佐久間真2 西暦2150年 駆逐艦「不知火」
フォボス軌道上の通信帯域が、定時より5分遅れて開かれた。
艦隊司令部からの招集命令により、駆逐艦・巡洋艦・支援艦合わせて十数隻の特務艦隊所属の艦長が仮想回線上に集められた。
ホログラフ上には、各艦の指揮官たちのアバターが浮かぶ。軍制式の簡素な姿、名前と階級がタグ表示されている。
その中央、高位位置に表示された人物。
ハートマン・エルンスト大将――特務艦隊の司令官。
氷のような白髪と、人工音声のように抑揚を欠いた口調が彼の代名詞だった。
> 「特務艦隊所属各艦長、通信回線の安定を確認。作戦ブリーフィングを開始する」
画面が切り替わり、火星軌道の三次元マップが展開される。
火星軌道に地球がかつて建設した通信衛星、火星軌道ステーション──その全てに赤いターゲット枠が点滅していた。
> 「現在、火星自治評議会は我々の外交要請を事実上拒絶している。
ダイモス軌道上の火星自治政府が所有するステーション近郊において、違法な帯域での通信と武装艦艇の航行が確認された。
以上を踏まえ、本艦隊は火星高軌道域における封鎖行動を開始する」
佐久間の眉が僅かに動いた。
> 「本作戦の表向きの目的は『軌道治安の維持と秩序の回復』である。
だが、実際の運用上は以下の3点を優先する。」
ホログラフが切り替わる。
1. 火星高軌道におけるあらゆる未登録艦艇の強制スキャンおよび武装解除
2. 火星軌道ステーション・衛星施設に対する射程内警戒、砲塔の展開
3. 必要と判断される場合、地表施設への精密着弾型ミサイルの搭載準備
明らかに「治安維持」の域を超えている。
艦内の数名の艦長のアバターが微かに揺れた。
佐久間は、手元の通信機に指を伸ばした。
> 「司令、失礼ながら一点確認を。
我々はあくまで緊張緩和を目的とした“牽制展開”のはずです。
この行動は……かえって火星政府との摩擦を決定的にするのでは?」
一瞬、ハートマンの視線がこちらを向いた気がした。
実際の映像ではなく、視覚的演出されたアバターでも、その空気は肌に刺さるようだった。
> 「佐久間艦長。
艦長クラスが国家戦略の全体意図に関知する必要はない。
貴官の責務は、指示された火線制圧を確実に実行することだ。
政治的判断とは、より上位の階層が処理する“情報”である」
言外に、「それ以上問うな」と言っていた。
佐久間はわずかに眉をひそめたが、敬礼のジェスチャを送った。
> 「……了解しました、司令」
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通信が終了し、艦橋に静寂が戻る。
副長が沈黙を破った。
「……“治安維持”って言葉、最近やたらと物騒ですね」
「言葉は柔らかくしておくほど、扱いやすいってことさ。本当に何かを壊したい連中ほど、綺麗な名札を貼りたがる」
佐久間は立ち上がり、正面スクリーンに投影された火星の赤い曲面を見た。
まるでそこに、火の中に沈むような都市の灯りが揺れているかのようだった。