笑えぬ令嬢と、卒業パーティの決別
アストレア王国、王都レイフォードにある王宮の一角――。
第二王子レイガルド・アストレアの執務室に、ひとりの令嬢が呼ばれていた。
「テレシア、お前はなぜ笑わない」
冷ややかな声音に、茶褐色の髪を結い上げた少女が静かに俯いた。
彼女の名はテレシア・フレイム。王国随一の名門、フレイム公爵家の一人娘である。
「すみません……」
謝罪の言葉を口にするも、テレシアの表情は変わらない。微笑むという簡単な動作さえ、今の彼女には難しかった。
「全く、お前は……」
レイガルドは眉をひそめ、苛立ちを隠すように額を手で押さえた。
「今夜の卒業記念パーティには、必ず来い。分かったな?」
「……はい」
やがて時は過ぎ、夜――。
華やかな明かりが学園ホールを照らし、貴族子女たちが賑やかに談笑していた。
そんな中、テレシアの姿を見つけた第二王子は、周囲の視線を意識することなく声を上げた。
「テレシア、ここに来い」
彼女が静かに歩み寄ると、レイガルドは冷たく告げた。
「婚約を破棄する。それと……国外追放だ」
ざわり、と場の空気が凍りつく。
「……分かりました」
テレシアは動じることなく、淡々と答えた。会場の誰もが息を呑む中、彼女はそのまま踵を返し、足早に場を去った。
***
王都の北部。
フレイム公爵邸に戻ったテレシアは、迷うことなく父の執務室の扉をノックした。
「入りなさい」
威厳ある声が響く。
扉を開けて中に入ると、そこにはテレシアの父――ロード・フレイム公爵が待っていた。
「どうしたんだ? テレシア……泣きそうじゃないか」
ロードは娘の異変にすぐ気づき、心配そうに立ち上がる。
「申し訳ありません、お父様」
「何があった? 最初から話してくれ」
テレシアは静かに語り始めた。
第二王子に婚約を破棄されたこと。さらに、国外追放という処分まで言い渡されたことを――。
「なんて酷いことを……!」
怒りに震えながら、ロードは机を叩いた。
「お父様、怒らなくていいですよ」
テレシアの声音は落ち着いていた。
「それで……どこに行けと言われたんだ?」
「“未開の地”だそうです」
ロードは拳を強く握りしめた。
「なんてやつだ……!」
「でも、せっかくですし、やりたいことをやってみようかと」
そう告げるテレシアの目には、涙も憎しみもなかった。ただ、未来を見据える意志だけが宿っていた。
「……お前がそう言うなら、私は何も言わん。好きにしなさい」
「ありがとうございます、お父様」
深く一礼すると、テレシアはその足で母や使用人たちに別れを告げた。
そしてその夜、彼女は旅立ちの準備を整えると、一人静かに宿へと向かう。
「今日は宿に泊まって……明日、出発しよう」
王都の空はどこまでも晴れていた。
「明日から……どうしようかな」
不安と希望が胸を交錯する中、彼女はそっと呟いた。
そのときだった。
「お嬢様、私もついて行きます!」
驚いて振り向くと、そこには長年仕えてくれていたメイド、エルナが立っていた。
「エルナ……ありがとう。よろしくね」
「こちらこそ! よろしくお願いします!」
新たな旅路の始まりに、小さな絆が加わった瞬間だった。
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登場人物紹介
テレシア・フレイム
本作の主人公。 10月27日生まれ。
転生令嬢で前世では天才と呼ばれていた。
ロード・フレイム
テレシアの父で公爵家当主。3月10日生まれ。
王族の次に影響力を持っている。
アリナ・フレイム
テレシアの母。5月3日生まれ。
甘い物が大好き。
テシア
フレイム公爵家のメイド。7月14日生まれ。
エルナと仲が良い。
エルナ
フレイム公爵家のメイド。4月25日生まれ。
テレシアの付き人でもある。