佐久間真1 西暦2150年 駆逐艦「不知火」
火星の衛星、フォボス軌道ステーション管制宙域。
火星には「フォボス」「ダイモス」の2つの衛星がある。
その中の一つ、フォボスには地球政府直轄の人工衛星、「フォボス軌道ステーション」が存在する。
そんなフォボスの低軌道を、一艦の駆逐艦が巡航していた。
〈不知火〉――旧式の第二世代汎用駆逐艦。
最新鋭とは言えないが、改修を重ねた内部は静かで、どこか人の手の温もりを残している。
流線型のボディにデブリ衝突の傷は多いが、よく整備され他船体は威容をたたえている。
艦橋の窓から、火星の赤い大地がかすかに見えた。
艦長の「佐久間真」はひとり火星を見つめる。
40代になったのだからと思い生やしたヒゲを撫でるが、どうも気持ちが落ち着かない。
(俺たちの任務は、あくまで“監視と安定化”だ。誰かを殺しに来たわけじゃない)
佐久間はそう思うが、客観的にみて、動乱の最中の火星の人達から見れば、我々は「侵略者」「圧政者」でしかない。
火星で発見された遺構を巡る争いは、‘’火星‘’対‘’地球‘’ という構図を明らかにし、火星の民衆達は「独立」の2文字を旗印に盛り上がりを見せている。
火星地域の安定化、という名目でフォボスに派遣された「地球宇宙軍 火星治安維持特務艦隊」 の艦は、駆逐艦、コルベット、巡洋艦や支援艦をあわせて火星艦隊の2倍の数になる。
どうみても砲艦外交、噂では火星への軌道降下部隊を乗せた揚陸艦もこちらに向かっているとのことだ。
佐久間はこの任務に納得していなかった。
そもそも火星で何が起きているのか、肝心な情報は開示されていない。
公式には“テロの懸念”“遺構研究の不透明性”といった曖昧な言葉ばかりが並び、戦術目的は不自然なほど空白が多い。
艦橋で火星を見つめる艦長の横に副長が現れる。
「艦長、艦隊司令部から通信。今夜、ブリーフィングを兼ねた司令との回線が通されるそうです」
「わかった、艦長室で受けるから端末に情報を送っておいてくれ」
佐久間は黙って天井の空調音を聞いた。
艦隊司令、ハートマン・エルンスト
彼は冷徹かつ寡黙な戦術家として知られ、地球軍司令の中でも、政治との結びつきが強いことで有名だった。
以前演習の時に見かけたことはあるが、いい噂を聞かない。地球人以外は信用しないと公言している根っからの差別主義者との噂だ。
(……何を隠している。火星で起こっていることが、本当に“治安維持”で済むわけがない)
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その夜、佐久間は司令からの通信に出た。