セイナ・クレヴィス3 西暦2150年 火星自治圏
観測室の硬い椅子に、セイナ・クレヴィスは丸一日以上、座りっぱなしだった。
彼女の前に浮かぶのは、膨大な振動ログのホログラフ。
遺構から定期的に発されている“微細振動”の波形群である。
振動に周期的な法則性がある事に気付いたセイナは夢中で解析を続けていた。
「セイナ、また休憩とばしてるな。目が霞むだろ」
背後からユーリ・グラムスの声がした。
セイナは返事をせず、ホログラフの一部を指先で拡大する。
「ユーリ。ここの波形を見て。2.3Hz帯に、きれいな“周期偏差”がある」
ユーリは眉をひそめた。
「…確かにこの遺構から発せられてるな」
「ね!、これはやっぱり地殻振動じゃない。この遺構から振動が発信されてるの。外に向かって……意味を持って る」
セイナは立ち上がり、操作卓に滑り込んだ。データ解析モードを切り替え、振動波を位相スペクトル展開に変換する。
いくつもの色帯が、光の川のように空中に流れる。
「このパターン、私たちが使うどの言語コードにも一致しない。でも、“構造”があるの。文法とは違うけど……規則がある。これは……情報の形よ」
ユーリが目を見開いた。
「つまり、これが……記録?」
セイナは小さくうなずいた。
「たぶん、“誰か”が残した記憶。あるいは、残そうとした意思。これは、記録媒体なのよ……この遺構そのものが」
彼女は息を整えると、同期AIに命じた。
「振動列を三次元ベクトル化して、再構成。人間の可聴帯域に合わせて補正……」
空間が、低く震えた。
その音は音楽ではなかった。言葉でもなかった。
それでも、その音は何かを“呼びかけている”と感じた。
ユーリが呟いた。
「なんだ……これ。まるで……“語ってる”……」
セイナは、言葉にすることができなかった感覚に、じっと耳を傾けた。
多分言葉なのだろうけど、意味はわからない。でもセイナは、その音は、まるで星々の間を旅してきた声のように感じた。
数日後、遺構に決まったパターンの振動を与えると、遺構から返ってくる振動から情報を得られることがわかると、観測室内の人員がフル稼働(それでもそんなに多くはないが)で情報を解析することになった。
言語学者の解析は難航しているが、何故か二進数で記述されたデータの解析は進んでいた。
セイナの目の前の画面に一行の文字列が浮かび上がった。
それはデータ解析プログラムが変換したスペクトル座標。
火星でも、地球でも存在しない――別の恒星系の星図だった。
「この情報……地球圏では取得できない。じゃあこれは……かつて他の星系を旅した誰かが記録した……?」
ユーリの声が掠れる。
「セイナ、まさか……これって……“恒星間航行の痕跡”なんじゃないか?」
セイナは、呆然としながらも、頷いた。
「そう。きっと私たちより……ずっと前に、宇宙を旅した文明がいたの。この遺構は……その痕跡。記録だと思う。この遺構を解析すれば人類も恒星間航行ができるかもしれない」