八 刀の二人噺
桜が薬湯を飲み眠りについてからのことだ。それは桜の夢の中での出来事であり、見覚えのない二人の男が話をしていた。
「私は戦国の世に生まれた故、持ち主の小娘を守るために敵を何人も斬りました。しかし、その小娘も飛び道具の前に倒れ絶命しました」
「私は徳川の世になってから生まれた故、戦を知りませんし、人を斬ったこともありませんが、持ち主を守るために熊の右目を貫きました。勿論、持ち主は生きております。ただ、私を打った職人、其の倅、倅が旅先で会った小娘、今はその小娘の神通力により老婆から若返った娘にと、持ち主が代わっております」
「神通力を使う小娘とは面白い。そのような事が人の子に出来るのですか」
「本人は、人の子でもなく神でもなく絶命した際に紅姫という神の様な小娘の姿をした依り代に魂を吸い込まれたと言っておりました。二人目の持ち主から小娘にお守りにせよとのことで、授けられたのですが、小娘には必要ではなかったらしく長きにわたり祠に放置されておりました。そしてつい二、三日前の事、神通力により若返った娘に託され今に至ります。更に、この屋敷に滞在しているもう一人の客人の男は二人目の持ち主でございます」
「こうして聞いておりますと摩訶不思議というより、必然による輪廻のようにお見受け致します。しかし、その紅姫という小娘の生前はどの様なものだったのでしょうか」
「西国の下級武士の娘で恋仲の形見の刀を肌身離さず持っていたとのことです」
「貴殿も私も所詮は武具であり、人の生き死を、目の当たりにする物・・・。そういえば、私も西国の刀匠に打たれたのです。持ち主の絶命後、古戦場跡に長きに捨て置かれ、刀身はサビ、拵えも劣化致しました。そして、見知らぬ老婆に杖代わりに拾われ何年かたった嵐の夕暮れ時、雨風を避けるため大木の根元に身を寄せておりました。その時です。暴風にのって雨ではなく得体の知れない物が空から落ちてきて、老婆も私もそれを被ってしまいました。ただそれは汚く臭いようなものではなかったように思います。次の日、目が覚めると私のサビと劣化した拵えは打ち立ての新物の様に変わっていました。そして、これは後程解ったことなのですが、老婆が物取りに襲われた際私を引き抜き数人の賊を切り捨てたことがありました。その時老婆が若い美しい娘に変貌しておりました。それから娘は私を抱え、途方に暮れながら何日も歩き、この地のこの屋敷の前に辿り着き生き倒れていたところをこの家の主人に助けられました。その後、主人に見初められここに身を寄せることとなったわけです。おっしゃる通り、不思議な類似です」
「それでこちらのお屋敷をずっと見守っておられたのですね」
「その様な立派な話ではないのですよ。正直申せば、偶然とはいえこちらに身を寄せましたが行く先が無かったというのが正直なところです。また、この家は代々跡継ぎに恵まれず、養子縁組、拾い子など血のつながりが全くない状態で継承されて来たのです。現に主人に見初められた娘との間には子が出来ず夫婦になった数年後に主人は流行り病で他界されました。そして、若くして娘が代を引き継いだのです。しかし、この娘よくしたもので、村の厄介ごと相談事を見事にさばき女旦那様と呼ばれ慕われていたようです。
ある時、熊騒動が勃発した事がありました。南会津、西会津と暴れまわり人を食らったあばれ熊が駒ケ岳を越え、この地にやってきたのでございます。しかしこの女主人は怯むことなく、私を手に取り村はずれに現れた熊を一撃のもと一刀両断したのです。そして、熊は解体されその肉は村人の冬越えの保存食となりました。熊の胆は女主人が頂きこの家の秘薬として未だに重宝しております」
「貴方様は、大そうな武勇伝をお持ちだったのですね」
「いえいえ、それ以降は残念ながら、床の間の飾りとなってしまいました。何故なら私は女子には扱えるのですが、どの様な豪傑であろうと男には私を抜刀する事すら出来ないという曲者刀なのですよ」
「人の子の間ではなくて七癖などという諺がありますが・・・。あなた様ほどの名刀が?」
「道具は使われてその価値があるのですよ。我々、刀は持ち主に使われてなんぼ。工芸品のように飾られては立つ瀬がありませんね」
浅い眠りの状態だったせいか、この会話をなから理解することが出来た。しかし会話が一段落したあたりから気が遠のき、深い眠りに落ちた。