第1話「笑われた日」
配給所の列は、駅前ロータリーの信号を越えてなお、静かに続いていた。
ざわめきも、文句もない。足音だけが、乾いた路面に吸い込まれていく。
米潰侵太郎は、その光景を高層庁舎の窓からじっと見下ろしていた。
暖房の効いた執務室。ブラインドの隙間から覗く目は、どこか冴えていた。
「国家備蓄米の在庫は、あと数か月で枯渇する見込みです」
秘書官の報告に、彼は沈黙を返す。
背後ではテレビが無機質に伝えていた。
〈これを受けて、今週の米価は上昇する見通しです〉
〈“ここめ国”政府は、緊急輸入交渉を進めていますが――〉
〈安全保障上の観点から、一部の輸出国は“当面の出荷調整”を表明しています〉
侵太郎の指先が、わずかに震えた。
「……やっぱり、笑ってたよな」
そのつぶやきは、自嘲にも、あるいは遠い警鐘にも聞こえた。
――かつて。
大諸州連邦、通称ジャイ国に留学していたころ。
「国民のために米価を下げるには、備蓄米を放出すべきだ」
彼がそう言った瞬間、ゼミ室の空気が一瞬凍った。
隣に座っていた女子学生が、肩をすくめて笑ったのを、彼はまだ忘れていない。
「こんなバカ、見たことない」