村では、米作りを諦めた農家が次々に畑を手放し、斜面には銀色のパネルが並び始める。日差しを受けてチリチリと音を立てるそれは、かつて稲穂が風に揺れていた光景とはまるで別のものだった。
備蓄量は急速に減少していった。侵太郎の真意を読みきれぬまま、農政省の内部は混乱を深めていた。
「なぜここまで急ぐんだ……」
「まさか、本当に備蓄が……」
そして、その時は訪れた。
ある朝、国際ニュースの見出しが国中の目を引いた。
――南東海ルート、通航停止。
それは、国家備蓄が底を突き、緊急に米を買い付けなければならなくなった、その瞬間だった。
突如、ある国がここめ国南東の無人島の領有を主張し、艦艇を配備。輸送船の通航を実質的に妨げる形となった。
海上輸送ルートは遮断され、石油や食料の輸入が大きく制限される。
国会は騒然となり、政府は同盟国・ジャイ国に支援を求めた。
「お前の国の無人島を取り戻すのに、我が国の兵士の命をささげろだって? 気は確かかね」
返ってきたのは、冷ややかな一言だった。
その一方で、ジャイ国は“緊急支援”と称して穀物の輸出を打診してきた。
だが、提示された価格を見た官僚の一人が、思わず呻いた。
「なんだこの値段は……」
気づけば、スーパーの棚から米は姿を消していた。
他の穀物は残っていたが、どれも価格が跳ね上がっている。
人々は腹を空かせ、列に並び、そして静かに諦めていった。
混乱のさなか、侵太郎はただ、官邸の窓から遠くの海を見つめていた。
その感情の読めない横顔に、誰も声をかけられなかった。
米が消え、他の穀物が届く。
「ジャイ国の医療支援は継続中」と報じられたが、その優先順位に疑問を抱く者もいた。
だが、それを口にする者はいなかった。