セイナ・クレヴィス4 西暦2150年 火星自治圏
火星自治評議会・学術局本部
鉄灰色の会議室に、研究者と政治家が揃っていた。
セイナ・クレヴィスは、緊張を押し隠して報告書を卓上に差し出した。
補佐官がテーブルに座る者達に、「機密」と大きく表紙に書かれた文書を配布し、壁面のホログラフに図像が投影される。
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「以上が、遺構から読み取られた構造信号と、それに含まれていた座標情報の分析結果です。結論から言えば――この記録は、火星では得られない観測データを含んでおり、恒星間航行を経験した文明の残滓と考えられます」
室内が静まり返った。
一人の男が口を開いた。
フレデリク・トゥール議員。評議会の軍事・資源政策委員であり、火星独立強硬派の一人。
鋭い目つきと軍服めいた黒の上着が印象的だった。
「つまり君は、この遺構が恒星間航行技術の鍵を握っていると?」
「そう断定はできません。ですが、可能性は否定できません」
フレデリクは腕を組み、しばらく黙考した。
「このデータ、評議会内での秘匿指定にすべきだな。研究報告書も非公開に。科学局からの再確認を待とう」
別の議員が即座に反論した。
「馬鹿を言うな。こんな重大な発見、火星の民衆が知らねばならん。我々の手で、世界に発信するべきだ。地球より先に、宇宙への門を開くのは火星なのだ」
そこから数分も経たぬうちに、会議は対立の渦に呑まれていた。
地球協調派 vs 自立推進派、技術保守派 vs 公開主義者──争点は無数にあった。
セイナは目の前で、知の成果が政治的駆け引きに飲み込まれていく様子を見ていた。
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報告の二日後。
火星ドーム都市内、ニュースホログラムに速報が走る。
> 「学術局の内部資料が流出:火星地下に“恒星間文明の遺構”か」
「火星評議会、情報隠蔽の疑い──地球政府が正式照会」
「“遺構”とは何か:解析者S.C.の証言録」
セイナは食堂の隅でそれを見ていた。
映像には、彼女がかつて発表した研究草稿の一部が映っていた。
まだ内部アクセス権のある者しか見られないはずの文面。
唖然とするセイナの隣にユーリが座り、紙カップのコーヒーを彼女に差し出す。
「……誰かが故意に流したな。議会内部か、それとも……科学局の勢力か」
「どうして……」
セイナの声は、震えていた。
「セイナは人の良い部分を信じすぎる。あの発見は刺激的すぎたんだよ。
人類が宇宙に出て長いけど、今だ地球外生命体の発見も、恒星間航行も実現していない。それに地球に有利に立ちたい勢力からは、この情報は特に魅力的に見えるだろうね」
「…」
セイナは答えず、ただ黙ってホログラフを見上げた。
> 「地球政府報道官:『火星の一部勢力が、人類全体の利益を危うくしている』」
「フォボス軌道上、地球艦隊に警戒配備」
「緊張高まる中、火星政府は“発表予定なし”の声明」
世界が、変わり始めていた。
知識は火を灯す――それが照らすのか、焼き尽くすのかは、もう誰にもわからなかった。