佐久間真5 西暦2150年 駆逐艦「不知火」
火星ステーション「ヘリオス」攻略作戦は静かに始まった。
宙域全域に展開した地球艦隊は、火星軌道ステーション〈ヘリオス〉を包囲し、通信遮断と宙域封鎖を完了していた。
事前の情報では火星艦隊がステーションに駐留している筈だが、未だレーダーに感はない
艦長佐久間に向け、情報士官が報告する。
「艦隊間の通信は良好、敵の対抗電子戦も皆無です。」
少し呑気な情報士官をたしなめるように、佐久間が返す。
「そうか、序盤はこちらが優勢だな。
だが、もうじき敵の防空圏だ、敵艦隊が発見できていないのが気になる。対空監視を厳となすように」
敵艦隊が捕捉できないのが気になる。
佐久間は手元のホロモニタ、戦術ディスプレイに目をやった。
(空母から偵察機が四方に散っているが、敵艦隊を未だに発見できない。この宙域を離れたのか?)
全てが作戦通りにいかないことは佐久間も承知している。だが彼の勘がこの状況に危険信号をだす。
(事前情報ではヘリオスステーションに大した武装はない、簡単に制圧できる筈、なのだが、、、)
思考を続ける佐久間を遮るように、
艦橋にけたたましいアラートが鳴り響く。
情報士官が叫ぶ
「敵ステーション、ヘリオスより高エネルギー反応!
ならびに照準レーザー照射を確認!複数のレーザー砲が艦隊を狙っています!」
「!? エネルギースクリーン展開、回避機動はじめ!」
佐久間が矢継ぎ早に指示を出す。
通常、レーザーでの攻撃にはエネルギースクリーンで対応する。艦の全周に展開された防御膜は、レーザーを偏向し、逃がす事で減衰させる。
遠距離のせいでぼやけているが、ヘリオスステーションの外壁が変形しているのが見える。
(こちらの兵装はすべて射程範囲外、ステーションにあんな武装をしていたのか!?)
ブウン という鈍い音と共に、外部カメラからの映像が一瞬ぼやける。
艦の全体にエネルギースクリーンが展開された証拠だ
と、佐久間の手元の戦術画面に複数の赤い軌道線が刻まれる。
敵の砲塔の向きからコンピュータが割り出した攻撃の予想線だ。
次の瞬間
火星ステーション外殻から発せられた巨大な放電音が、空気なき宇宙に電磁波となって広がった。
複数の レーザー砲から射出された光が、目にも止まらぬ速度で地球艦隊に着弾した。
光のうちひとつは「不知火」右舷を掠める。
エネルギースクリーンで逃がしきれない衝撃が艦を襲う。
上下に揺さぶられる振動
艦内はさながら洗濯機の中の様になる
永遠に思われた時間は終わり
「っ!ダメージレポート!」
赤いパトランプが光り、けたたましいアラートの鳴り響く艦橋の中、佐久間が叫ぶ。
佐久間の一声で我に返った士官たちが次々と報告を上げる
「右舷第四ブロックに損害!、居住区画が一部吹き飛びました。」
「エアロックは閉鎖済み、火災はありません。」
「エネルギースクリーン展開率60%に低下、再展開完了まで500秒!」
「本艦は乱数回避機動を継続中、主機は安定しています。全兵装も異常ありません!」
「医療班より報告、怪我人多数なれど死者はなし!」
(よし、まだ本艦の戦闘能力は喪失していない)
「敵の様子はどうだ」
艦の状況を確認した佐久間が問う
「現在敵レーザー砲は沈黙、冷却中と思われます」
(流石に連発はできないか)
一先ずは胸を撫で下ろしたのも束の間、周囲を映すモニタを見て血の気が引く。
〈不知火〉の前にいた、第一駆逐艦隊の隊長艦〈ベレト〉が変わり果てた姿になっている。
船体中央から引き裂かれた〈ベレト〉は2つの残骸になり漂っている。
船体からはキラキラと太陽を反射しながらゴミのようなものがこぼれ落ちている。
(クソっ、エアロックごと抜かれてやがる。あれはゴミじゃない、人だ!)
怒りのあまり、艦橋の手すりを握る手が震える
情報士官が報告を叫ぶ。
「艦長!艦隊旗艦、リュシフェルより通信です。第一、第二駆逐艦隊に被害多数、これより駆逐艦、残存艦はすべて第一駆逐艦隊に編入されます。
また、〈ベレト〉の指揮能力喪失に伴い〈不知火〉は第一駆逐艦隊の指揮権を継承されたし だそうす。」
(いきなりの隊長艦、恐らく、うちが一番被害が少なかったんだ。やるしかない)
「了解、本艦はこれより指揮権を継承、第一駆逐艦隊を指揮する。」
「続けて通信です!残存艦隊は直ちに加速、ミサイルの射程に入り次第、攻撃を実施せよとのことです」
「!!」
(目の前の敵を静まらせない限り、被害は増えることがわかっている。敵主砲は冷却中、確かに好機だ)
救助ではなく、すぐさま全艦で攻撃命令を下すのは合理主義者の艦隊司令らしい、が、今回はこれで正解だ。
佐久間はすぐに指示を出す
「良し、他の残存駆逐艦に通信、陣形を整えている時間はない。本艦に続くよう伝えろ!第一駆逐艦隊、突撃するぞ!」